勇者圧倒
トムは、正装を汚すわけにもいかず、王国兵から訓練着を借りた。相手は聖剣片手に豪華な防具を身に着けているにも関わらず、トムは軽装だった。服が動きを阻害しないか十全に確認するように体を動かす。そして明らかに不満顔の勇者と、用意された闘技場の中心で相対する。王や他の八偉人、聖騎士やエルヴェストの兵たちは観客席で試合を見守る。八偉人と王は何処から出したのか、軽食と酒や飲み物片手に面白そうに見ている。
『相変わらず自由な王と偉人どもだ』
そんな悪態をつきながらジト目で観客席を睨む。
「そんな恰好で舐めてるのか?武器はどうした」
「王宮に来るのに武器携帯なんて出来るわけないだろ。俺は反逆の罪で捕まりたくない」
今回は偉人会の参加のため武器を携帯していなかった。単に持ってくるのが面倒だったのと、仮に持ってきたとしても王に仕官している【槍神】オイゲンや【剣聖】レベッカと違ってトムは王宮内での武器携帯を禁止されている。
「剣も借りればいいだろう!」
「うるせーなぁ、大丈夫だつってんだろ」
「くっ、後悔するなよ」
「勇者とは思えない言動だな」
「チっ」
舌打ちする勇者の様子をしり目に、トムは審判に目を向ける。審判は聖騎士から志願して出てきた男だった。いやらしい笑みを浮かべてトムを見ている。
「それでは両者ともに位置に」
二人は間隔をあけて向き合う。ふとトムは、勇者ではなく上を向いて考え込む。
『ここで一撃で終わらせても、難癖付けられそうだな、仕方ない、折るか……』
「始め!」
掛け声と同時に勇者が上段で切りかかってくる。トムは勇者に意識を戻し、それをひょいと躱し距離を取る。勇者はトムを追いたて、続けざまに剣を振るう。確かにその斬撃は一般兵に比べれば鋭いが、【剣聖】と引き分けるトムにとっては、子供のチャンバラと変わらない。レベッカの時とは違い余裕でよけ、時々あくびをする。そんな様子に勇者は顔を真っ赤にしながら速度を上げて切りかかる。
そのころ観客席では、八偉人は退屈そうにしていた。
「なんか、思ってたよりもできねぇなぁ。あの勇者」
「まぁしょうがなかろう、まだ召喚されて一週間じゃ。まぁあれだけ強気に出ていたから以前いた世界でも手練れなのかと思ったんだがのぅ。動きがてんで素人じゃ」
「つまらない・・・・・・」
「退屈だなぁ」
明かにがっかりした顔でオイゲン、ゲイル、ティナ、王がため息交じりに呟く。
「あれじゃ、トムに剣をあてるのは、子供がドラゴンブレス受け止めるくらいの奇跡が起こらないと無理ね」
「戦ってるトムの坊やも、退屈そうだものねぇ」
「結界の必要はなさそうですね、まぁ、誰も傷つかないならそれがいちばんです」
レベッカ、レイテリスも退屈そうにする中、セシリアだけシスターらしくけが人がでないことに一安心しほっと息をつく。
「しかしあの動きは」
「あぁ、あれは折りにいってるな、心を」
トムの動きを見てタケルとオイゲンは苦笑する。これ以上付きまとわれることを嫌ったトムの行動は、相手の心を完膚なきまでに折る事だった。そのため、軽装、武器無し、戦闘中でのあくびなど相手を馬鹿にした態度をとり続けた。普段ならこのような事はしない。ダンジョンでは相手を侮ることなど、自殺行為だからだ、愛らしい見た目のウサギですら、人の命をいとも簡単に奪うダンジョンの世界で生きていたトムに、相手を侮るという概念が存在しない。しかし今回は、今後の面倒を避けるためにあえてそうしていた。
トムはチラリと観客席をみて、明らかにがっかりしている八偉人の面々を見る。
『いや、お前らが焚きつけたんじゃん』
少し怒りを覚えるトムに、勇者からの突きが飛んでくる。それをヒラリと躱し、勇者の懐に入り込むと防具の隙間を縫って手首に手刀をいれ、聖剣を叩き落とす。トムはそのタイミングで後ろに下がり勇者が聖剣を拾うまで待つ。ここまでの戦闘がこれの繰り返しだった。明かに素人な勇者相手に攻撃をかわし、隙をついては手首に手刀を落とし聖剣を落とさせる。追撃はせずに距離を取り拾うまで待つ。これは戦闘ではなく最早作業だった。
「真面目にやれよ!」
最早半分泣き始めている勇者が、やけになって叫ぶ。
『そろそろかなー、いい加減あっちの嫌がらせもウザいし』
トムは魔法攻撃も受けていた。審判である聖騎士がずっとトムに向けて【エアリアルボール】打っていたのだ、しかし、勇者の剣撃の合間を縫って飛んでくる風の玉も余裕で避けていた。
勇者が剣を構えた瞬間、トムは足に力を込めて地面を蹴った。その速さは完全に勇者の認知範囲を超え気づいたら懐にトムがいた。傍から見たら、トムが瞬間移動したように見えるだろう。握りしめた拳が勇者の前に迫り、死を感じた勇者の頭には、走馬燈が駆け巡る。しかし、その拳は当たる寸前に止まる。その瞬間、勇者の顔面に突風が吹きつける。トムの拳圧は、後ろにいた審判もろとも勇者を吹き飛ばした。壁にぶつかりやっと止まった勇者は、膝を笑わせながら立ち上がる。そこにもう一度トムが迫る。「ヒッ」と恐怖に満ちた呟きとともに目をつむる。しかし今度は風も起こらなかった。代わりに自分の股間から温かいものを感じていた。美しい金色の装備から染み出す金色の液体と共に勇者は気絶して倒れた。
「終わったな・・・・・・あ、やべ審判も吹き飛ばしたら誰が判定すんだ?」
トムが間の抜けた事を言っているといつの間にか降りてきていた聖騎士と八偉人が勇者介抱し、審判だった壁に埋まってる騎士を掘り出していた。
「トムが埋めたんだから、手伝って―!」
「あ、ハイ」
掘り起こしているレベッカからお呼びが掛かったのでトムもいそいそと手伝いに向かった。
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