【6】
すぐに盆が来た。
毎年のお決まりとばかりに翔くんの家族はみんなで四国へと帰省して行った。
あの日以来翔くんと顔を合わせることを億劫に感じていた私は、まったく一言も翔くんと言葉を交さないままだった。
盆が明けると、なぜか翔くんの父親一人が向かいの家に帰ってきた。
翔くんも幸二も、また彼らの母親もいなかった。
事情を尋ねに行った私の母が戻ってくると、母は私に言い辛そうに告げた。
「翔くんたち、急に四国に引っ越すことになったんですって。もうこっちには戻らないらしいわ」
母によると、盆に帰省した直後、翔くんのお母さんの体調が急変し、そのまま入院を余儀なくされたのだという。検査の結果や環境を考慮し、一家で四国に留まることになったので、翔くんも転校し、翔くんのお父さんもこちらでの仕事を辞めて、当面は向こうで仕事を探しながら看病するということであった。
翔くんの父親が最後に私の家に挨拶に来たとき、彼は私をわざわざ呼び出し、ハンカチで額の汗を拭いながら翔くんからの伝言を伝えてくれた。
「翔太が、また野球しようねって、純くんに言ってくれって。いつでも遊びにおいでよ。ちょっと遠いけどね」
私が翔くんともう会えないということを悟ったのは、その言葉によってであった。私は翔くんの父親の前でポロポロと涙をこぼした。
翔くんの父親は深々と頭を下げて別れを告げ、私たちに背を向けた。
「あのピアノ、どうするんだろうね。うちにくれないかな」
すぐ上の姉の言葉が私にはとても腹立たしかった。私は、泣きながら姉に殴りかかった。
翌日、ピアノはあっけなくトラックで運ばれていった。引っ越しの荷物とともに。
私はそれを田んぼのへりに座って見た。その運ばれていくピアノを、私はどこか清々しい気持ちでじっと見送った。
それから数日後、翔くんのお母さんが亡くなったことを母から知らされた。
『翔くんのうち、男だけになっちゃったんだ……』
……………………………
向かいの家にピアノがあった最後の夜の記憶が、私にはぼんやりとある。
ふと夢から覚めた、それはおそらく夜半であった。私は、確かにピアノの音を聞いたのである。
ポーン、ポーン、ポーン……。
ゆっくりと、高音域の鍵盤を叩くだけの、それは無機質な音であった。
その音に続いて、押し殺すような嗚咽の声を聞いた気がしたが、その記憶はおぼろげで、まったく定かではない。それは幹線道路を急ぐトラックの音であったのかもしれないし、もしかすると神々しい山鳴りであったのかもしれない。
いや、本当に一人の男の慟哭を押し殺す声であったのかもしれないが、ただ私は、今さらその真意を姉や両親に確認しようとは思わないのである。
《了》




