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S・G 蜘蛛が教える魔法学  作者: 北宮愛斗
一幕 この世とこの世ならざるもの
8/24

六話 石集めの蜘蛛は人を真似る

「えっ? えっえっ?」


 要領を得ない声が女の口から漏れた。クモから少年へと姿を変えた蜘蛛を前に、目を白黒させているようだ。落ち着くまで待ちましょうか。蜘蛛はそう考え、目線を合わせるように女の前にしゃがみ込む。


「えっあの」

 女は瞬きを繰り返しつつも、声を上げる。

「えっとえっえっ?」


 やはり理解が追い付いていないのか、いまいち言葉にならない。蜘蛛は口元に例の笑みを浮かべたまま、しばし時が経つのを待った。こう言う時はこちらからあれこれと物は言わず、待つに限ります、と。

 やがて女も少しは落ち着きを取り戻したのか、正座して居住まいを正すと、狐につままれたような顔をしつつも、改めてこう尋ねてきた。


「あの。石集めの、蜘蛛さん、なんですよね?」

「ええ。そうですとも」


 変わらず緩慢な口調で答えれば、女の背筋が改めてぴんと伸びる。そう身構えることもないでしょうに。そう思うものの、女は膝の上に右手が上に来るように重ねて置き、軽く胸を張っっている。そして口を開いた。


「あの、あたし、アケミって言います。明けに実るで明実です。あの、本当にあの、石集めの蜘蛛さんなんですよね? そうなんですよね?」

「ええ」と蜘蛛は答える。いったい何度同じことを聞くのだか。蜘蛛は笑みを浮かべたまま、半ばあきれたような目でじいっと見る。その視線に気づいたらしく、「あっいえ」と明実は誤魔化すように右手で頭をぽりぽりとかいた。


「えっとその、あたしが知ってる蜘蛛さんって、普通のクモの姿をしているって、そうきいていたわけでしたから、何というか、その、人の姿だと、本当に蜘蛛さん、なのかな、って」

「ほう?」と蜘蛛は若干その笑みを深めた。「わたくしが偽でとお疑いで?」

「あっいやいや!」

 明実ははっとしたような顔を浮かべ、両手を蜘蛛の方に向けて素早く左右に、ついでに頭も小刻みに振った。


「ちがう、ちがうんです。別に、蜘蛛さんが偽物だと、そう疑っているわけではなくて、そういうことではなくってですね。その、ええと、噂で聞く蜘蛛さんと、今ここに居る蜘蛛さんに、ちょっと違いが姿に違いがあったから、その、何というか、本当に同一人物と言いますか、あ、いや、蜘蛛さんを疑っているのではなくて」


 焦れば焦るほど、同じことばかり口にしてしまうようだ。落ち着きのない人、と蜘蛛は息を吐くように、ふ、と小さく笑い、それから少し真面目な顔をして言う。


「そう焦らずとも。明実の言いたいことも分かります」

 口調は相変わらず緩慢で、その喋り方に釣られたのか、明実も心なしか落ち着いたように見えた。単に、蜘蛛に誤解を与えていないと分かって落ち着いたのかもしれない。

「聞いていた噂と違うところがあるなら、本当に噂の蜘蛛なのかと疑いたくなるのも当然です」

「えっと、あの、すみません」


 明実が本当に申し訳なさそうに謝るので、蜘蛛は境内によく遊びに来ていた例の母親と娘を思い出し、母親が娘をなだめる時の行動をまねて、右手で明実の頭をそっと撫でてみた。人は、こういった行為で思いを伝えることもあるのでしたね。触れると言う行為に一定の心地よさを覚えつつも、蜘蛛は言う。


「気にすることはありません。謝る必要もない。そしてご安心を。わたくしは正真正銘、石集めの蜘蛛。そのことについては妄信して下さって結構です」


 蜘蛛は左手を例の繭の中へと入れ込み、手探りで御魂石をいくつか掴んだ。ぎゅっと握りしめたまま明実の前に持って行くと、左手を開く。全部で五つの御魂石が手の中にはあった。


「こ、これって御魂石!」


 色も形も大きさもばらばらな石を見て、明実が感嘆の声を上げる。その目にもはや疑いの影はなく、どうやら完全に蜘蛛が石集めの蜘蛛だと信じたようだ。単純、単純。結構、結構。蜘蛛は満足げに笑みを浮かべる。


「専門学校にもそんなにサンプルがなかったのに。わあ、本当に石が、すごい」


 小さな子供のように喜ぶ明実に、蜘蛛は見ていて悪い気はしなかった。人に化けて人と接するのはこれが初めてだが、たまにはこういうのもよいでしょう、と蜘蛛は新たな楽しみを見出す。言葉を交わせると言うのも、案外悪いものではありませんね、と。


 あの、蜘蛛さん、と明実が目を輝かせながら言う。

「あたし、蜘蛛さんに会ったらどうしても頼みたいことがって、それで今までずっと蜘蛛さんのこと探していたんです」

「ほう。わたくしに」と蜘蛛は言う。石集めの蜘蛛かと尋ねてきたのは、やはり頼みごとがあってのことですか。予想通りと言えば予想通りだが、しかし、何を頼みたいのだろうか。猫のことでしょうか、それとも、他に何かあるのでしょうか。


 蜘蛛はふと辺りを見回し、それから明実に言う。

「願いを聞くのは構いませんが。しかし、それならいい加減、移動したほうがよろしいかと」

「え?」と小首をかしげた明実の後ろに、一台の自転車が迫って来ていた。蜘蛛はそれを見つけて立ち上がると、さっさと一人端へと寄り、その直後、ちりんちりんと鳴らされたベルに明実は驚いて「すっすみませんっ!」と半ば悲鳴のように叫びながら、慌てて端へと寄るのだった。


 にまりと実に楽しそうな笑みを浮かべた蜘蛛が、

「明実。わたくしに逢えて喜ぶのもいいが、ここが歩道だと言うことをお忘れなく」

 と、胸に手を当てている明実に言えば、「そ、そうでした」と明実は大きくうなだれるのだった。

2016.09.14 改行を加え、読みやすさを追求。

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