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S・G 蜘蛛が教える魔法学  作者: 北宮愛斗
一幕 この世とこの世ならざるもの
7/24

五話 見上げる蜘蛛は意思疎通を図る

 蜘蛛は女の目をじっと見上げていた。こげ茶色の、日本人にはよくある色の瞳だ。


 女もまた、大きな眼鏡のレンズ越しに蜘蛛を見てきた。小首をかしげ、両膝を地面につけて正座をすると、女は蜘蛛の前に手のひらを上にして両手を出してくる。

 手を前に、蜘蛛が触肢を動かすと、女はいっそう首を傾け、親指を蜘蛛側にして、右手をずいっと近づけて来た。

 蜘蛛はなおも触肢を動かし続けるが、女は小首をかしげるばかりだった。どうにも、蜘蛛が何を思い、何を言わんとしているのか、女には分からないらしい。


 やがて警察官の一人が女の方へとやって来て、警察官に気づいた女は慌てたように蜘蛛と警察官を交互に何度も見、両手でばっと素早く雑に蜘蛛を捕まえて来た。危うくあの世へ落っこちそうになりながらも、蜘蛛は手のひらに糸を付けて何とか持ちこたえ、女の手の中に納まる。


「えと、あたしは歩行者用の信号の下で居てそれでその靴に石が入っていたものでそれを出していたのでだからあのブレーキの音がして顔を上げたらもうバスが横断歩道のところで止まっていたからどうなって事故が起こったとかそういうの見てなくて」


 女はやたら早口でほとんど息継ぎもなく喋る。どうやら警察官に事故を見ていたのならどういう状況だったか、詳しく話して欲しいと言われたようだ。


 十分ほど話した結果、男が渡り始めた時は信号が青だった、と言うことくらいしか女は証言出来なかったようで、怪我もないことからその場から離れても問題ないと言うことになったようだ。

 それで女が話し終えて歩き始めるまでの間、蜘蛛はずっと女の手の中に捕らわれていた。逃げ出せない訳ではない。その気になれば、いつでも女の手をするりと通り抜けて、手の中から出て行くことは出来る。あの世とこの世を行き来出来るくらいなのだから、そもそも蜘蛛に物理的な遮りは意味がない。


 それでも蜘蛛が手の中から出ていかなかったのは、女が気になっているからだった。

 蜘蛛の餌となる鬼の猫のこと。

 蜘蛛が返した死のもやを更に返して来たこと。

 蜘蛛に石集めの蜘蛛だと尋ねて来たこと。

 ざっと考えただけでも、三つは気になる点がある。髪が黒と白と茶の三色であると言う点も含めれば、四つだ。


 仮にも女は石集めの蜘蛛と言うものについて、少しは知識があるみたいなので、女が声をかけて来たのも、これまで出会ってきたいくらかの人達のように、蜘蛛に願いを叶えてもらいたいと考えているのからかもしれない。

 その願いと言うのが、例の猫についてであれば蜘蛛としては願ったり叶ったりである。もっとも、この女が猫自身である可能性も、零と言い切れるわけではないのだが、その場合はその場合で、こんな風に蜘蛛にちょっかいをかけて来る理由も気にはなる。


 この女は、実に不思議なやつだ。蜘蛛に気づけるだけの勘がないくせに、呪い返しを返せるだけの力がある。何だかまるで、数は分からないけど掛け算は出来る、と言われているような感じがして、前提となる部分を持ち合わせていないのに、何故その先ができてしまうのかと、不思議でならない。


 不思議と言う言葉から、魔法使いと言う言葉が浮かんだ。

 だが、この女は魔法使いではないだろう。魔法使いと呼ぶには、あまりにも女は足りていない。運がいいと言うところしか、魔法使いに必要な要素を持ち合わせていないのだ。


 次に、好機士と言う言葉が浮かぶ。だがこれも、違うと言える。

 いや、女が境内で学校だ資格だと話をしていたので、一応、正式に認められた好機士ではあるのだろうが、本質が好機士のそれにそぐわない。

 好機士と言うのはそもそも、自分もしくは特定の人物に対し、望ましい機会を与えるもののことを指す。いいことがあった、と思える状況に巡り合わさせ、あるいは、そういった状況を引き寄せるということである。少なくとも、先ほどの女がしたように、周囲に対して死のもやと言う危険をばらまきくようなやつは、決して好機士とは呼ばない。それは好機士とは真逆の行いだ。


 では、好機士の対極に位置する呪い師/(まじないし)ではどうだろうか。

 これが一番近いように思われる。しかしながら、やはり呪い師であっても、蜘蛛に気づけるだけの勘があるものではないだろうか。そんな気もする。

 生憎と蜘蛛はこれまで呪い師に、ただの一人しか会ったことがなかった。そのため、呪い師の平均や一般と言う基準がよく分からなかった。ただ、出会ったその一人の呪い師は蜘蛛に気がつき、蜘蛛の意思を読み取れるだけの勘を有する存在だったことは確かだ。


 ふと蜘蛛の視界が明るくなる。どうやら女が手を開いたようだ。

「あ、あの」

 と、女が恐る恐ると言った具合に話しかけてきた。見上げてみれば、女は眉尻を若干下げ、不安げな顔をしていることが分かる。

 蜘蛛は己の考えを伝えようと、触肢を動かした。しかし、どれだけ動かしても女には理解が出来ないのか、意を決したようにこう言ってきた。

「あのあなた、石集めの蜘蛛さん、ですよね? あ、いや、違ったら、ごめんなさい」

 蜘蛛はなおも触肢を動かし続けた。かつてこれほどまでに必死になって相手に思いを伝えようとしたことがあっただろうか。それほどまでに蜘蛛は真摯に女に向けて触肢を動かす。


 あれ、あ、うん、やっぱり、ちがうかな、などと女が言い出したので、蜘蛛はいよいよこれではだめだと判断し、前脚を二本上げると、体を左右に揺らし始めた。


 ほんの一時の間を置いて。

 蜘蛛の腹部にある赤い複雑な模様から、わっと大小さまざまな無数のクモが湧き出した。


「ひいっ!? いやああっ!」


 零れ落ちるほどのクモが急に手の上に現れ、女は悲鳴と共に蜘蛛とクモたちを放り投げた。よほど驚き若干恐怖したようで、尻もちまでつき、手足をばたつかせて後ずさっていく。

 蜘蛛は宙を舞いながらも、その赤い模様からはクモがわらわらと湧き出し続ける。これは呼び出していると言った方が正しく、蜘蛛は呼び出した山積みのクモを自分の周囲に集め、人の形を取っていく。


 やがて十代前半くらいの少年の姿になった蜘蛛は、いまだしりもちをついて怖がっている女に向かって、緩慢な口調でこう言った。

「この石集めの蜘蛛に何のご用でしょう」

 と。

 蜘蛛は口元に薄っすらと笑みを浮かべ、それは人のものとは違い、どこか魂をねぶるようにねちっこく、この世のものとは思えない、妖艶さが含まれていた。

2016.09.14 改行を加え、読みやすさを追求。

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