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S・G 蜘蛛が教える魔法学  作者: 北宮愛斗
一幕 この世とこの世ならざるもの
6/24

四話 死を縒る蜘蛛は危機をばら撒く

 蜘蛛は悪いながらも目を凝らし、自動車の中心で倒れているバスの運転手を見つめている。状況を見る限り、運転手が車の走る街道へと飛び出したがために轢かれ、轢いた車がブレーキをかけて止まり、後続車がそれにぶつかって幾台も玉突き事故を起こした、と言う感じだろう。


 問題は、何故運転手が道路へ飛び出したのか、と言うところだ。

 男をバスで轢くと言う人身事故を起こしたことで、これからの人生が暗いものになると思い、運転手は突発的に自殺しようとした。そう考えられなくもないが、蜘蛛には少々気がかりなものが見えている。それは、男の体にまとわりつく黒いもやのようなものである。

 それが見え始めたのは、運転手が道路へと飛び出す直前のことで、女が「ごめんさない」と呟いた時だった。男の身を案じていた運転手に、すうっと黒いもやのようなものがまとわりつき、するとたちまち運転手は車の前へと飛び出し、事故が起こったのである。


 蜘蛛にはその黒いもやに心当たりがあった。それは死だ。

 あの黒いもやは第六感によって知覚できる死そのもであって、勘のいい人がその死のもやにまとわりつかれた人に会うと、死相となってみることが出来る。

 あの世は空気の代わりに死のもやで満たされており、危険とされる場所や死にやすい場所、人跡のない秘境には、死のもやが滞っている。それに触れたりまとわりつかれた動植物は、たちまちか次第にか、近いうちに命を落としてしまうのだ。

 また、死のもやは心因的要因、つまりは魂に傷を負って生きる気力を失った者からも発生することがあり、死のもやを生んだものは近いうちに自ら命を絶ってしまうことがほとんどだった。


 さて、今回の運転手はどうだろうか。

 事故を起こしたショックからの自殺、と見ることもできる。だが、蜘蛛が見ていた限りでは、死のもやは運転手の魂、つまり内から生じたものではなく、外部から憑りつくようにまとわりついていたように思う。


 他人を呪う際にも、今回と似たようなことが起こる。恨みから相手の死や不幸を願うと、その思いが死のもやとなって相手にまとわりつき、相手がそれに対抗できなければ命を落としたり、事故に遭ったりするのである。

 ただ、対抗できた場合や、先祖などの守護霊が死のもやを防ぐと、もやは呪った相手へと戻って行く。俗にいう、呪い返しと言うやつだ。


 蜘蛛は運転手の方へと跳ねるように近付いていく。死のもやが他人から呪いとして送られてきたものなら、引き離してやれば呪った本人へと返っていくはず。そうすれば、運転手が車へと飛び込んだのが心的要素による内因か、はたまた他人から呪われての外因かはっきりする。


 倒れている運転手の手の甲へとよじ登った蜘蛛は、触肢と前脚を使って、運転手から死のもやを引き離す。

 死を迎えたものに望むだけの寿命を与えたり、亡くなったものをあの世から呼び戻せるたりする蜘蛛には、死のもやに触れることなど朝飯前だった。もともと蜘蛛は自らの意思で死のもやを生み出し、ある程度自在に操ることが出来る。


 普段は生み出した死のもやを糸に混ぜ込んで、あの世とこの世を行き来する際の架け橋に使っている。この世ならざる糸と言うのはつまるところ、死のもやを混ぜ込んだり、それ自体を糸にしたもののことで、この死の糸を生体にくっつけてあの世からひっぱると、その生体の命を奪うこともできる、という訳である。

 ただ、蜘蛛は餌にしろ魂にしろ、基本的に生きたものしか食べないので、餌をとるときにそれをすることは滅多にない。女の体に張り付けた時のように、あの世に自分が落っこちても目標のところへ帰れるようにするためにつけるか、天敵や貯め込んだ御魂石を狙ってくる輩を追い払う時に使うくらいだ。後は、バスに轢かれた男に一度だけ蘇る機会を与えるために、糸を使っていたか。


 蜘蛛は死を引き離し、それを小さく丸めると一部を糸へと縒って、出糸突起から出すこの世の糸と結び合わせる。それから丸めた死をその辺にぽいっと、ごみを捨てるように放り投げた。

 丸められた死は蜘蛛の手を離れたことで、圧縮される力が無くなり、ふわっと煙のように広がったかと思えば、一目散に自らを生み出したものの元へと返っていく。

 そして蜘蛛は八つの目でしかと見た。


「いやっお願いあたしを拒まないで」


 死のもやに包まれたを女が懇願するようにそう言うと、死のもやが四散し、駆けつけてきた救急隊や警察官、玉突き事故を起こした人たちに微量ずつ、まとわりついていく様を。

 運転手に死のもやをまとわりつかせたのは、女だったのだ。


 蜘蛛が返した死のもやを、女は更に返すように辺りに散らし、自らに被害が訪れることを避けたようである。微量であれば死のもやは直ちに影響はない。ただし、数年、あるいは数十年と経てばそれは間違いなく致命傷へと変わり、病や事故を招く要因となってしまう。

 仮に、各々が受けた微量の死に対抗し、もしくは守られることでそれを回避できても、女が死のもやを受け入れない限りは必ずどこかに残ることになる。今回の場合なら、交差点に滞ることになるかもしれない。そうなれば、この交差点では今後事故が増えることだろう。


 まさか蜘蛛も自らが返した死のもやを、更に相手が返してくるとは思っていなかった。蜘蛛自身にではないものの、呪い返しを更に返してくるだなんて、それだけの力が女にあるとは微塵も思っていなかったのだ。

 現に、女は蜘蛛につけられている糸にまだ気づいていないほど勘がにぶく、肩にとまっていた蜘蛛のことだって、ただのクモとしか思っていないことだろう。呪い返しを更に返すなんて、それこそこの世ならざるものや鬼のなせることだ。稀に人でもそう言うことが出来る者は居るが、そう言う者は決まって勘がいい。蜘蛛をみれば、直ぐに石集めの蜘蛛だと気づくようなやつらばかりのはずだ。

 蜘蛛はますます女が鬼の猫なのかただの人なのか、よく分からなくなった。


 ともかくは、ここを死の交差点にしないように、四散した死のもやを集めた方がいいだろう。自分で蒔いた種だとして、蜘蛛は手の甲から近くの自動車へと飛び移り、出来るだけ高いところから死の糸で創った網を広げた投げる。

「うわ」と声を上げたのは一人の救急隊員で、蜘蛛の作った死の糸が見える勘のいい者のようだ。蜘蛛は構わず周囲へと広げた網を引っ張って手元へと回収し、網に四散していた死のもやがしかと捉えられていることを確認して、それを小さく丸め始める。


 勘のいい救急隊員が蜘蛛の方へと近づいて来て、自動車の間に倒れている運転手に声をかけつつ、蜘蛛を見て来た。その目は疑いに満ちており、蜘蛛はその隊員の前で、丸めた死をぽいっとあの世へ放り投げて見せた。

 勘のいい隊員なら、これで蜘蛛が悪さしたわけではなく、むしろ事態を収めようとしたのだと理解するだろう。蜘蛛はさっさと自動車の上から降りて、歩道の方へと向かって飛び跳ねていく。勘のいい隊員も特に何も言ってこず、人命救助に勤しみ始めている。蜘蛛が悪いものをあの世へ捨てたことを理解したようだ。


 歩道まであと数十センチ、というところまで来たところで、蜘蛛の視界が暗く陰る。

「もしかしてあなた、石集めの蜘蛛さん、ですか?」

 声をかけて来たのは、死を撒いたあの女だった。

2016.09.14 改行を加え、読みやすさを追求。

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