95 強者と狂者
「【命の炎】」
セラフィムはまず、ヘズにも黄金色の炎を灯した。セラフィム自身の命を燃やして、禿頭の剣士の力を増幅させたのである。
「サポート、感謝しよう」
黄金色の炎をまといながら、ヘズは駆ける。もともと、魔法を使っていないというのに、魔法使いと渡り合える身体能力を持つヘズなのだ。
セラフィムの聖法によって強化されている今、ヘズの力は凄まじいものとなっている。
「【瞬閃】」
「――っ」
刹那の抜刀に、加賀見太陽は瞠目した。剣筋が見えないほどに早い斬撃は、容易く太陽の胸元に裂傷を刻む。
「……浅いか」
だが、届かない。速度を重視した斬撃では、魔族化して強化されている太陽の肉体を貫くことはできない。
「【闇炎】!」
一太刀の後に生まれた隙。太陽はそこで闇の炎を放つ。超至近距離の炎放射なので、さすがのヘズでも当たるだろうと思っての攻撃だ。
「【聖炎】」
しかし、赤黒い炎は白き炎に阻まれる。後方からのセラフィムの支援だ。
もともと、セラフィムは能力的に遠距離からの攻撃が得意なタイプである。超近接特化のヘズのサポートにうってつけの存在ともいえる。
「ちっ! うぜぇ」
太陽は悪態を吐きながら、力づくで聖炎を跳ねのけるも……その時には既にヘズの隙はなくなっており、あまつさえ次撃の準備さえ整っている始末。
「なかなかに有能な羽虫だ……心おきなく、戦える」
口元には笑みが一つ。太陽は嫌な予感を覚えて、即座に防御の闇魔法を展開する。
同時、ヘズの攻撃も襲い掛かってきた。
「【闇の盾】」
「【一閃】!!」
闇の盾にぶつかるは、ヘズによる懇親の一撃。防御という考えを放棄した、全力の一太刀である。回避されたら最後、直後の隙でヘズはやられるだろう。だが、当たれば、どんな盾だろうと関係なく、むしろ盾ごと相手を斬らんとする大技であった。
「――っ!?」
太陽の驚愕と同時、闇の盾が切り裂かれる。胸元にまた一つ大きな裂傷をもらった太陽は、改めて闇魔法の使えなさを実感しているところだった。
「物理的なダメージに弱すぎだろっ」
魔法攻撃にはそこそこ効果的のようだが、ヘズの剣を防ぐまでには至らないらしい。苛立ちの声と同時、ちまちま戦っているのが面倒になってきた太陽は、とりあえずヘズなら死なないだろうと遠慮なく魔法を放つ。
「【闇炎砲】」
手のひらから、闇の炎による砲撃を放った。体ごと飲み込むその赤黒い炎に、ヘズは即座に対応して剣を振るう。
だが、大技を放った後なので、微かな緩みがあった。致命的な傷は受けなかったが、剣を振るっていた腕に闇の炎が直撃する。
瞬間、右腕が焼け爛れてボトリと落ちた。落下した右腕が炭化することもなく消失していく様を見て、ヘズは――楽しそうに、笑う。
「素晴らしい力だ……更に強くなるとは、流石太陽殿! 某が見込んだだけはある!!」
「……ヘズさん、俺の事分かってるじゃん」
太陽の冷ややかなツッコミはさておき、右腕がなくなったのは痛手だろう。セラフィムは即座に、銀色の炎をヘズに浴びせる。
「【癒しの炎】」
回復の炎によって、右腕が再び生えてくるヘズ。にぎにぎと感触を確かめる彼に、動揺や驚きはなかった。
「先程、戦いを見ててな……やはり回復できるようだな。四肢の欠損を気にせず戦えるとは、某は何と幸運なことか」
「あてにされても困るのですがね……というか、見ていたのならもっと早く出てきて欲しかったものです」
「馬鹿を言え。太陽殿が最も強くなってからでないと、戦う意味がない。あの頭が四つある天使と戦っているときは、弱くて話にならなかったからな」
相変わらずの戦闘狂思考。ケルビムの戦いの時から様子を伺っていたらしいが、その時は戦う気になれなかったようである。
「強者との戦いこそが、某の生である……貴君らの信仰と同じようなものかもしれん」
己の信念に基づいて戦う、という点においてはある種似たもの同士である。命を賭して戦いに挑む天使の覚悟を、ヘズはそこそこ評価しているようだ。
対して、童貞を卒業したいというくだらない信念の下に戦う太陽は、悩まし気に唸っている。
「うーん……もっと、こう、なんていうかな。強力な魔法が、使えそうというか、なんというか」
「……まだ強くなれるのか、貴君は」
呟きを聞いて、ヘズは相好を崩す。次いで、刀を鞘に納めて……溜めを作るように、ぐっと腰を落とした。
「面白い! 某も、奥義で挑ませてもらおう……羽虫よ、某の攻撃に合わせろ」
「……ええ、任せてください」
化物じみた太陽の全力攻撃を、正面から迎え撃つ。これができる者は、世界でもヘズくらいであろう。セラフィムは冷や汗を流しながらも、ヘズと共に心中する覚悟を決めた。
一方、太陽はイメージを膨らませている。彼は闇属性や魔族化した肉体など、性能を持て余しているような気がしていたのだ
もっと強い一撃を放てるはず。人間時代よりも、更に上の次元に到達できるはず。
そんなことを考えて、太陽は頭をひねる。対して良くない頭だが、だからこそ悩み込まないという良い面もあった。
直観やイメージを、そのまま形にする。魔法とは、そういう技術である。
要するに、大切なのは発想だ。
「拳は、殴る。炎は、燃やす。闇は……呑みこむ? だから、全部を合わせて、一つに」
拳に、闇の炎が宿る。黒々とした炎が、魔族化して強化されている太陽の拳に灯る。常人であれば耐え切れず、消失してしまうその炎を、更に大きく燃やす。
「【闇炎龍の咆哮】」
そうして発動したのは、全てを呑みこみ焼き尽くす、龍の咆哮のごとき魔法であった。
拳に灯る炎が、龍のような形状に変化する。太陽のイメージを具現化していたのだ。
だが、放射はしない。太陽は最大限の威力を相手に叩き込めるよう、自らの足で距離を詰める。超至近距離から、拳と共にその魔法を放つ心づもりのようだ。
対するヘズは、やはり恐れを見せない。太陽が接近するその挙動を見つめ続ける。
そうして、太陽が剣の間合い入ると同時――ヘズは、ようやく奥義を放つのだった。
「【心閃】」
目の見えないヘズによる、心の眼を駆使した一撃。魔力の流れや力の流れなど、複雑なすべての流れを読み、その上で最もダメージを与えられるポイントを斬る技だ。
加えて、ヘズが奥義を放つと同時に、背後のセラフィムもまた炎を放つ。
「神よ、お力を……【七色の炎】!!」
祈祷術も加えた、七色の炎。彼もまた最大限の一撃を、太陽に向かって放ったのだ。
三者の攻撃が、ぶつかる。
闇炎龍の咆哮は七色の炎に焼かれて減衰するも、なお相手を呑みこもうと唸りあげる。ヘズの斬撃は咆哮の攻撃をすり抜け、太陽へと真っすぐに向かう。
結果、両者の攻撃は……微かな拮抗の後、両者に直撃することとなった。
「っ……!?」
太陽の右腕が切り飛ばされる。驚愕に目を剥くも、ヘズの一撃の素晴らしさに感嘆する太陽。
だが、死んではなかった。腕を斬り飛ばすことで精一杯だったようで、太陽の命はなお健在だ。
一方、獰猛な咆哮を浴びた二人は……
「【癒しの炎】」
間一髪。セラフィムの無意識による回復の炎によって、絶命することは免れたようだ。
だが、ダメージは絶大。ボロボロになったヘズとセラフィムは、同時に膝をついてしまう。
この時、両者の勝敗は決したのである。
「まだ、届かないか。修行が、足りんな」
それでも、ヘズは嬉しそうに笑って。
「最後の信仰、悪くありませんね」
セラフィムの方も、全力を尽くせたと満足そうに微笑んで。
「……お前ら、やっぱり頭おかしいよ」
逆に、勝ったはずの太陽は不服そうに顔をしかめるのであった――