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93 死の神は微笑む

 暗く、どこまでも黒く、闇に満たされた世界。

 前後左右はおろか、時間という概念さえも感じさせない、全てが『死んだ』世界で。


 一人の老人が、静かに微笑んだ。


『死は供物となり、我の血肉となる。誠に、汝らは良き信徒である……天使たちよ』


 声は、とある種族に注がれていた。

 心の拠り所を他に求め、自分で立つこともできない愚かな種族に、死を意味する神タナトスは嗤う。


『おかげで、大分力が出せそうだ』


 神は概念であり、実在はしない。彼ら彼女らは絶大な力こそ持つものの、一方で下界の生物に過大な干渉ができないという制約がある。


 神という存在はあまりにも大きいのだ。そのため下界では姿を顕現させるのが精一杯で能力を発揮することができない。


 しかし、とある方法でのみ神は力を取り戻すことができた。下界であろうとも、神の権能を一部使用することができるようになる方法がある。


 それは『信仰』を集めることだ。信徒の祈りによって、神の力は増大する。タナトスは己の力を取り戻すべく、天使の主として君臨していたのだ。


『祈りの深い天使は、あと二人。死ねば、我は更なる力を取り戻せる』


 タナトスに慈悲はない。タナトスに慈愛はない。タナトスには、死しかない。

 天使など、自分の我がままを振りかざすための道具でしかない。故に、彼ら彼女らの死に様にタナトスは微笑むのだ。


『なんとも、滑稽な生き物か』


 己によってのみ世界が完結する神では、理解しようがない天使の脆さ。他に存在理由を求める愚かな種族に、タナトスは義務的な祝福を捧げる。


『汝らに、死の祝福を』


 目を閉じ、そしてタナトスは意識を天使から切り離す。

 天使の、死後を安らかにという約束は叶えた。故に、タナトスは己の欲望を満たすべく、思考を深める。


『……加賀見太陽、汝には期待しているぞ』


 全ては、神の戯れだ。

 暇を持て余した神の、くだらない遊戯だ。


『その魂を手に入れると、さぞ愉快そうだ』


 タナトスは微笑む。加賀見太陽の、死を願って――




 一方、祭壇では熾天使セラフィムと座天使オファニムが静かに顔を見合わせていた。


「ケルビムも、神の御許へ旅立ったようです。後は私達、二人となりました」


「何それ、ウケる」


 含んだように笑うオファニムに対して、セラフィムはまったく笑わない。


「……いよいよ、後がなくなりました。オファニム、恐らくあなたの死も免れません」


「別に? あーし、そういう役割だし」


「ええ、そうでしょうね。あなたは、そういう役割の天使だ」


 その無表情は、覚悟の現れか。

 彼は、天使として――死んでいった仲間達に恥じない最後を遂げられるよう、自らを鼓舞していたのだ。


「その時が来たら、任せました」


「そっちも、がんば」


 軽いノリのオファニムにやれやれと肩をすくめるセラフィム。整った顔を微かに歪めながら、彼は三対六枚の翼を大きく広げた。


「さて、私の最後を彩りましょう。神への祈りを、捧げましょう」


 淡いピンク色の瞳には、今しがたこの場に現れた一人の化物が映っていた。


「よっ、天使さん。お前らを殺しに来た」


 禍々しい巨躯の化物は、セラフィムが最初見た時人間の姿をしていはずだった。されども、そいつはいつの間にか変容しており、そして力もまた化物らしく進化してしまっている。


 強い。セラフィムは、力の差をはっきりと感じた。勝てるわけがないと、以前の戦いの記憶が蘇る。


 だが、引かない。自らの矜持のためにも、死んでいった仲間達のためにも、セラフィムは立ち向かう。


 例え、負けると分かっていても。

 神に、自らの死を捧げることが出来るのなら。




「もう、何も恐くない」




 セラフィムは、戦うのだ。


「【聖炎ホーリー・フレア】」


 まずは一翼を解放。白き聖なる炎は、魔なる存在を滅する。


「【粛清の炎パージ・フレア】」


 次に二翼を解放。毒々しい紫色の炎は、不浄な存在を粛清する。


「【虚無の炎ゼロ・フレア】」


そして三翼を解放。一点に収束した黄色の炎は、相手の心から全てを奪う。


 炎は、加賀見太陽を焼き殺す――はずだった。


「【闇炎(ダークネス・ファイヤ)】」


 しかし、三つの炎はたった一つの炎によって掻き消されることとなる。

 赤黒いその炎は、触れるセラフィムの炎を呑みこんで爆発した。


「――っ」


 圧倒的な炎に、セラフィムは歯を食いしばる。焼け焦げていく己の肉体を感じながら、改めて加賀見太陽の異常さを実感する。


 化物だ。それ以外の何かと表現するなら、太陽は――悪辣なる、魔の王だ。

 そう、思ってしまった。


「お、もう死にそうだな。大丈夫か?」


 闇の炎に飲まれたセラフィムの体はところどころが焼けてしまい、見るも無残な姿になっていた。そんな様子を見て、太陽は軽薄に笑う。


 相手をバカにした笑みだが、それでもセラフィムは冷静さを崩すことはなく。


「【癒しの炎(ヒーリング・フレア)】」


 四翼を、解放した。

 人間界では、聖力が不足していて出せなかった炎。銀に輝くその炎が、セラフィムの体を焼き尽くす。


 そして、銀の炎はセラフィムを癒した。火傷を治療して、セラフィムは額の汗を拭う。傷は治るが、精神的な疲労は蓄積するのだ。特に、太陽を前にしていると神経が磨り減るので、消耗が激しい。


 だが、弱みは見せずにセラフィムは不敵の表情を作る。


「心配は不要ですよ。あなたを殺すまで、私は死にません」


「うん、いい心構えだ。お前の努力を、俺は評価する」


 いったい何様なのか。不遜な物言いは最早太陽の十八番なのだろう。セラフィムはまともに取り合わずに、天高く飛び上がって……次なる攻撃を繰り出した。


「【炸裂の炎(バースト・フレア)】」


 五翼を解放。舞い散るは真っ黒の羽根。ひらひらと揺れながら落下するその炎は――地面に触れるや否や、大きな爆発を起こす。


 それが連鎖して、ほかの羽根も誘爆。波状的につながる爆発は、多大なる威力を発揮した。


「【闇の盾ダークネス・シールド】」


 そうはいっても、太陽には効かないわけだが。

 おもむろに闇属性の魔法を四方に展開。爆発を防ぐ闇の盾は、衝撃にびくともせずに耐えきった。


「……ありえないでしょう」


 五翼は、奥の手ともいえる攻撃なのだ。これで倒せなかった敵はいなかった。

 だというのに、太陽は防いでしまった。それも、いとも簡単に……なんてこともなく、あっけらかんと。


「やはり、ですか」


 セラフィムは、彼我の実力差に肩をすくめることしかできなかった。

 分かり切っていたことなのだ。故に、落胆はあれども絶望まではない。


「どうした? まだ頑張れるなら、頑張ってもいいぞ? 待っててやるから」


 舐め切った態度。セラフィムは無視して、己の手のひらを見つめた。


「……よし」


 それから、ゆっくりと手を握って。

 セラフィムは、最後の翼――六翼を、解放する。


「【命の炎(ライフ・フレア)】」


 出現したのは――金色の炎。

 それは、己の命を燃やす炎だった。


 セラフィムは、命も燃やす。代わりに得るのは――力だ。


「神よ、私の最後の信仰を……ご覧あれ」


 死力を、尽くして。

 セラフィムは、死に祈る――

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