92 強すぎて話にならない
トリアは天才である。エルフの中では他の追随を許さないほどに、誰よりも突出した能力を持っている。
そんな彼だからこそ、以前太陽がエルフ国を襲うまでは、力に驕り努力を怠っていたわけだが……太陽に負けてから、彼は意識を変えた。
加賀見太陽に勝つ。そして殺す。そう決意した彼は、生まれてから初めての『努力』を行ったのだ。
結果、トリアは強くなれた。前はヘズに負ける程度の小粒でしかなかったが、今はかつての太陽でも苦戦するであろう力を持っている。
「【四重強化魔法】」
三つまでが限界だった強化魔法を、今は四つ重ねられるようになった。相手が認識する間も与えずに、攻撃を与える手段も手に入れた。
彼は強い。それは、間違いない。
(――殺す)
一歩も動けていない太陽に向けて、トリアは神槍【プリューナク】を突いた。胸元、その心臓を抉る勢いで……相手に知覚されることなく、殺そうとしたわけだが。
「【闇の蠢動】」
おもむろに闇魔法が展開。蠢く黒の触手がうねうねと太陽の体に巻き付いて……トリアの攻撃を察知するや否や、槍に絡みついてきた。
「っ!」
攻撃が阻害されて舌打ちを零すトリア。闇魔法、太陽は雑魚と思っているのだが……実のところ、防御にはかなりの適正がある属性だったりする。彼もなんとなくはそれを理解しているらしく、今回も防御に使用したようだ。
一瞬の爆発とは違い、黒の触手はなおも蠢いている。近距離からの攻撃は全てあの触手に邪魔されるだろう。
この時点で、トリアお得意の近接戦は封じ込められた。彼は唇を噛みながらも、次撃へと心を切り替える。
「行くよ……【プリューナク】」
神具を掲げ、その武器自身が隠し持つ能力を発揮するトリア。
「【神雷・轟】」
瞬間、黄金の槍プリューナクから幾筋もの雷が放たれた。轟音と共に太陽へと迫る光の本流に、しかし彼は一歩も動くことなく。
「【闇の盾】」
ただ単純に、闇の防御壁を発動した。それだけで、雷は全て霧散していくものだから、トリアは歯噛みするしかなかった。
(相性が悪すぎる)
生物では誰も保有していない、雷の属性。神具プリューナクの持つその属性は、されども闇属性と相性が悪すぎた。簡単に防がれて、トリアは遠距離の攻撃も無意味だと悟る。
(なんだよ、これ……前より、強くなってる?)
トリアは顔を青くしていた。以前でも化物じみた力を持っていた太陽が、魔族化によって更なる力を手に入れていたのである。
修行して、強くなったつもりだった自分が……なんだか惨めになるくらいの、圧倒的な力の差であった。
「いや、まだ……まだっ」
心が折れそうになっている彼だが、まだ奥の手があるらしい。プリューナクを持ち替えて、トリアは思いっきりに振りかぶった。
神槍プリューナクは、もともと投擲用の槍である。その真なる力を発揮しようとしていたのだ。
「【神雷・突】!」
雷を纏う槍の力は、一点に。相手を貫くことのみを考えて、放たれた槍は音速を超える。
衝撃波を伴いながら突き進む槍に――太陽は、
「ほいっ、と」
気の抜けた声で、飛んできた槍を……つかみ取った。
「――――何これ、夢?」
「現実なんだよなぁ」
呆気にとられるトリアに、太陽はニヤニヤとした笑みを返す。
その瞬間、トリアは悟った。
(まだ、僕は未熟だ……この化物の、足元にも及ばないっ)
ガクガクと震えながら、それでも無手でいる不安に耐えきれなくて、懐からヘパイストスに鍛えてもらった魔槍を取り出すトリア。
だが、もう立ち向かおうという気力はないようだった。一歩、また一歩と後ろに下がり始めている。
(強すぎて、話にならない)
今の太陽は強すぎる。こんなのと戦って勝てる生物など――この世界にいないと、トリアは心から理解したのだ。
「ほらよ、お前の武器は返してやろう」
つかみ取った槍を無造作に放り投げる太陽。カランカランと音を立てて転がる神槍を眺めながら、トリアは目を見開いた。
「で、攻撃は終わった? じゃ、今度は俺の番な」
「…………っ!!」
太陽がゆっくりと手を振り上げた直後、トリアはプリューナクを拾ってから身構える。
額には、大粒の汗をかいていた。
「ヘパイストス! おい、ヘパイストス! 聞こえているだろ!? 僕を……僕を、離脱させろ!!」
自分を天界に連れて来てくれた幼女神に向けて、トリアは怒鳴る。
一方、見逃すつもりのない太陽は楽しそうに攻撃を仕掛けてきた。
「逃がすかよ、【闇焔の矢】」
黒と赤の入り混じった矢を形成。それをトリアに向けて放つ。矢は太陽の意思を読み取ってか、でたらめな軌道を描いてトリアに襲い掛かった。
「速くして、ヘパイストス!」
『ィエイ☆ 頭の中からへパちゃんの登場だよ♪』
「今はそういうのいいから早くっ!!」
脳裏に浮かぶ、横ピースをしながら決め顔をつくる褐色幼女。殺意を抱くも、彼女のことを考える余裕はなかった。
何せ、目の前から『死』が迫ってくるのである。
「う、うわぁあああ!!」
当たれば消滅。しかし回避も難しい。思わず叫びながら、トリアは無我夢中で二つの槍を振るった。
トリアは槍も消滅するくらい、太陽の魔法は凶悪だと思っているらしいが……一応、彼の持つ武器は【神槍】と【魔槍】なのである。消滅したケルビムさんの体より丈夫だった。
「ひ、ひぃ」
情けない声を上げたのは、槍で弾いた赤黒い矢が頬を掠めていったから。それでも、太陽の魔法であれ弾くことが可能だと気づいたトリアは、そのまま後方に撤退を始める。
『おいおい、へパちゃんにため口かヨっ☆ 助けてあげなくてもいいってことかナ♪』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 助けてくださいお願いします、偉大なる神様っ」
『え? なんだって? もう一回言ってみて?』
「そんな余裕ないって言ってるだろ、早く助けろぉおおおおお!!」
「【闇焔の矢】【闇焔の矢】【闇焔の矢】」
次々と矢を放つ太陽に泣きべそをかきながら、ひたすらに走るトリア。やはり天才なのは事実で、不規則に蠢く矢を全て捌ききっているのは流石の一言である。
『え~? キミ、つまんないなー。その程度でおめおめ逃げ帰るとか、幻滅だネ☆ 下界に帰れよ』
やがて、ヘパイストスもトリアに関心を失ったのか。
おちょくることをやめて、天界からトリアを取り除く。
そうして、トリアはどうにか逃げることに成功した。彼を姿を見失って、太陽は苛立たしそうに一つ舌打ちを漏らす。
「ちっ。逃がしたか」
されども、勝利に間違いはなく。
「まぁいい……ようやく、感覚も取り戻せたし。俺、やっぱり最強だな」
自分の力に、太陽は満足げな笑顔を見せるのだった。
圧倒的な力を取り戻した太陽は、傍若無人に突き進む――




