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89 楔

 智天使ケルビムさんは、調子が良かった。


「最高の気分だ……今なら、誰だって殺せる気がするぜ!」


 四つある顔で同じ言葉を吐きながら、彼は眼前の加賀見太陽を睨む。狂喜に笑むケルビムからは、黒いもやのような何かが滲み出ていた。


「なんだお前。顔が四つあるのはギャグか? ってか、俺の幸せを邪魔しやがって……そっちこそ、殺される覚悟はできてるんだろうな?」


 対するは、凶悪な容姿の加賀見太陽である。紅い瞳をギラギラと光らせていた。その体からは禍々しい殺意があふれている。


 彼は怒っていた。夢のひと時を邪魔されて激怒していたのである。


「うがぁあああああ!!」


 今しがた地面に降り立った二人を見据えて、太陽は吠える。地面に四肢をつき、牙を剥いてケルビムに襲い掛かった。


 まるで獣のような動きである。凶悪な外見もあってその圧迫感は凄まじかったが、対するケルビムは臆することなく立ち向かった。


「ひゃっはぁああ!! 行くせ、【神霊召喚(ホーリー・サモン)】――『白虎』」


『グギャァアアアアア!!』


 四本ある内の一本ある手を使って、ケルビムは一体の神霊獣を召喚する。太陽の身の丈ほどもある白い虎が、駆ける太陽と正面から激突した。


 轟音と共に、太陽と白虎が弾き飛ばされる。お互いの突進は互角だったようだ。


「ちっ……」


 舌打ちを零す太陽。一度の肉薄で、白虎がただの召喚獣じゃないことを理解したのだ。

 ケルビムの聖法――【神霊召喚(ホーリー・サモン)】。通常なら召喚できない、神に比肩、あるいは仕えている神霊を召喚できるという聖法だ。


 これで白虎を召喚したというわけである。ちなみに、魔界に居た大蛇ウロボロスもケルビムが召喚した神霊の一体だ。


「フハハ! いいぞ、白虎まで召喚できるようになったか……神に、感謝を!!」


 自らの力に、ケルビムは満足げな声をあげる。普段のケルビムの能力なら、大蛇ウロボロス程度しか召喚できなかったはずなのだ。しかし、ここに来る前に神から受けた祝福によって力が増していたのだ。


 今のケルビムは普通のケルビムではない。言うならば、スーパーケルビムさんなのだ。


「まだまだ俺の攻撃は続く!! 穿て、【聖砲(ホーリー・キャノン)】!」


 更に、四本ある内の一本で、今度は白い光線を放つ。これもケルビムの聖砲の一つだ。込める聖力の量によって、威力が変わる聖なる砲撃。ケルビムさんが持つ遠距離攻撃の手段だ。


「っらぁ!!」


 だが、これは太陽の拳によって打ち消せた。魔族化によって肉体が頑強になっているので、生半可な威力であれば効かないのだ。


「いいじゃねぇか……これでまだまだ楽しめるぜ!」


 だが、ケルビムさんはそんな太陽に狂喜していた。タナトスから得た力でテンションがおかしくなっているようである。


「うるせぇ、ぶっ殺す」


 嗤うケルビムさんに、太陽は煩わしそうに息を吐き出した。記憶にこそないが、以前は一撃必殺が常だった彼である。この程度で苦戦していることがストレスになっているらしく、その動きは粗い。


 聖砲を弾き、噛みつく白虎を投げ飛ばし、今度こそ確実に仕留めるべくケルビムへと駆けた。


「【聖なる戒め(ホーリー・クランプ)】」


 だが、ここで更にケルビムは聖法を発動。


「――っ」


 瞬間、太陽の体が硬直する。ケルビムの声を聞いて体が動くことを拒んだかのように軋んでいた。

 ケルビムの【聖なる戒め(ホーリー・クランプ)】は、聖なる言葉を放つことで魔なる者を阻害する技である。相手を不快にさせたり、動きを一瞬止めたりする程度の聖法だが、戦いにおいてその一瞬は大きな優位を示す。


「ひぃ、はぁああ!!」


 ケルビムは、太陽に生まれた隙を見逃さない。


「【聖剣(ホーリー・ソード)】」


 今度は、空いた最後の手から剣を顕現させた。これもまた聖法の一つ、魔なる者に強い効果を発揮する剣を出現させる技だ。


 これでケルビムは、太陽に斬りかかる。

 動きの阻害された太陽は、その一撃を回避することができなかった。


「くっ……」


 呻き、どうにか右手で剣撃を防ぐも……やはりグレイプニルの楔によって弱体化しているせいで、無傷とはいかない。浅いが、腕には裂傷を刻まれてしまった。


 タナトスによって強化されたケルビムに、太陽は苦戦する。前までの天使との戦いも決して楽なものではなかったが、ケルビムの戦いは最悪の一戦となっていた。


「なんだよ、これ」


 そのことに、誰よりも太陽が不満そうである。まったく実力が発揮できていないのでかなり抑圧されているらしい。


「行ける……行けるぜぇ! てめぇを、殺せるっ!!」


 一方、ケルビムは戦いに手ごたえを感じていたようだ。未だに、笑みは崩れない。余裕そうな態度、これはタナトスのおかげもあるが、しっかりと裏打ちされた自信もある。


 通常なら一人一つの聖法が、ケルビムは幾つも展開している。【神霊召喚】【聖砲】【聖なる戒め】【聖剣】と四つもあるのは、ケルビムの特別な体質故のものだ。


 近、中、遠と、どの攻撃も可能な彼は、やはり厄介な敵といえよう。


「まだまだ、俺はこの程度じゃねぇぜ? 【神霊召喚(ホーリー・サモン)】――『青龍』『朱雀』『玄武』!」


 そして更に、状況は悪化する。ケルビムの神霊召喚によって現れたのは、三体の神霊獣。白虎に並ぶレベルの神霊獣だ。それらが一斉に太陽へと襲いかかる。


「どけ!!」


 太陽の表情にも余裕がなくなってきた。ケルビムへの道は四体の神霊獣に防がれている。一体一体を倒している余裕はない。そう思ってか、彼は即座に魔法を発動させる。


「【闇の砲撃ダークネス・バズーカ】!」


 おかえしと言わんばかりに黒き砲撃を放つ。暴れる黒き闇に神霊獣は飲まれ、姿を消した。

 黒の一閃は、そのままケルビムへと向かう。


「【聖砲】!」


 それに呼応するかのように、ケルビムも砲撃を放った。黒と白が、激突する。

 拮抗――は、一瞬であった。


「なっ」


 すぐに、白が黒を消し飛ばす。神霊獣によって勢いを削がれたこともあるが、聖砲の威力が先程より増していたのだ。


 聖砲――込められた聖力に比例して威力を増す聖法。つまり、ケルビムは初撃よりチャージする聖力の量を多くしたのだ。


 これによって太陽の砲撃は圧し負け、逆に攻撃を受けることとなったのである。


「…………」


 無言で聖砲を浴びた太陽に、致命的なダメージはなかった。だが、押されているこの状況に酷く苛立っているようで、表情を歪めている。


 誰もが予想できなかった戦いが、そこにはあった。この場に居るリリンとゼータは不安そうな顔をしており……そして、後方で様子を見ていたトリアは、不可思議そうに眉をひそめている。


「フハハハハハ!!」


 その場には、ただただケルビムの笑い声が響くのみであった――

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