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88 前門のロリ(ぺったん)、後門のメイド(ふともも)

 自らの使い魔である元魔王を倒されたシリウスは、頬に手を当ててあらあらと呟いた。


「負けちゃったわねん。まったく、つくづく常識外れなんだから」


「そうだな。常識外れなくらい、さっきの奴弱かったな」


 息をついて肩をすくめる太陽に、シリウスは首を横に振る。


「違うわよ。元魔王ちゃんは悪くないっていうか、普通はあれくらい強ければどんな相手にも負けないはずなのよん? 常識外れは、アナタ――いえ、アナタ『達』の方かしら」


 そう言うシリウスの視線の先には、魔族化した加賀見太陽と、その主であるリリンが居る。


「見たところ、封印もされかけてるのに……何て理不尽な力なの? 元魔王ちゃんが可哀想じゃない」


 同じ召喚術師として、シリウスはリリンの方にも奇異な視線を向けているようだ。それだけ、太陽とリリンの関係には異常な何かがあるのである。


「おう、だったらお前もかかってくるか? 契約獣の恨み、晴らしたいなら遠慮しなくていいぞ?」


「冗談はやめてほしいわね。アタクシは元魔王ちゃんのわがままを聞き入れただけよん? 正直なところ、アナタを倒そうなんて、アタクシは思ってないわ。無駄なんだもの」


「……確かに、お前は興味なさそうだったな」


 最初から最後まで、シリウスは傍観しかしていなかった。戦いにはまったく介入していなかったのである。


「それに、疲れるし御免だわ。知ってる? 契約獣の再召喚って、魔力をたくさん消費しちゃうのよ? 召喚術師はそこまで燃費が良い方じゃないの」


「ふーん。そういうもんか」


 シリウスに戦闘の意思がないことを確認して、太陽も戦闘態勢を解く。身体を伸ばすようににストレッチを始める彼を見ながら、シリウスは小さくこんなことを呟くのだった。


「まあ、だからこそ召喚されっぱなしの太陽ちゃんが異常なのだけれど」


 その言葉は、少し離れた場所の太陽達に届くことなく消える。

 ともあれ、シリウスは役目を終えたと言わんばかりに、懐から魔法水晶を取り出した。


 これは魔法晶――中には王女様が直々にかけた『転移』の魔法が宿っている。エルフから没収した魔法アイテムは、国の要人に対してこのように配られていた。今回は王女様が同伴しなかったので、太陽達一行も持っていたりする。


「じゃあ、アタクシは帰るわねん?」


「あ、王女様に伝言頼む。『帰ったら覚えてろよ?』って」


 太陽は気付いていた。アルカナ王女が、可能であるなら太陽を殺したがっていることに。故に、こうやって刺客であるシリウスを送ってきたのだと、半ば確信に似た予想をしていたのだ。


 その推測は間違っていない。王女様は、太陽なんて死ねばいいと思ってシリウスとヘズを転移させたのだから。


(……あのハゲが居るのは黙っとこうかしら)


 シリウスは太陽の言葉にうなずきながら、内心でこんなことを考える。ちなみにハゲとはヘズのことだ。別に教えてあげる義理もないと思ってのことである。


「了解。じゃ、またねん?」


 そうして、シリウスは魔法晶を砕いて王城へと帰還する。

 ちなみに、王城で太陽の伝言を耳にした王女様が恐怖で失神したのは、言うまでもないことである――




 

「ふぅ、やっとオカマが帰ったか」


 シリウスが去って、太陽は一仕事終えたと言わんばかりに額を拭った。グレイプニルの楔を打たれているせいで、疲労が蓄積していたのである。


 現状、彼の力は半分以下になっているといっていいだろう。魔族化する前、よりもさらに前の火炎属性を扱っていた太陽と比べたら、力は大分失われていた。


 いつもの太陽なら、シリウスの補助がない元魔王ごとき瞬殺できたはずなのだ。それがああも苦戦するくらい、太陽は弱体化してしまっている。


「ちょっと休憩させてくれない?」


 故に、彼にしては珍しい提案を一つ、ゼータとリリンに投げかけていた。いつもなら勢いに任せて進撃するのだが、肉体の回復を行うことにしたのである。


「そうね。お父様、しつこくてウザかったし、いいんじゃない?」


 リリンは特に否定もなく素直に頷いてくれた。発言の端々に父への棘があるあたり、彼女の苛立ちが感じ取れる。現実世界でいうところの、子煩悩で優しい父が実は浮気性だった、くらい衝撃的な価値観の変わりようである。それほどまでにリリンは父に失望したということだ。


 まあ、その苛立ちの幾分かは、先ほどゼータにしてやられた分も含まれているわけで。

 サキュバスなのに男を奪われた、と彼女は悔しさを滲ませていたのである。


 加えて。


「了解しました。では、ご主人様……どうぞ、こちらへ」


「え? こちらって、どこ?」


「だから、ゼータの膝に、寝てもいいですよと言ってるのです」


「よし行くぞ寝るぞありがとう!」


 当たり前のように太陽を膝枕するゼータを見て、リリンはギリギリと歯を噛みしめてしまった。


「ちょ、っ……」


 またしても、サキュバスの矜持を穢されたように感じて、彼女は目の端に涙を浮かべる。


「ゼータのふともも、柔らかいな……」


「左様ですか。ご主人様が喜んでくれて何よりです」


「ゼータは優しいなぁ……俺の事そんなに好きなのか、うん。俺も好きだぞ、ゼータ」


「……好き、ですが。でも嫌いです」


「どっちだよ」


 更に、イチャイチャする二人。リリンはこの場に居ないような雰囲気である。


「うにゃぁああ!!」


 当然、蔑ろにされたリリンは激昂した。膝枕されてニヤニヤと笑う太陽に向かって、フライングボディアタックを繰り出す。


「ぐへっ」


 息を漏らす太陽。腹部に馬乗りになったリリンは、太陽のほっぺたをつまみながら彼の意識を無理矢理こちらに向けるのであった。


「ちょっと、太陽はあたしとの約束、忘れてないわよね?」


「や、約束?」


「だから、肉体が戻った時に……あたしの処女、もらってくれるって約束よ」


 そこで、リリンは爆弾を投げる。もちろん、現在太陽を膝枕するゼータを意識しての言葉だった。


「……どういうことでしょうか、ご主人様?」


 瞬間、ゼータの声が冷たく凍る。身震いする太陽は慌てて視線を逸らそうとするが、リリンにほっぺたを掴まれているせいでそんなことはできなかった。


「や、えっと、これは……そのままの、意味っていうか」


「……むぅ」


 普段は無表情なゼータだが、思わず唇を尖らして不服を訴えかける程度には、許し難い言葉だったらしい。


「別に、ダメというわけではありません。ご主人様はエッチなので、それは仕方のないことです。しかし、もしもそういうことをするのなら……ゼータが、一番がいいです」


 ポツリと零れた呟きは、何とも可愛らしいもので。


「そうだな。よし、リリンは二番目な」


 太陽が優先順位をコロッと変えるのも、無理のないことだった。それくらい可愛かったのである。

 そうなれば当然、リリンの方が不服なわけで。


「ちょっと、あたしが一番って言ったじゃないっ。約束、したんだから!」


 リリンが太陽の顔を抱きしめて、ゼータに威嚇を見せた。

 鼻腔をくすぐる甘いみるくの香り。薄い胸ながら、それでいて仄かな熱と柔らかさを感じて、太陽は抵抗をやめる。むしろ初めから抵抗してなかったともいえる。


 頭の後ろにはゼータの太もも。顔の前にはリリンの胸。


(ここが俺の天国か)


 幸せが、そこにはあった。


「あんたは引っ込んでなさいよ、太陽の使用人ごときが邪魔しないでっ」


「ゼータはご主人様の使用人なので、誰よりも優先されるべきだと思いますが」


「別にするなとは言ってないわよ。でも、あたしだって初めてなんだから、相手だって初めてがいいのよ!」


「ゼータも初めてですが」


 太陽を取り合って口論する二人。

 それは、太陽が夢見ていた光景だ。ハーレムを夢見て異世界転移してきた彼にとって、今の状態はとても幸せなものだった。


 記憶こそなくなっているが、心が現状を喜んでいる。

 太陽はだらしなく頬を緩めて、幸せを強く噛みしめていた。


 ゼータとリリンの言い争いを聞きながら、太陽はこんなことを思う。





(ずっと、こんな時間が続けばいいのに)





 ――その瞬間に、彼の幸せなひと時は奪われた。


「ひゃっはぁあああ!! ひぃはぁあああああ!!」


「……君、性格変わってるじゃん」


 耳障りな声と共に、現れたのは――智天使ケルビムと、エルフのトリア。

 二人が、空から降ってきた。


「ちょ、何事!?」


「……あれはっ」


 二人の登場に驚くゼータとリリンは、太陽を突き飛ばして空を見上げていた。

 そのせいで、太陽のささやかな幸せは終わりを迎えた。


「――殺す」


 そして、加賀見太陽は激怒した。

 夢のひと時を壊した二人に、太陽は牙を剥く――

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