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85 加賀見太陽は己の闇に飲まれそう

「くそっ……このくさび邪魔すぎだろっ」


 天界にて、加賀見太陽は呻く。胸元と、それから腹部の二ヵ所に突き刺さる楔に目をやりながら顔をしかめていた。


「力が出せなかったし、この天使邪魔だし、散々すぎる」


 足元には少年の天使が一人、仰向けに倒れている。その体は光の欠片となって消えかけていた。

 彼は力天使ヴァーチェス。加賀見太陽に挑みかかり、そして負けた天軍九隊の一人だ。


 グレイプニルの楔のせいで太陽の力は半減していたので、ヴァーチェスはそれなりに善戦したのだが……結局は腹部に楔を打ち込むまでが限界で、敗北したのである。


 加賀見太陽は勝利した。しかし、負ったダメージは無視できるものではない。何せ、力が削がれる楔をまたしても打ち込まれたのだ……今はもう、半分の力も出せなくなってしまっている。


「あんた、大丈夫なの?」


 そばでは太陽の召喚主であるリリンが不安そうな表情を浮かべていた。


「問題ない、とは思う。天使って気味悪いし頭おかしいし狂ってるけど、実力はそこまでないっぽい。厄介だけど、負けることはないだろ」


 力を失えども、太陽は太陽だ。最強は最強のまま変わりないので、不安になるなと太陽はリリンに力強くうなずいて見せる。

 そうすれば、そんな太陽の意見に同調するかのように、今まで無言だったゼータが言葉を発するのだった。


「はい、ご主人様は大丈夫です。顔とか性格とか根性とかはあれですが、実力だけは確かなので」


「顔は余計だから……べ、別に不細工とかじゃないからっ」


「ともあれ、ご主人様は負けません。不安を覚える必要など皆無です」


 太陽よりもはっきりと断言するゼータ。一度離れたせいなのか、若干太陽に関して盲目になりかけているように見えなくもないが、あながち間違ってもない評価である。


「お前らが後ろに居る限り、負けねぇよ」


 リリンとゼータは、戦いにおいてあまり役に立つとは言い難い。しかしだからこそ、太陽にとって二人は守るべき対象なのだ。太陽が負ければ二人が傷つくので、太陽は絶対に負けたりしないと覚悟を決めているのである。


 足手まといというより、リリンとゼータは太陽にとってのやる気促進剤といったところか。

 故に、どんな不利な状況に陥ろうとも太陽は負けないと断言できるのである。


「そう。ならいい」


 リリンもまた、その言葉を信用してくれたようだ。

 

「それにあんた、魔王だものね。負けるわけない、か」


「ああ、その通りだ。まぁ、この闇属性思ったより使えないけど。こんな雑魚属性役に立たないけど。正直、こんな黒いもやもやが出せる程度の魔法なんていらないけど、とにかく負けはしない」


 想像以上に使えない闇属性魔法に不満を覚えていた太陽は、ついついそんな愚痴をこぼしてしまった。


 そんな時。


『や、闇属性を愚弄するでない!!』


 空から、声が振ってきた。慌てて見上げると、そこには筋骨隆々のオカマと、怒りに形相を歪めた元魔王様の姿があった。


「お、お父様? どうしてここにっ」


『決まっている! 加賀見太陽を、殺すためだ……ようやく見つけたぞぉ』


 牙を剥いて唸る元魔王様。近くではシリウスがやれやれと肩をすくめている。


「思ったより早く見つけられたわねん? やっぱり空を飛んで正解だったでしょ、元魔王ちゃん?」


『くくっ……そろそろ我の上からどいてもらってもいいか?』


 元魔王様の上に乗っていたシリウスはどっこいしょと立ち上がって、ついでにお尻を触った。

 そのセクハラを、元魔王様は屈辱と言わんばかりに顔を赤くしながらも、必死に耐えている。


「えっと、そういう関係なのか?」


『違う!! どこまでもバカにしおって、加賀見太陽めぇ……これも全部貴様のせいだ!』


 地団駄を踏む元魔王様は、怒りのあまりどす黒い魔力が漏れ出ていた。


「俺のせいにされても」


『黙れ! 貴様は絶対に許さない……我の『闇』で、殺してやる』


 元魔王様。彼もなんだかんだ魔王だったので、闇属性魔法を扱える。

 今の太陽と同じ属性だ。すなわち、太陽にとっては雑魚属性だ。


「闇属性、全然使えないぞ? こんな黒いもやもや出せる程度で俺が死ぬわけないだろ……」


『それは貴様が使いこなせていないからだ!! み、見せてやる、闇属性の真骨頂をっ』


 馬鹿にするように鼻で笑う太陽に、元魔王様はとうとう怒りを爆発させる。


『【黒き闇の復刻リバース・ブラックヒストリー】』


 発動されたのは、過去の傷を再生するという、割とえげつない闇属性の最上級魔法であった。

 精神に刻まれた傷の記憶を、肉体に刻むという干渉系統の魔法である。


 とはいっても、平常時の太陽であればその魔法は通用するはずのないものだ。干渉系の魔法は対象者の保有魔力量が高ければ効きにくくなるので、異常な魔力を持つ太陽には無意味な魔法である。


 しかしながら、加賀見太陽はこの瞬間において……平常時とは異なりすぎていた。使い魔であるという身分であり、記憶もなく、その上グレイプニルの楔によって力も弱まっている。


 故に、偶然――元魔王様の魔法に、太陽は抵抗できなかったのだ。


 魔法は、発動することとなり。

 加賀見太陽の『闇』が、その身を侵食する。


 思い出すは、過去の傷。とはいっても、肉体的なものではない。太陽は強いので肉体的なダメージを受けた記憶が薄く、再生されるようなものは一切皆無。肉体は無傷だった。


 だというのに、太陽は――



「ぐぎゃぁあああああああああ!!」



 ――苦しそうに、叫ぶのだ。


「やめろ、やめろ……やめてくれぇ」


 頭を押さえて、彼は目を見開く。

 痛みはない。だが、心が叫びたがっていた。


「こんな黒歴史……俺は、知らないぞ!?」


 脳裏に浮かんでいたのは、過去の情景。

 太陽の失われた記憶の中にある、思い出すだけで死にそうになるような記憶。


 つまりは『黒歴史』を、魔法によって再生されていたのである。




 バレンタインが来るたびに、靴箱や机の中、果てはカバンの中に誰かがコッソリと入れていることを期待してゴソゴソしていた時の自分。


 携帯を買ってもらって、手あたり次第に女子のメアドを男友達から強引に教えてもらい、メールを送って無視された時の自分。


 授業中、寝ぼけて先生にお母さんと言ってしまった時の自分。


 暇すぎてテロリストが学校にやって来ることを想定して、撃退シミュレーションをしていた時の自分。


 モテたすぎて香水つけたいけどないから、変わりにファブリーズつけて行ったら「トイレの臭いがする(笑)」と笑われた時の自分。


 女子に興味ありすぎて女性用雑誌買って学校で読んでいたらオカマ扱いされた時の自分。


 とりあえず唐突に一発ギャグしてみたら教室が静まり返った時の自分。


 夏休み明け、とりあえずモテたくて髪の毛染めてデビューしてみたら生活指導の先生に丸刈りにされた時の自分。


 好きな子に告白しようとしたら告白する前に「ごめん、彼氏いる」と断られた時の自分――




 なくなっていたはずの記憶だった。むしろ一生なくなっていて良かった記憶だった。

 今にして振り返ってみて、思う。


「死ね! 過去の俺、死ねよちくしょう!!」


 モテない男子高校生の学生時代なんて、大体はこんな風に黒歴史にまみれているものだ。

 加賀見太陽だって例外じゃない。たくさんの黒歴史を積み重ねていたのだ。


 せっかく忘れていたというのに……それが、元魔王様の魔法で再生されてしまったのである。


「ぐ、ぅぁ」


 あまりの恥辱に、加賀見太陽は地面に倒れこんだ。


「ごめん……俺、お前らを守れそうにない」


 そして、太陽は言う。

 先ほど、負けないと誓ったというのに……リリンとゼータに向けて、心が折れそうだと弱音を吐く。


「へ? ちょ、嘘でしょ!? しっかりしなさいよ、太陽っ」


「ご、ご主人様?」


 慌てるリリン。戸惑うゼータ。

 それから、唖然とする元魔王様。


『なん、だとっ!? 効果は抜群だ……』


 まさかの大ダメージに、誰よりも元魔王様が驚いてるようだった。


「なんで、俺はあんなことをしてしまったんだぁ」


 対する太陽は、悶えることしかできない。

 己の闇に飲まれた彼は、今までで一番ダメージを受けていた。


 つまるところ、彼は今……大ピンチである――


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