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83 主天使ドミニオンズ

 天軍九隊は加賀見太陽を殺害するために、『グレイプニルの楔』という神具を一つ、ドミニオンズに渡していた。


 この楔を心臓に一つ、腹部に一つ、そして背中に一つ打ち込むことで、魔なる者の力を封じられる――という封印用の神具だ。


 ドミニオンズはこの楔を一つ、加賀見太陽に打ち込めと言われていた。命に代えてでも使命を果たせと命じられている。


 だが、ドミニオンズはこの瞬間において――その使命を思いっきり忘れていた。


(すごい……すごい、すごい!!)


 首が折られ、拳は潰れ、あばらの骨は数本砕けている。本来ならもう死んでいてもおかしくない傷だ。死なずとも、激しい痛みに正気を保っていられないのが当然の状態だ。


 されど彼女は、生きていた。いや、死ぬのがもったいないと、彼女は無理矢理に体を動かしていたのだ。

 まるで、ゾンビのように。歪な動きで、ドミニオンズは太陽ににじり寄る。


「お前、何でそんな状態で動けるんだよ……」


 聞こえてきたのは、相対する太陽の無機質な声であった。その表情は硬く、今が快楽の絶頂にあるドミニオンズとは正反対である。


「あはっ。だって、こんなに気持ちいいんだもん! 死ぬのは後でいい、どうせ私の幸福は約束されている……神は私の信仰を受け取ってくれる! だから、あなたと最高のひと時を過ごさせて? 私に、これ以上とない快楽をくださいな」


「神様が、死後を約束してるからって……死んでもいいとか、狂ってる。そもそも、お前はどうして神様に受け入れられると思ってるんだ?」


 太陽に、狂信者の理など理解できない。

 彼ら彼女らの論理は、破綻した解の下にあるのだ。間違いが正解となり、正解が間違いとなっているその理論は、語られたところで常人に納得できるものであるはずがなく。


「今まで、多くの『死』を神様に捧げてきたんだよ? いっぱい、信仰したんだよ? だから、私達の『死』は幸福だと定められている……神様が、そうお告げになったんだから!!」


 天使にとって、信仰とは『殺害』だ。死を捧げ、死を祈り、やがて死に至ることで彼女たちの幸福は満たされると――そう、心から信じてるのだ。


「信仰の最中に死ぬのは誉れ! あはっ、だから手加減なんてしないで? 私を、遠慮なく殺して? あなたの手で、私を死なせて?」


 そう言って、ドミニオンズは再び接近する。潰れた拳を振り上げ、狂喜を振りまきながら殴り掛かってきた。


「っ、【闇の波動ダークネス・ウェイブ】」


 ドミニオンズに太陽は魔法を放つ。闇の一撃で葬ろうとしたのだが……ドミニオンズは、闇を受けてなお止まらなかった。


「魔法なんて、もったいないことしないで……あなたの身体で、直接殺してっ」


 ドミニオンズには多少のダメージがあれども、目に見えた傷は皆無。その他の天使には通用していた魔法だが、やはり天軍九隊の一人……魔法への耐性は強いようだ。


 というかそもそも、闇属性は物理的な威力に秀でているわけではない。闇属性の真骨頂は精神への作用と魔力などの力を強奪することにある。物理的なダメージという点では劣ってしまうのだ。


「じゃあ、私の番ね?」


 紫色の瞳が怪しい輝きを放つ。今度は未だ潰れていない左の拳を振り上げて、太陽の顔面に向けて放った。


「っ!?」


 その速度は、先ほどの比ではなく。

 拳は的確に太陽の頬を打ちぬいた。まだ肉体の耐久度が高く、ダメージはなかったが……回避できなかった一撃に太陽は目を大きくする。

 先ほどより速く、そして一撃は重かった。明らかな力の上昇に、太陽は驚いてしまったのである。


「いひっ、もうちょっとかなぁ」


 対するドミニオンズは、左の拳も潰れてしまったようだが悲観はまったくない。それどころか、喜ぶかのように傷ついた拳を撫でていた。


(怯んでても仕方ないか……一撃で、決める)


 異常なドミニオンズに不気味さを感じていた太陽は、しかしそのままではいけないと己に活を入れる。

 中途半端な一撃で、敵は倒せそうになかった。故に彼は、次の一撃に全力を込めることにするのだ。

 怪我程度ではすまない、必殺の一撃。


「っ、らぁ!!」


 使用するのは己の肉体だ。魔族化によって変化した太陽の肉体には、かぎ爪という武器がある。

 それを思いっきりに振るって……ドミニオンズの胸部から腹部を、切り裂いたのだ。


 ――死。皮膚を裂き、血を吹き出したその一撃は、どんな生物であろうと死に至るような一撃だった。


 だが、ドミニオンズは……やはり、笑うのだ。


「あはっ……血が、止まらないよぉ。痛くて、痛くて、狂っちゃう……最高だよ!!」


 死なない。否、彼女は死ねない。

 主天使ドミニオンズ。彼女は『血の狂宴ブラッド・リカバリー』という、ダメージを受けるほどに力を上昇させる聖法を持っている。


 要するに、怪我を負えば負うほど彼女の生命力が高くなるのだ。どんな怪我でも死ななくなり、かつ彼女自身も強くなってしまう故に、死ねなくなってしまうというわけである。

 死ぬためには、上昇するドミニオンズの生命力を上回るダメージを与えなければならない。だが、ダメージを与えたら与えたで、ドミニオンズは強くなってしまう。厄介な能力といえよう。


 痛みを快楽に変換する彼女にとって、この聖法はあまりにも相性が良すぎた。

 天軍九隊第四位、主天使ドミニオンズは弱くなどない。


「いくよぉ……? もっと、私を弄んで?」


「くっ」


 そして始まるのは、こともあろうに肉弾戦だ。保有魔力量が高く、膂力や耐久力が遥かに高い太陽に対して、その戦闘は愚かとしかいえない。

 されどもドミニオンズは、聖法で身体能力が飛躍しているおかげで、太陽と互角に打ち合うことが出来てしまっていた。


「あははははっ!!」


 一撃ごとに、ドミニオンズからは血が噴き出る。体の至る場所が負傷していく。

 しかし、そのたびに彼女は力を増しているので、徐々に太陽は攻められていた。


「いいかげん死ねよ……っ」


「ダメ。まだ、まだ、まだ、まだ、足りないっ」


 そして、ドミニオンズの一撃が太陽の腹部を穿つ。


「なっ……」


 血にまみれた拳は、太陽の体を覆っていた鱗を砕いた。ひび割れ、血がにじんだ彼の傷を見て……ドミニオンズは、嬌声をあげる。


「素敵! 興奮するっ……私、痛いのも好きだけど、苦しむ姿を見るのも嫌いじゃないの!」


 太陽の苦痛に歪んだ顔に、彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「もっと、苦しむ姿も……見せて?」


 そう言って、おもむろに彼女は『祈り』を捧げる。


「神よ……信仰に準じる私の深き祈りに免じて、私に祝福を与え給え」


 祈祷術――神が引き起こす奇跡を、彼女は願う。

 同時、天から光が降り注いだ。


神の祝福ゴッドネス・ブレイス


 光は、剣となり……真っすぐに、ドミニオンズの背中を貫いた。


「――あはっ」


 これこそが、彼女にとっての祝福。

 更なる傷を得て、この瞬間彼女の力は最大限に高まりを見せる。


 それは同時に、彼女の肉体が限界を迎えたことと同義だった。


「これで、最後かぁ……でも、こういう最後も、素敵っ」


 恍惚に頬を染め、熱に浮かされるように瞳を潤ませ、熱い息を零して……ドミニオンズは、最後の一撃を放つ。


「…………へ?」


 太陽は、反応することもできなかった。

 気付いた時には既に、腹部に一本の楔が打ち込まれていた。


「ぐ、がっ……!?」


 刹那、太陽は胸が締め付けられるような痛みに襲われる。何かに拘束されたような息苦しさに、息を荒げた。

 グレイプニルの楔を受けて、彼は力の何割かを封じられてしまったのだ。


「その顔、素敵……」


 そんな彼を見てなのか、太陽に楔を打ち込んだドミニオンズは――満足げに、太陽に向かって倒れこむ。

 もう指先一本動かすこともできないようで、その瞳も既に閉じられていた。


「お前っ」


 その身を受けて、太陽は絶句する。

 あまりにも酷い状態だった。見るのも痛々しくなるくらいの傷があった。


 だというのに、ドミニオンズは嬉しそうに笑っているのである。


「あはっ……魔族さんとの戦い、楽しかったよ」


 喘ぐようにか細い声は、今にも消えそうなくらい小さくて。


「あなたに殺されて、良かった」


 欠片の後悔もない彼女に、太陽はかける言葉が思い浮かばなかった。

 故に、零れ落ちたのは単なる感想。


「お前、狂ってるよ」


 不気味で、ともすれば理解不能な生き様に、太陽はそう断ずる。

 だが、ドミニオンズの表情は崩れることなく。


「ありがとう。信仰に狂ってるなんて、嬉しい評価だ……よ」


 そうして彼女は、死んでいくのだ。

 その死に顔は、とても幸せそうだった……




 こうして、天軍九隊第四位、主天使ドミニオンズが死を果たす。

 天界との戦いが、本格的に幕を上げた瞬間であった――

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