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80 魔族の誇り

『な、何故リリンが人間の国に居るのだ!?』


「お父様こそ、生きてたのっ?」


 二人は顔を見合わせて声を上げた。喜びよりも驚きが大きいらしく、戸惑ったように目をパチクリとしている。


「うふふ、やっぱりねん? アナタ、元魔王と気配がそっくりだもの。親子なのは一目瞭然だったわ」


 そんな二人を見て、シリウスが満足げに大きくうなずいていた。持ち前の洞察力で二人の血縁を見抜いていたらしい。


「サキュバスで、元魔王の娘で、召喚術師……アナタは一体、何者なのかしらん? ものすごい、異常だわ」


 シリウスは、リリンに何かを感じているようだ。


「ねえ、魔王。この子の母親、もしかして凄い魔族だったんじゃない?」


 リリンの正体を知るために、シリウスは元魔王を呼び出したのだろう。答えを口にするよう促している。


 対する魔王は、酷く複雑そうな表情を浮かべていた。


『……それ、言わなければダメか?』


「言わないなら強制するわよ?」


 主であるシリウスの命令は拒否できない。故に元魔王は諦めたように息をついて、リリンの母親について教えてくれるのだった。


『リリンの母親は、リリスというサキュバスだ』


「ただのサキュバス、では当然ないわよね?」


『その通り。リリスはサキュバスの中でも特に力が秀でていてな、夜な夜な男を喰ってたよ……いわゆるビッチだ。我もその一環でやられた』


 元魔王さえも虜にする、強力なサキュバス――それこそが、リリンの母親だったらしい。

 そのことに驚いていたのは、誰でもないリリン本人で。


「え? 嘘、お母様は普通のサキュバスだったって聞いてたのに……」


『あれは嘘だ、リリン。本当の母親は散々に男を喰った後、笑顔で死んでいった。我が言うのもなんだが、相当頭がお花畑な奴でな……『私の王子様はどこにも居ないのね! そうだ、冥界になら居るかも!』とか言いながら死んでいった』


「そんな……」


 こんなのが母親なのかと、リリンは顔を覆う。自分の血を水で洗い流したい気分だった。


『本音を言うと、リリンには真実を言うのを避けたかった。リリスは、それだけ阿呆だったのだ』


 阿呆ではあるが、ともあれ能力が強力だったのは間違いないのだろう。現に元魔王が意思に反して喰われたと言っているのだ。もちろん性的な行為を強制された、という意味である。


「なるほどね。やっぱりリリンちゃんは、血が優秀なのよ……加えて、サキュバスでは珍しい召喚の適正を持っているなんて、本当に只者じゃないと思うわ」


 シリウスは同じ召喚術師として、リリンに何かしら思うことがあるらしい。普段のお茶らけた雰囲気はなく、野獣のような眼光でリリンの背後――ぽかんと佇む、太陽を凝視していた。


 ここでようやく、シリウスは太陽に質問の答えを返す。


「はっきりと言っておくわ。アナタとリリンちゃんの契約は、簡単に解除できない類のものよ。アタクシでも知り得ない契約を、アナタ達は結んでるらしいから」


「は? マジか……ぅぁー、めんどくさい」


 途端に苦い表情を作る太陽に、シリウスは乾いた笑みを浮かべていた。


「よりにもよって、アナタを強制的に召喚して服従させるなんて……アタクシなんかとは比べ物にならない力ね。魔王が召喚獣なんて、かつてない出来事だわ」


 本当に、有り得ない。シリウスは実際に目をしてなお、そう言いたげに目を見張っていた。それくらいリリンは規格外だと言いたいらしい。


「あ、あたしって、凄い……?」


『なんと! 我の愛する娘よ、よくぞここまで力をつけたものだな!』


 シリウスの言葉に喜んだのは、リリンではなく元魔王様だった。

 元魔王様は今ようやく太陽に気付いたらしく、その身体をジッと見つめている。


 角、翼膜、尻尾、鱗、牙、爪……と人間離れしたその姿に、かつての太陽の面影はない。

 そのせいか、元魔王様は勘違いしていたようだ。


『ほほう! これは立派な魔族を召喚したものだ……うむ、良い魔王である。前魔王の我が太鼓判を押してやろう! これならリリンを任せられる! これからの魔族をよろしく頼む!』


 フレンドリーに肩を叩き、快活な笑顔を浮かべる元魔王様。

 そんな彼に、リリンは思わず言ってしまった。


「お父様……それ、加賀見太陽です」


 その言葉に、元魔王様の笑顔は般若のそれに移り変わった。


『加賀見太陽だと!? ゆ、許さん……殺す、殺すぅうううううううううう!! よくも、我を騙したなぁあああああ!!』


「……いやいや、俺は何もしてないんですけど。なに、この情緒不安定な魔族さん、殺してもいいの?」


 威嚇してくる元魔王に、太陽はようやく口を開いた。


「なんだよ、うるせぇな……立派な魔族なんだろ? 俺になら娘を任せられるんだろ? これからの魔族をよろしくするんだろ?」


『撤回だ! 加賀見太陽など我は認めぬ……殺す、殺すぅううう!!』


 途端に情緒不安定になった元魔王様。シリウスが暴れることを許可してないので殴り掛かってはこないが、太陽を睨み殺さんと言わんばかりの勢いで睨んでいる。


「あの、お父様は……なんで、生きてるの?」


 元魔王様が怒り狂う一方で、リリンは未だ戸惑ったままのようだった。

 死んだと思っていた父親が生きているのである。混乱するのも無理はない。


「も、もしかして、お父様は死すらも超越したのっ? 強くて、素敵で、かっこいいお父様なら、死くらいどうにでもなるってことだよねっ」


 期待半分。願望半分。記憶にある優しく強いお父様なら、死の一つや二つどうにでもできるのかもしれないと、そんな希望的観測を口にするリリン。


 されど、現実は辛辣であった。


『……我は死んだ。もう、リリンの尊敬する父などいない』


 元魔王様は、非情に……されどもはっきりと、偽ることなく現実を語る。


『今は、このシリウスという男と契約をしている身でな……こ奴なしでは、肉体の維持すらもままならない状態だ。単なる一介の召喚獣でしかない』


「そ、そんなこと……信じたくない」


『しかし、これが現実だ。我は加賀見太陽に、激闘の末敗れた。ああ、それはもう壮絶な戦いだった。あと一歩というところで負けてしまった……だが我は、負けを認めなかった。故にシリウスとやらに身を捧げ、加賀見太陽を殺すことを誓ったのだ』


 さりげなく話を盛っている元魔王様。本当は太陽との勝負で激闘など繰り広げてないし、そもそも自死したくせによくもまあそんなことが言えたものである。


 まあ、太陽は記憶を失っているので、残念ながらその嘘を指摘できる者はこの場にいないのだが。


『今の我は、ただの復讐者。リリンよ……もう、お前の父ではないのだ』


 非情な宣告は、まさしく魔族らしいともいえるような。

 そんな言葉に……リリンは、表情を消した。


「…………っ」


 もう、素敵なお父様はこの世にいない。

 加賀見太陽に殺されてしまい、今目の前にいるのはその残りカスなのだと――リリンは、理解してしまったのである。


(こんなの、嘘よ!)


 だから彼女は、駆け出す。

 もう、無残な姿になった父親を見たくなかった。シリウスにセクハラされても何も抵抗せず、太陽にバカにされたら子供みたいに怒鳴る情けない姿に、リリンは泣きそうになっていたのだ。


 父は死んだ。

 物理的にも、そして精神的にも……強く、尊敬していた父は心の中から消えてしまった。


(なんでっ)


 そのことが、リリンはとても悔しかった――




 魔族はいつから弱くなった?

 どうして、ここまで馬鹿にされるほど情けなくなった?


 リリンは思考する。宵闇の中、彼女は一人歯を食いしばる。


 人間ごときに、仲間のほとんどは死んでいった。

 神様ごときに、庇護を求めるようになっていた。

 天使ごときに、生き残りのほとんどを殺された。

 あまつさえ、元魔王ともあろう者が――人間のペットにされていた。


 それらの事実が、リリンは許せない。


(あたし達魔族は……こんなに、弱かったの?)


 沸き起こるのは怒りだ。

 種族としての誇りを穢されていると、そう感じた。


 魔族がこんなに弱いはずがない。

 本当は、もっと高潔で誇り高く、強い種族なはずである。


 かつて、魔族はどの種族からも恐れられる存在だった。

 神さえも食い破る獣として、世界から一目置かれる存在だった。


 それが今や、最弱種の人間にバカにされている始末。


 ――魔族の誇りは、どこへ行った?


(あたしは、許せない)


 故にリリンは、決意した。

 今まで、流れに流されるだけの弱者でしかなかった。生贄に選ばれ、偶然召喚された太陽に振り回され、自分からは何もできなかった。


 だが、今は違う。

 彼女には、明確な意思が宿っていたのである。


「起きなさい……起きなさいよっ」


 夜、フレイヤ王国の王城にて。

 とある客室に侵入したリリンは、そこで寝ていた者の腹部に腰かけた。


「ぐぺっ……なんだよ、リリンか」


 リリンの衝撃に、寝ていた加賀見太陽が目を覚ます。

 眠りを邪魔されて不愉快そうだったが、そんなことリリンは気にせずに。



「神様を、殺しなさい」



 はっきりと、彼女はそう言ったのだ。神様を殺して、魔族の力を示せと命じているのである。

 彼女の願いは、ただ一つ。


「魔族の誇りを、取り戻すために――」

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