77 天界の皆さん、こんにちは
「さて、セラフィムがボコボコにやられて帰ってきたわけだが……」
そこは、雲の上の世界であった。
まるで天国をイメージしたかのようなその世界は、桃源郷のように美しい景観を見せている。桜をはじめとした様々な植物の生い茂るこの場所に、彼ら彼女らは集まっていた。
合計して八人の天使が円を作って顔を見合わせている。そのうちの一人は顔がボコボコであった。
「て、手加減しましたからねっ? 別に負けたとか、そういうわけではありませんからね!?」
セラフィムの無意味な言い訳に、四つの顔を持つ眼鏡をかけた天使が難しい顔を作る。彼の名はケルビム。四つの顔と手を持つ、天軍九隊の中でもちょっと気持ち悪いことで定評のある天使だ。
「そこまでやられてよく強がれるな……まぁ良い。セラフィムなんぞ我々天軍九隊の中でも最弱――とでも言うと思ったか!? セラフィム、てめぇよくも負けやがって! この中で一番強いの、自分だってこと自覚してないだろ!!」
しかし、容姿とは違って中身は普通のケルビムさんである。おめおめと逃げ帰ってきたセラフィムに、ケルビムは唾を飛ばして説教を始めた。
「いくら下界では本気出せないからって、もっと頑張れよ! はっきり言うが、てめぇが負けたら天使は終わりなんだからな……!」
「いやいや、そうは言いましてもね? 確かに油断はしましたけどね? でもですね、一人だけちょっと規格外な化物が居たのですよ……名前は確か、そう。加賀見太陽とか言いましたっけ」
ぐぬぬと唸るセラフィムは、下界で自分をボコボコにした相手を思いかべて表情を歪めていた。腫れの引かない顔でしかめっ面を浮かべたせいで、顔がより面白い形に変化する。
「ぷぷっ。セラフィムさんってばウケる~。顔おもしろーい」
「オファニム、何笑ってんだよ……てめぇの顔もこうなるかもしれないんだぞ? もっと危機感を持てよ」
車イスで足を組む女性天使――座天使オファニムは能天気に笑っていた。ケルビムはその軽い態度が気に入らなかったらしく、四つの顔の内の一つを般若のように歪める。
「相手は恐らく、本気のセラフィムを同等の強者だからな?」
「「強者!?」」
その言葉に、今度は二人の天使が反応した。
「うっひょー! セラフィム並みの強さとか、興奮してくるぜおい! は、早く戦いたいっ」
「こ、興奮しちゃうねっ。どんな痛みを私に与えてくれるのかな!? ちょ、ちょっとやばい……ムラムラしてきた」
片方はクソガキ。片方はマゾヒストの変態だった。名をヴァーチェス、ドミニオンズという。
「……そうか、頑張れよ」
この二人に関して、ケルビムさんは何も言わなかった。力天使ヴァーチェス、主天使ドミニオンズは流石のケルビムさんでも手に負えないらしい。勝手に盛り上がってる二人を見てみない振りしていた。
「あのー、セラフィム様と同等ってことは結構やばいんじゃ……」
「あなた達はともかく、私達普通の天使はまずいんじゃ……」
一方で、先ほどから肩身狭そうに身を小さくしていた二人の天使が遠慮がちに声をはさむ。彼らは大天使と天使の位を持つ者達なのだが、天軍九隊の中では最弱なので発言権はないに等しかった。
「てめぇらは捨て駒として、使命を貫け」
「「そんなー」」
ケルビムさんのおざなりな言葉に、大天使君と天使君は複雑な表情を浮かべている。雑魚扱いされたのが不服そうだが、実際そうなので何も言い返せないようだった。
「クソ、セラフィムが負けたせいでこちらが後手にまわってるじゃねぇか! 急いでその加賀見太陽とやらの対策を考えないと……」
眉間にしわを寄せるケルビム。四つの顔それぞれが悩むその様は見ていて異様だが、天使の中ではふつうの光景である。誰も動じていなかった。
「まぁまぁ、落ち着きなさいセラフィム。ここは天界ですよ? 加賀見太陽にだって入ることはできません。私達は悠然としていれば良いのです」
「そ、そうだよな。ああ、分かってる。分かってるさ。いくらなんでも、この天界に攻め入ることはできないってことは、理解してる」
と、ここでセラフィムがケルビムをなだめるようにそんなことを言う。
安心させたくて出た言葉なのだろう。だが、この瞬間においてそれは裏目でしかなかった。
「緊急事態です! 下界より化物が……加賀見太陽を名乗る化物が、天界に侵入しました!!」
「ぶふーっ!?」
空を猛スピードで飛んできた天使の報告に、ケルビムは思いっきり吹き出してしまう。予期せぬ加賀見太陽の到来に頭が混乱しているようでもあった。
「セラフィム! 来たじゃねぇか、どうするんだよこら!!」
「し、知りません。私は何も知りませんよ!? というか、あの化物一体どうやって侵入したのか……な、何が起きているのですかっ! 神よ、嗚呼神よ……」
天軍九隊の面々に落ち着きがなくなってくる。加賀見太陽の来訪にあたふたしていた。
「情けない」
そこで、天軍九隊の一人がうんざりしたようにそんなことを言う。
「吾輩たちは神の使徒なのであるぞ? もっと余裕を持った方がいいのではないだろうか」
やけに偉そうな声である。その声の主は能天使エクスシア。天軍九隊随一の切れ者だった。
「動ずるな。吾輩が出よう。その加賀見太陽とやらに、天の罰を刻もうではないか」
含み笑いを浮かべるエクスシアに、他のメンバーは表情を明るくした。
「流石エクスシア! 貴方に任せれば何も問題はないでしょう!」
「エクスシア……てめぇだけが、我々の光だ」
「ウケる。エクスシアさん、ガンバっ」
「ふっ。俺が行こうと思ってたけど、エクスシアになら任せられるな」
「あはんっ。らめぇ。そ、そんなに痛くしたらぁ……うへへ」
「「頑張ってくださーい」」
それぞれの応援……一人妄想して興奮しているだけの変態もいるが、それはともかく。
「任せておけ。吾輩が、決着をつけてこよう」
仲間達の応援を背に、エクスシアは飛び立った。
目指すは、今しがた侵入してきたと言われる加賀見太陽だ。
「哀れな生物よ……吾輩の手で、神の御許へ誘ってやろうぞ!!」
頼もしい言葉。堂々たる背中。彼ならきっと、倒してくれる!
そうみんなが確信するほど、エクスシアは自信に満ち溢れていた。
「エクスシア様が死亡! 一撃でした!」
そしてエクスシアは死んだ。
閑話休題。
「……よし、迎撃しなければな。うん、今から対策を考えないと。とりあえずセラフィム、てめぇは傷を治せ。その時間は俺らで作ってやる」
「はい、任せましたよケルビム」
七人になった天軍九隊で、再び作戦会議が始まる。先ほどより神妙な顔をしているケルビムは、ここであることに気付いた。
「そういえばアルヒャイが見えないな……」
権天使アルヒャイ。天軍九隊の中で最も地味で特徴がないと言われている彼の存在を、今まで忘れていたようだ。ケルビムの一言で、そういえばとその姿を探す。
だが、アルヒャイはいない。この場にはいなかった……というか、彼ら彼女らは知らないのだが、実は既に魔界にてアルヒャイは倒れていた。
あれである。最初に太陽と戦ったあの天使がアルヒャイなのである。彼は地味に下界に降り立って、地味に死んでいったのだ。
「アルヒャイさん……どこへ行ったのでしょうか」
ちなみに、セラフィムはアルヒャイから報告を受けたことをすっかり忘れているらしい。不思議そうに首を傾げていたが、しかし居ないのはどうしようもない。
「まぁいいか。とにかく、加賀見太陽は我々七人と仲間達で倒すぞ!」
ケルビムのかけ声に、天軍九隊は声を上げて呼応する。
「全ては、神のために……死を、与えようではないか」
天界に侵入してきた加賀見太陽を、殺す。
そう、彼ら彼女らは誓うのだった。
「「「「神の御許へ」」」」
セラフィム、ケルビム、オファニム、ヴァーチェス、ドミニオンズ、大天使、天使の面々は……それぞれが、神に祈りを捧げる――




