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76 土下座は王女の嗜みです

 謁見の間に入ってきたのは、二メートルは越す体躯を持った魔族であった。

 凶悪そうな顔つきの魔族は、不思議そうに首を傾げて王女様を見つめている。


「王女様、だよな……これ、本当に王女様なのか?」


 泡を吹いて気絶するアルカナに王女らしい優雅さなど一切ない。あまりのへっぽこさに記憶のない太陽は、彼女が本当に王女様なのか不安になっているようだ。


「魔族のあたしは知らないわよ……ってか、あんたあれね。なんか大きくなってない? さっきより、厳つくなってる気がするんだけど」


 リリンの言葉に、太陽は己の体を確認する。確かに身体が肥大していた。魔族化の影響で、徐々にではあるが太陽の人間らしさは失われている。


 そしてやはり、彼の息子はいないままだ。


「はぁ……意味分からん。イライラするな、これ」


 苛立ちは天界にぶつけよう。そう思って、太陽は改めて王女様に呼びかけるのだった。


「なあ、王女様? ちょっとお願いがあるんだけど」


「――っ、はひぃ!?」


 と、ここで意識を覚醒させた王女様が、太陽の姿を見るや否やまたもや卒倒しかけていた。話にならないポンコツさに、太陽は彼女が王女様ではないと思いたくなった。


「こんなのが王女様とか、人間終わってるな。取柄顔しかないじゃん……ま、うちのゼータが一番可愛いけどなっ」


「そういうの要らないです」


「あ、そう」


 ちょっとカッコつけてみたがゼータは淡々としていた。無表情で太陽の陰に控える彼女は、いつもと変わらない様子である。


「あー、よし。とりあえず、王女様と話がしたいんだけど? いつ正気に戻るの?」


 白目をむいて玉座で伸びている王女様を傍目に、太陽は問いかける。そうすれば、王女様の少し後ろに居た彼女が言葉を返した。


「ちょっと待って。新しくビスケットを用意する。甘いもの食べたら、アルカナは落ち着くから」


 純白の甲冑に身を包む、赤髪ポニーテールの騎士だった。彼女の名はエリス、騎士王の称号を持つアルカナの側近である。


「子供かよ……」


「アルカナは子供そのもの。だからこそ可愛い」


 王女様を甘やかすことに関しては右に出る者がいないことで有名なエリスは、気絶した王女様を優しく介抱していた。次いで、部下にビスケットの用意を指示する。


 少しして、ビスケットやミルクティーの乗ったワゴンをとあるメイドが持ってきた。


「お待たせしました。こちら、王女様のおやつです……って、うぇ?」


 入室したメイドは、魔王となった太陽の姿を見た瞬間に声を上ずらせる。

 灰色のくすんだ髪の毛を持つ、小さな少女だった。特徴といえば、白濁色の瞳に……片方だけ長い耳といったところか。


「え、嘘、でも……やっぱり!」


 彼女は太陽を凝視して、それから表情を明るくする。


「太陽くんだ!」


 そして彼女は、太陽の胸に思いっきり飛び込むのであった。

 

「久しぶりっ。突然いなくなったから、心配してたよ? えへへ、無事で良かった」


 はにかむように笑ってから、彼女は太陽に甘えるように抱きついている。突然そんなことをされた太陽は戸惑っていたようだが、しかし不思議と払いのけるようなことはしなかった。


「えっと……」


 彼には記憶がない。だから、今しがた飛び込んできた少女が誰なのかは分からない。

 だが、きっと……近しい存在なのだということは、心のどこかで理解していたのである。故に、太陽は彼女をそっと抱き留めたのだ。


「ご主人様。彼女はミュラ様でございます……ご主人様のお屋敷で暮らしている、居候です」


「居候じゃないよっ。もう立派なメイドになったんだから!」


 ゼータの言葉に、ミュラは唇を尖らせる。とはいっても、一年前まではメイドとなんて言えないただの役立たずだったのだ。


 そんなミュラが、どうして王城でメイドなんかやっているのか。そのことをゼータが問いかけると、ミュラは嬉しそうに太陽の匂いを嗅ぎながら、今までの経緯を説明してくれた。


「太陽くんとゼータさんがいなくなってから、屋敷の管理をしてたんだけど……ボク、なかなか不器用で、すぐに屋敷が荒れ放題になっちゃって。だから、まずはメイドのスキルを習うために、王城で見習いメイドになったんだ。それで現在に至る、というわけだね」


「……それはつまり、屋敷が荒れたままということではありませんか」


 息をつくゼータに、ミュラはあははと笑う。それでも太陽と再会できた喜びが非常に強いのだろう。悪びれた様子はなく、ひたすらに嬉しそうだった。


「んっ。太陽くん、そういえばちょっと大きくなってない? なんか、素敵になってていいと思う」


「お、おう……そうか?」


 太陽本人としては凶悪になったとしか思わないのだが、ミュラは魔族化した太陽を気に入っているようだ。というか、今の太陽を太陽だと認識するのは難しいことなのだが、ミュラは一目で見抜いたらしい。


「でも、太陽くん、なんかよそよそしいね。いつもみたいに、セクハラしてくるかと思ったのに」


 ミュラは外側の変化はあまり気にしてないようだ。しかし、内側の変化に関しては敏感であった。太陽の異変を察知している。


「セクハラ、してたのか俺はっ。こんな子供に、何をしていたというんだっ」


「こ、子供じゃないもんっ……で、何があったの?」


 太陽の腕に抱き着くミュラは、至近距離から真っすぐに問いかけてきた。白く濁ってはいるが純粋な瞳に、太陽は苦笑する。


 こいつには嘘をつきたくない、と無意識に思って。

 彼は、ありのままの事実を告げたのだった。


「俺、記憶がなくなってるんだ。だから、ミュラ……ごめん。お前のことはなんとなく分かる気がするんだけど、お前との思い出が俺にはないんだ。その、本当にごめん」


 慕っているようだが、逆にその態度が太陽にとっては後ろめたい。思わず頭を下げそうになって、だがミュラがそれを許さなかった。


「謝らなくていいよ。太陽くんとの思い出がなくなったのは残念だけど……またこれからたくさん作ればいいからねっ。えへへ、それよりも、またこうして会えただけでボクは満足だよ」


 ぎゅっと、強く抱きしめるミュラ。最初から好感度マックスの彼女に、太陽はやれやれと微笑んだ。そっと頭を撫でて、ミュラの思いにありがとうと応えた。


「んっ」


 それからしばらく、ミュラは太陽にくっついたままで。

 離れようとしない彼女を、太陽はやりたいようにさせてあげることにするのだった――




「き、記憶がないから、人間滅ぼすとか、そういうことはないですよねっ?」


 太陽とミュラの再会が一通り落ち着いたと判断したのか。

 おもむろに、ビスケットとミルクティーを頬張っていた王女様が口をはさんできた。


「た、たたた太陽様、魔王になってるけど……まだ、国を滅ぼさないでくれますよねっ?」


 涙目で、震える声を発する王女様。すこぶる王女らしくないへっぽこさに、太陽は敬意を払う必要がないことを察した。


「ふむ。そうだな、そっちの態度次第だな」


「お金ならあげます身体も捧げます美女も献上します! だから、国を滅ぼすことだけは、どうか……どうか、この通りですっ」


 太陽の試すような態度に、王女様は誠意を見せた。


「ど、土下座までするとは……」


 そう。一国の王女だというのに、彼女は土下座までしていたのだ。それはもう綺麗な土下座に、太陽は面食らってしまう。


「べ、別にお金は要らない。王女様の体も、美女も……い、今は、遠慮しておく」


 そもそも大事な部分が失われているので、太陽は性欲がない状態なのだ。そのことを心底残念に思いつつ、彼はこんなことを王女様に言うのである。


「ただ、お願いが一つだけあるんだ。俺とリリン、それからゼータを……天界まで【転移】してほしい」


 ここに来た本題。天界に向かいたい太陽が、しかし行く手段がないことに気付いて、彼は人間界に来ることにしたのである。

 人間族、フレイヤ王国の王女、アルカナ・フレイヤの持つ【転移】の魔法。


 これこそが唯一、天界に行くための手段なのだ――

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