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74 とうとう人間を辞めた主人公のお話

 天軍九隊が一人、熾天使セラフィム。三対六枚の羽根を持つ彼は様々な炎を操ることのできる、天界屈指の実力者だ。


 三対六枚の羽根からは、それぞれ違う炎を放射することが可能。


 一翼目は【聖なる炎】という、魔族を焼き尽くす聖炎。二翼目は【粛清の炎】といい、いかなる相手だろうと飲み込む暴力の炎。他にも四つの性質が違う炎を持つ彼は、天界でも自分が一番だと自負していた。


 ましてや、下界の生物なんて相手にもならないだろう。信仰もクソもない可哀そうな生き物に、せめてなる救済として【死】を与えてあげよう。

 きっかけは、とある天使の使徒が攻撃を受けたことだった。報告を受けて、じゃあ自分が裁いてやろうと、そんな考えで彼は下界に降りてきたのである。


 だというのに、何故なのか。


「こ、この私が、地面に落とされるなど……そんなわけが、ないのです! これは夢ですね!? 神よ、あなたの気まぐれな悪戯なのですよね!?」


 鼻血を出してクレーターに埋まる彼は、真っ赤な月に向かって吠えた。こんな事実は有り得ないと、現実を受け入れられていないのである。


 そんなセラフィムに現実を突きつけるのは、天高く跳躍する人間――加賀見太陽。


「まだまだ俺の恨みは止まらない! くらえ、今度は俺とゼータのイチャイチャタイムを邪魔した分だ!」


「ぐはっ」


 魔法なんてなかった。ただただ普通の跳び蹴りだった。されどその膂力は常軌を逸しており、セラフィムはくの字に折れて痛みに呻くこととなる。


(は、反応すらできなかったっ)


 速い。あまりにも動きが鋭すぎる。セラフィムは加賀見太陽の動きに目を大きくしつつも、彼から距離をとるために羽根を羽ばたかせた。


「仕方ありませんね! 三翼解放……【虚無の炎(ゼロ・フレア)】!」


 続いて放たれたのは、黄色の炎。とはいってもその炎は拡散せず、一点に集中して放射される……いわゆる閃光(ビーム)のような炎であった。

 向けられた瞬間には着弾する、その炎で加賀見太陽を焼き貫くつもりだったのである。


「焼けなさい! そして己の虚無感に涙するのです!」


 虚無の炎は一つでは終わらない。無数に放たれた炎の閃光は視界を埋め、土煙をあげて加賀見太陽の姿を隠した。


「やりましたか!?」


 これくらい撃てば死ぬだろと、セラフィムは思ったらしいが。


「チクチクしてんじゃねぇよ、イライラさせんな」


「――――ふぇ?」


 攻撃を止めると同時、土煙の中から加賀見太陽が飛び出してきた。着ていた衣服はボロボロだったが、その身に怪我はない。虚無の炎がまったく効いてなかったのである。


「な、なんて体をしてるんですかっ」


 あまりにも頑丈すぎて、セラフィムが驚愕に唾を飛ばすと同時。


「次は、さりげなくお漏らししていたリリンの分!」


 強烈なミドルキックが横っ面に炸裂した。セラフィムはきりもみしながら空を横回転する。


「お、お漏らしなんてしてないし!」


 遠くから聞こえてきた悲鳴はさておき。


「そしてこれは、勝手に魔王様にされてむかついた分!」


 次撃は理不尽の下に。身に覚えのない怒りまでぶつけられたセラフィム、今度は顎を強かに打たれて縦回転した。


「く、そ……四よ、くっ!?」


 このままではまずい。そう直観したのか、四翼の炎を解放しようとしたセラフィムだが……ここで彼は、絶望することとなった。


(聖力が足りない……魔界だと四翼は不可能だということですか!?)


 セラフィムの炎は、【六花の炎】と呼ばれる天界の【聖法】――つまり、下界における魔法みたいなものである。魔法に魔力が必要なように、聖法は聖力がなければ扱えない。特に聖法は外部の聖力を利用して発動しているので、魔界は彼らにとって非常に分が悪い場所なのである。


 故に、セラフィムは実力の半分しか出し切れていなかった。彼からしてみれば、半分も出せれば下界の生物など楽勝だと思っていたようだが……


「まだまだ行くぞ、これは俺が記憶を失ってイライラしている分!」


 かかと落としが、額を割る。セラフィムは防御すらできずに地面へ激突した。


「更に俺が童貞な分!」


 地面から跳ねたセラフィムに今度は膝蹴りが叩き込まれる。もちろん顔だ。あまりの衝撃に地面を跳ねた彼に、今度は人差し指が襲い掛かる。


「あ、これは死んだおっさん魔族の分な」


 額を軽く押された。今度は全然痛くなかった。おっさん魔族なる者が死んだことについてやはり何とも思ってない太陽は、とどめと言わんばかりに拳を引き絞って。


 地面を跳ね、再び落下を始めるセラフィムに向けて――


「最後の一撃は、俺が触れるはずだったおっぱいの分だぁあああああ!!」


 ――力いっぱいの右ストレートを、セラフィムの顔に叩き込んだ。情け容赦のない、執拗なまでの顔攻撃。流石のイケメンも台無しになって、太陽は満足しているようだった。


「お星さまになれよ、こら」


 空気を切り裂きながら、セラフィムは空高く飛んでいく。あまりの威力に天界へ到達しそうな一撃だった。


(く、ぅ……かみ、よっ。神よ、この私が負けることなど、許されてなるのですか!? こんなにも信仰の深く、素晴らしき信徒に罰を与えるなど、貴方は何を見ているのですか!! 嗚呼、神よ……神よ、神よ! あの者に――加賀見太陽に、厳正なる罰を与え給え!!)


 飛び上がりながら、しかしセラフィムの憎悪は消えることなく。

 恨みの果てに祈られた願いに、彼の崇める【神様】が答えた。


「【神の咆哮(ゴッドネス・ローア)】」


 瞬間、天から極太の閃光が魔界に降り注いだ。純白のそれは魔界中の命を奪う、絶命の咆哮。神に仇なす獣への叱責に、生物は己の生命活動を停止する――はずの【祈祷術】だった。


 天使の持つ聖法とは違う、神への祈りによって奇跡を起こす祈祷述。信仰の深さによって引き起こす奇跡の度合いが変わるその術は、信仰心の深いセラフィムが放てば絶大な一撃となる――はずだった。


「【闇の爆撃(ダークネス・エクスプロージョン)】」


 だが、加賀見太陽は神様にさえも牙を剥く。

 放った闇の爆発は魔界中を覆いつくして……神の叱責に、唾を吐いた。

 結果、極太の光は消失することとなる。太陽の放った闇魔法で一掃したのだ。


「ちっ、もっと殴っとけば良かった」


 後には、セラフィムのいなくなった魔界が残される。彼によってゾロアスターの地は破壊されたが、結局はそれだけの被害しか出なかった。


 つくづく尋常ならぬ、加賀見太陽によって――天軍九隊のセラフィムは撃退されたのである。


 それでも不満足そうに息を吐いていた加賀見太陽は、ゆっくりと翼をはためかせた。蝙蝠ばった翼をばっさばっさ動かして、空に浮かぶ。途中バランスが崩れそうになったので尻尾を使って体をコントロール。皮膚を覆う鱗をポリポリとかきながら、館のバルコニーに降り立って――



「って、なんじゃこりゃぁああああ!?」



 そして彼は、自らの体の変化に気付くのであった。


「ご、ご主人様……ですよね?」


「あ、あんた、何よそれっ」


 ゼータとリリンも驚いている。それくらい、加賀見太陽の容姿が激変していたのだ。

 真っ赤な瞳に、伸びた八重歯。頭には立派な角があって、背中には蝙蝠のような翼もある。尻尾もあるし、体中に鱗がびっしり。鋭利なかぎ爪は月光を反射していた。


 その変化にもびっくりだったのだが、何よりも……他のどんなことよりも驚いたことが、一つ。


「ぁ――ない」


 太陽は、絶望に打ちひしがれた声を発した。


「な、い」


 涙ぐんだ声は、哀れなほどに震えている。


「な……ぃ」


 否、もうすでに泣いていた。太陽は、何かを探すように下半身をまさぐりながら号泣していた。


「な、何がないのよ」


 あまりにも様子がおかしかったので、リリンが声をかける。そうすれば太陽は首をプルプルと横に振りながら、こんなことを言うのであった。




「俺の息子が、ない」




 加賀見太陽の股関節付近。そこには、何もない。

 ただ、魔族特有の黒光りした鱗が、きらきらと輝いているだけだった。


 そう、つまり加賀見太陽は人間ではなくなってしまったというわけで。


「み、未使用のまま、俺の息子が家出した……」


 更に言うなら、男ですらもなくなってしまったのだった―― 

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