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73 加賀見太陽は絶望する

「おい、ちょっと待て。もしかしてこいつ、他の魔族みんな殺したのか……?」


 リリンが熾天使セラフィムに恐怖していたその時、加賀見太陽もまた真っ青になっていた。


「ええ、そうよ……見ればわかるじゃない。館周辺を除いて、全部破壊されてるもの」


 天から降り注いだ光はゾロアスターの地を蹂躙した。栄えてもなければ寂れてもいないその場所は、いつの間にか廃墟となり果ててしまっている。


 それを見て、太陽はよろめいていたらしい。


「なんてことだ……冷酷すぎる! お前は命を何だと思ってるんだ!? こ、こんなにも簡単に命を奪うことができるなんて、外道にもほどがある!!」


 お前が言うな。むしろお前はこの何十倍くらい殺してるだろ。

 リリンはそんなことを言いたげな目を向けていたが、太陽は気にせず言葉を続けた。


「さ、サキュバスのお姉さん、殺したとかっ。あ、あれは世界を挙げて保護しないといけない、もしかするとお前らより天使な存在なんだぞ!? お、俺の童貞も、もらってくれるって言ってたのに!!」


 彼は絶望する。魔族の死を――というより、サキュバスの死に太陽はショックを受けていたのだ。むしろサキュバス以外の魔族はどうでもよかったする。


「死は供物となり、救いとなるのです。私がそこまで怒鳴られる意味が分かりません」


「うるせぇよ、お前何余裕ぶって空飛んでんだよ! 降りて来いよ、その面見せてみろよおらぁ!」


 チンピラのように叫ぶ太陽は、セラフィムの力を見せつけられたというのにいつも通り飄々としていた。顔が青ざめていたのも恐怖からではなく、サキュバスの死によるものだから何ともおかしな人間である。


「やれやれ、貴方は獣ですか? やはり祈り無き生物などただの動物……私のように信仰に生きてこそ、生命は昇華するのです」


 太陽の言葉に、セラフィムは肩をすくめながら高度を落とした。次第に見えてきたその顔は、やはり祭壇に現れた天使と同様……否、それ以上に整っている。


 淡いピンク色の瞳、男性だろうに腰まである長い白髪、スラリと均整の取れた体型は見る者の目を引き付ける。


「どうですか? 貴方も、私と一緒に神に祈りを捧げませんか?」


 甘く囁くその声は、いつまでも聞いていたくなるほどに官能的で、太陽は即座に唾を吐き捨てた。


「誰が祈るかよ、死ね」


「……もし神に祈りを捧げれば、童貞を卒業できますよ?」


「神様お願いします女の子の体を触らせてください特に胸がいいですできればFカップくらいあると望ましいですあとむっちりしてた方が好ましくてそれで――」


「まぁ、嘘なんですけど」


「殺す! お前は生まれてきたことを後悔させて殺す! その顔をぐちゃぐちゃに歪めてやる!」


 童貞心を弄ばれて、目を血走らせる太陽。先ほどまでリリンが発していたシリアスな空気が、いつの間にか消し飛んでいた。


「ちっ。胸糞悪い顔見せるなよ。吐き気がしてきた」


「貴方が降りてこいと言った気がするんですけどね?」


 やれやれと首を振るすかした態度に、太陽は青筋を浮かべる。この、いかにも世の中舐め腐ってますよ的なキャラクターが、太陽は何よりもむかつくのだ。


「こいつの顔面を整形してやる……殴って」


「ご主人様、顔に関しては勝ち目がないので、内面で勝負した方がよろしいかと」


 指の骨を鳴らす太陽のそばで、いつの間にか来ていたゼータが声をかける。彼女は館のすぐ近くにいたおかげか無傷だったのだ。


「内面……そ、そうだよな。男はやっぱり顔じゃないよな! やっぱり心が大事だよな!」


「そうですね。まあ、ご主人様は心も立派とは思えませんが」


「あ、あれ? ゼータって俺の事好きじゃないの? てっきり俺にメロメロだと思ってたのに、なんか辛辣じゃね?」


「ゼータはご主人様のこと好きではありません。何を勘違いなさってるのですか? 自意識過剰すぎて気持ち悪いです」


「自意識過剰とか、そのセリフやめろよ……胸が痛い。これはあれか。忘れたほうが良さそうな黒歴史が俺にもあるということかっ」


 まだ戦いが始まってもいないというのに、太陽はダメージを受けているようだった。

 胸を抑える彼に、セラフィムは微笑を浮かべる。


「大丈夫です。神はどんな顔だろうと、関係なく幸福へと導いてくれますから」


「それはつまり、俺の顔が残念ってことか? べ、別に不細工じゃねぇよ! なあ、リリン!?」


 と、ここで太陽はリリンに話を振ってきた。おかしな空気にぽかんとしていた彼女は、一瞬だけ彼への恨みも忘れて素直な答えを返してしまう。


「え、ええ。そうね。イケメンってほどじゃないしパッとしないけど、不細工じゃないわ。普通、じゃないかしら」


「そうだ! 俺は普通だ……くっ、普通なんだからな!?」


 普通と言われて涙目の太陽。少しだけかっこいいとか言ってくれるかもしれないと期待していたらしい。精神的なダメージを浴びた彼は、若干よろめいている。


 だが、戦意はまったく鈍ってないようで。


「か、顔なんてただの飾りだ! 男なら力で勝負、勝った方がイケメンなんだ!」


「それは無理があるかと」


「うるさいぞ、ゼータっ。お前はリリンのお守りしてろ、俺はあいつの顔殴るから」


「かしこまりました」


 ゼータが深々と一礼するのを確認してから、太陽は改めてセラフィムを睨みつけた。


「さて、イケメン皆殺しが俺の信条なわけなんだけど、お前はなんか……本能的に、殺意が沸く。気に入らないっていうか、生物的に受け入れられない」


 気に入らないのではない。いや、それもあるのだが、何よりも太陽はセラフィムなどの天使と『相容れない』と感じていたのだ。


「だいたい、なんだよ『神』って。神についての記憶なんかないけど、そう呼ばれてる奴らってだいたい頭がおかしい奴しかいない気がするんだよな」


 軽い挑発のつもりだった。戦闘の前口上、くらいの感覚で煽ってみただけだったのだが。


「――神を愚弄するなぁああああああああああああ!!」


 突然、セラフィムの微笑が崩れて、般若のような形相が浮かんだ。

 顔を真っ赤にして怒るセラフィムに、太陽は頬を引きつらせる。


「うっわ。煽り耐性なさすぎだろ」


「黙れ! 神を、我らが慈悲深き神を、貴方のような信仰もない獣が語るなど、おこがましいにもほどがあるのです!! 死ね……死をもって、その発言を償えぇえええええええ!!」


 叫ぶセラフィムはもう自我などなくなっているようだ。羽根を広げ、臨戦態勢へと入る。


「【粛清の炎(パージ・フレア)】」


 そうして放たれたのは、毒々しい紫色の炎。三対六枚の内一枚の羽根から放射された紫炎は、館事太陽を呑み込まんと蠢いていた。


 対する太陽は、臆することなく……それどころか自ら炎に跳びこんでいく。


「【闇の大蛇(ダークネス・スネーク)】」


 展開した魔法は、闇魔法によって構成された大蛇だ。こちらは大顎を開けて、紫色の炎と真っ向から激突。そして拮抗――からの、消滅。


「なっ」


 まさか紫炎が掻き消されるとは思ってなかったのか、驚くセラフィムに――太陽は容赦なく拳をぶつけた。


「とりあえず、これはサキュバスの分な」


 ぐちゃりと、音を立てて……セラフィムは鼻血を吹き出しながら地面に落とす。

 今は亡きサキュバス達に捧げた一撃は、セラフィムの顔を容赦なく歪めるのであった――

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