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6 孤独のあまり人形とお喋り

「ご主人様、朝でございます」


 まどろみの中。耳触りのよい声が太陽の鼓膜を震わせた。

 涼やかな声音である。ずっと聞いていたくなるような美しさを孕むその声に、太陽は薄らと瞼を開けた。


「……朝?」


「ええ、朝です。朝とはちなみに、太陽が天に昇った頃合いを意味します」


「いや、それくらい分かってるけど。そんなにバカじゃないんですけど」


 綺麗な声でバカにされる太陽。目を開けると、枕もとには見慣れた『物』が佇んでいた。


「おはようございます。朝食の準備ができております」


「……今日も綺麗だな、ゼータ」


 目元で切りそろえられた、長く艶やかな黒髪。陶磁器を思わせる黒の瞳。服の上からでも存在を強調する胸。くびれのある腰。細くしなやかな下半身。

 そして、その身を覆うのはメイド服ときた。その物体――ゼータを見て、太陽はだらしなく鼻の下を伸ばす。


 だが、対する『それ』は酷く冷たいままだった。


「物に欲情しているのですか? 変態かと」


「いやいや、だって……ゼータってどう見ても人間にしか見えないし」


「そういう風に作られておりますので。ゼータが『魔法人形(ゴーレム)』であることを、どうかお忘れなく」


 そう。彼女は魔法で作られた人形――つまりゴーレムである。

 土系統の魔法によって作られるゴーレムは優秀な働き手として有名だ。しかし性能に比例してお値段も高くなるので、一般的に普及しているものではない。


 一番安いアルファ型ゴーレムですら一般人の給料十年分は必要である。その最新型、ゼータ型ゴーレムとくればもう城一個は余裕で立てられるほどの金が必要だ。

 まあ、太陽はこの世界に来た当初にギルドで難関クエストを攻略しまくったので、お金だけは無数にある。故に、道楽の一つとしてゼータ型ゴーレムを購入していた。


 喋れる。見た目も自分の好み。そして、働き者ときた。良い買い物だったなと、太陽はゼータの存在に満足している。

 彼は現在大きな屋敷に住んでいるのだが、ゼータが全て管理しているほど有能なゴーレム人形なのだ。


「これでもう少し俺に優しかったら文句ないのに」


「物と戯れようとするご主人様に酷い嫌悪を感じます。ゼータが人間なら吐いていたでしょう」


「や、でもなぁ……ゼータが物には見えないんだよなー」


 この国において魔法人形(ゴーレム)とは物である。よほどの変態でない限り世間話など交わさない。

 というか、会話機能なんて不要だというのが一般的な考えですらある。現に会話機能が搭載されているのは一番高性能なゼータ型のみだ。


 そんなゼータを綺麗などと抜かす太陽は、この世界の基準でいえば完璧な変態なのである。

 まあ、地球で生きてきた彼にこの世界の常識を理解しろと言われても、無理な話なのだが。


「会話するな、とはご主人様の所有物であるゼータが言うことはできません。どうかお察しください」


「話しかけてくんなってこと? 無理無理、だってゼータ以外に話し相手いないし」


「ゼータが魔法人形であることを今日以上に残念だと思ったことはありません」


「辛辣。でも、俺の言うことは何でも聞いちゃうゼータちゃん愛してる」


「死にたくなるのでおやめください。虫唾が走ります」


 毒を吐きながらも寝起きの太陽をテキパキとお世話するゼータ。

 その態度が太陽にはツンデレにしか見えない。


「とか何とか言って本当は俺のこと好きなんでしょ? 分かってる分かってる。ゼータの愛は伝わってるから」


「妄言もここまでいくと立派なものです。まるで言葉を覚えたゴブリンのように滑稽ですね」


「はいはい、ツンデレツンデレ」


 無表情の中に僅かな苛立ちを見せるゼータに、太陽はまったく気づかない。


「俺は理解してるんだ。ゼータはもし俺が抱かせてってお願いしたら、そのまま一緒に寝てくれる優しい奴なんだって」


「……そうですね。確かにそう命じられたら、断ることはないでしょう」


「え? マジで? もしかしてデレた?」


「了承した後に舌を噛み切って死にますが、それでも命令されますか?」


 あ、なんか本気で怒ってる。

 淡々とした声が微かに低くなったのを感じて、太陽は冷や汗を流す。


「や、やっぱりやめとく。ほら、俺ってば使用人を大切にする超ホワイトご主人様だから」


「人ではなく物なのですが。あと、セクハラしないでくださいませ」


 軽口も無碍に扱われる。ゼータは本気で嫌がってるようだが、しかしこのやりとりを太陽は楽しんでいた。

 彼はどちらかというと弄ばれるのが好きなタイプである。自分の思い通りにするより、思い通りにされたいと思う派である。


 その点でいえばゼータの性格は好みだ。だってどうにもならないし、酷く冷たい。だが所有物という立場上、太陽を無視できないのでなんだかんだいってお喋りに付き合ってくれる。


 そういうところが太陽は気に入っているのだ。


「はぁ……俺、ゼータがいなかったら孤独死してたかも。お前のおかげで何とか頑張れてるよ。いつもありがとう」


「死ねばよかったのに」


 感謝すら受け付けないゼータに太陽はニコニコと笑うのだった。


 そのまま身支度を済ませて食堂に向かう二人。朝食は既にテーブルの上に並んでいた。


「どうぞお食べください。家畜のように遠慮なく」


「一言余計なんですけど……って、その手紙は何?」


 と、ここで不意にお手紙の存在に気付いた。朝食と並ぶ白い便せんに太陽は首を傾げる。


「今朝方、ギルドの職員が慌てた様子でお持ちされました。今すぐ会いたいと仰ってたのですが、ご主人様が寝ていると追い返しましたが」


「……緊急の用件なら起こしてくれても良かったのに」


「無理です。ゼータは言われたことしかしたくありませんので」


 時間外は対応できないとゼータは無表情で言い切った。どうやらそれくらい太陽が嫌いらしい。


「そういうところも可愛いんだけど……っと」


 手紙を開けて、中身を確認。文字はこの世界に来る際神様の計らいで自動翻訳されるようになっているため、滞りなく読み進めることができた。

 手紙には、あるクエストの依頼がしたいと書かれている。


「……邪神の、討伐だと?」


 その内容に、太陽は思わず目を丸くしてしまうのだった――

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[一言] 人間に寄せ過ぎた結果空気読めないセクハラご主人となり果て嫌われる太陽君ぇ
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