67 天使様ご降臨
「な、ななな何てことをしてくれたのじゃ、人間!」
魔界、祭壇の行われていた地にて、とある老魔族は叫ぶ。
「神の使い、ウロボロス様をこのような目に合わせるとは……っ! て、天罰が来るぞ!?」
どうやら老魔族は、ウロボロスがぶっ殺されたことについて怒っているようだった。
その張本人である加賀見太陽に、先ほどから延々とそんなことを言い続けている。
「じいさん……大丈夫だよ。いいか? 神様なんて、いない……いや、いたっけ? やっぱり記憶がないから分かんないな。ま、どっちにしても心配は要らんだろ」
「何を根拠にそんなことが言えるのじゃっ」
「いや、根拠はないけど」
「論外じゃたわけ!!」
よほどの怒りなのだろう。魔族を滅ぼしかけた犯人を前にしても、その老魔族は引かなかった。
他の魔族は誰もが怯えているというのに、である。老魔族が激怒するくらいのことを太陽はしでかしたらしい。
「そもそも、あの加賀見太陽が何故ここにいるのじゃっ。我らをこんなに弱体化させておいて、まだ足りないのか!? 鬼畜かお主は!!」
「だから、記憶がないからそんなこと言われても困るんだってば」
「記憶がないからで済むわけないじゃろう!! このうつけがっ」
「やれやれ、じいさん……怒りすぎたら体に毒だぞ? 倒れたら息子さんが心配するから、落ち着けって」
「息子はお主に殺されたわ!!」
「あ、やべっ。地雷踏んだ」
火に油とはまさにこのことか。発言一つ一つに老魔族はヒートアップしているようである。
「って、ちょっと待てよ。だいたい、俺が加賀見太陽である証拠なんてあるのか? 俺、自分でも加賀見太陽って感じはするけど、確証はないんだよ。もしかしたら人違いの可能性もあるじゃん?」
「しらばっくれるな、阿呆が!! 遠目じゃが、儂がこの目で確認したことがあるんじゃよっ」
「ちっ……直接見たのか。どうせなら殺しとけば良かったのに、過去の俺何してんだよっ」
「こ、殺したいっ。お主を、この手で、八つ裂きにしたいっ」
老魔族は血管が切れそうな勢いであった。顔は既に真っ赤である。
「お主のせいで散々じゃ……魔王様はお亡くなりになるし、魔族は弱体化するし、あまつさえ頼った神様を裏切ることになったし、何してくれとんのじゃクソ人間が!」
「いや、なんか照れる。俺ってなかなかの功績を残してるんだな」
「グギギギギギギガガガ!!」
最早何を言っているか分からない。太陽はやれやれと肩をすくめて、地団駄を踏む老魔族から視線をそらした。
向いた先は、先程から隣でぶすっとしているロリサキュバスの方向である。
「で、実際問題まずいのか? あの蛇ってそこまでの存在だったのか?」
怒りに唾を飛ばす老魔族では話にならないと、話しかける相手を変えたのである。
「ふんっ。なによ、なれなれしくしないで」
一方のロリサキュバス――リリンは未だふてくされいるようだが、太陽は気にせずその膨らんだほっぺたをつついた。
「本当に、お前は子供だな。余裕のある大人みたいに、質問にはしっかり答えろよ」
「さ、触るなばかっ。あたしだって大人なんだから、質問には答えてあげるわよ」
扱いは容易い。軽く煽れば乗ってくれた。
「ウロボロス様を倒したのは、はっきり言ってまずいと思うわ。このことは神様にも知れ渡るだろうし、たぶん後で使徒が現れるはずよ。そのまま審判に移るんじゃないかしら」
「使徒? 神様? 審判? 俺、そういうのには疎いからさ。もうちょっと分かりやすく頼む」
「……要するに、神の意向に沿わなかったという理由で、使徒から何かされるかもしれないってこと」
「ふーん。なるほど、攻撃されるってわけか」
適当にかみ砕いて納得する太陽。微妙に齟齬が生じているが、リリンは特に言及することなく言葉を続けた。
「ま、あたしは生贄にされそうだったから、神様のことなんてそこまで知らないわ。あっちで喚いているおじいさんならもっと詳しいんじゃない?」
「いやいや、あのじいさん俺の事嫌いっぽいから」
「あたしだって嫌いよ。顔が童貞だもの」
「うるさいおもらしちゃん。染みできてんぞ?」
「ぐぬぬっ……あんた嫌い、大っ嫌い!!」
太ももを抑えて内股になるリリン。太陽をきつく睨んでいたが、涙目なのでまったく怖くなかった。
「できればもっとこう、ゴミを見るような感じで睨んでほしいんだけど」
「変態! 死ね!」
「ダメだな、罵倒も弱い。なんというか、いつもそうされてたような気がするんだよなぁ。俺、いったい何者だったんだろう?」
記憶の喪失に不便を感じて、加賀見太陽はため息をつく。
さて、これからどうしたものかと、考え込んでいた――そんな時。
突然、周囲が眩い光に包まれた。
「ま、まさか、もう来たというのか!」
黄金色の光に、魔族一同はどよめいている。何かが来るらしかった。
「おやおや、確かにウロボロスが神の御許に旅立っているではありませんか」
次いで、光の中心から何かが姿を現す。
「神のお言葉通りですね。まさか神使に手を出すとは、なんと愚かな種族でしょうか」
純白の羽根、頭の上には丸い輪っか、縫い目のない真っ白な衣服。上から下まで真っ白な出で立ちのそいつは、顔がとても美しかった。
まるで作り物かと思うような完璧な造形である。眩い光の中、羽根を羽ばたかせて降りてくるその姿は――まさしく『天使』であった。
「ああ、使徒様じゃ……使徒様が、儂らを審判しに来たのじゃっ」
途端に跪く魔族一同。祈るかのように手を合わせる面々を見てか、使徒と呼ばれた天使は優しそうな微笑みを浮かべた。
「ええ、その通りです。私は神の使徒、名を――」
「くらえパンチ!!」
だが、天使の笑顔は一瞬で崩れることになる。
「がはっ!?」
何故なら、たまたまその場に居た人間が思いっきり天使の顔を殴ったからである。
天使からしてもその攻撃は予想外だったのだろう。回避もできずに頬を殴られた天使は、きりもみしながら祭壇の瓦礫に突っ込んでいった。
「――――な、な、なっ」
魔族一同は、そんなことをしでかした人間……加賀見太陽を見据えて、口をあんぐりと開けている。
老魔族に至っては、なんてことをしてくれたのだと喚こうとして、しかし怒りのあまり呂律がまわっていないようだった。
あまりにも破天荒な行動に、誰もが驚く中で。
「ふぅ、いい仕事した」
当の本人だけが、満足気に額を拭っていた。
そして彼はこんなことを言う。
「なんでだろうな。顔がイケメンだなって思ったら、体が反射的に動いてたんだよ。だから俺は悪くない。悪いのは顔がイケメンなあいつだ」
言いがかりも甚だしいが、悪びれた態度も一切ないわけで。
つまり、こんなくだらない理由で彼は天使を殴ったらしい。
名前すら言わせなかったのだ。当然、天使は怒るに決まっている。
「ゆ、ゆ、許しませんよっ。あなた達には、神が天罰を下すでしょうっ!!」
ボロボロになりながらも瓦礫から出てきた天使は、太陽を指さして喚く。
頬は赤く腫れあがっていたが、イケメンなのは健在である。
太陽は舌打ちを零して、顔をしかめてみせるのだった。
「神様がなんだって? 天罰とか上等だよ、おら。さっさとかかって来いや」
あからさまな挑発は、相手がイケメンだからなのか。
それとも、男の天使という本能的に受け入れがたい存在だったからなのか。
ともあれ、記憶は失っても加賀見太陽は加賀見太陽のままに。
彼は、頭のおかしい人間として暴れまくるのである――




