61 爬虫類より、愛を叫ばれて
きっかけは、とあるクエストだった。
なんとなしに引き受けた、とある沼地を荒らす魔物退治のクエスト。
ヌルヌルとしたうなぎのような魔物を見つけた太陽は、とりあえずぶっ殺すことに成功。
どうせなので蒲焼にでもしてみるかと、昔テレビで見たうろ覚えの知識で腹を捌いてみると……
「……うっわ、なんか出てきた」
ドロリとした液体と共に、爬虫類っぽい生き物が出てきた。ワニのような、ヘビのような、トカゲのような顔立ちをしているが、一応二本ずつ手足がついている。
恐らくはリザードマンか。知識にしかない種族と遭遇して、太陽は少し興味を惹かれてしまう。
「おーい、起きろ」
話を聞いてみたいと思い立ち、意識を失っているであろうろのリザードマンに声をかけてみた。
すると、ヘビのような目がギョロリと見開いて。
「キェエエエエエエエエエエ!!」
おもむろに叫び、太陽に向かって襲いかかってきた。
噛みつき攻撃。大口を開けて迫るリザードマンに、太陽は拳を引く。
「うるせぇ」
「キェエエエエエエ!?」
そして、軽く殴った。横面を強かに打たれたリザードマンは、驚きの声と共に沼地を跳ねていく。あっという間に見えなくなったリザードマンを見て、太陽はアチャーと額を叩いた。
「これじゃあ話聞けないじゃん……」
思わず反射的に殴ってしまったわけだが、別に敵意があったわけじゃない。ちょっともったいないことしたなと、反省する太陽。
「でも、このウナギあんなの食べてたのか……食欲なくなるわ」
ともあれ、ウナギの蒲焼きは中止だ。人間型の生き物を食べている生き物なんて食べる気すら起こらない。とりあえず火炎でファイヤーして、跡形もなく消滅させた。
そんな時。
「ア、ア、ア……アー!!」
またしても頭に響くような鳴き声と共に、リザードマンが走ってきた。殴られたというのに全力疾走して迫るその様に、太陽は頬を引きつかせる。
「え? な、何?」
一歩後ずさったタイミングで、こちらに到着したリザードマンは……太陽が最も言われたいセリフナンバーワンを、ざらついた声で発するのであった。
「ステキ! 抱イテ!!」
―――――。
―――――――いやいやいやいや!!
ちょっと待てと、太陽は思考を放棄しそうになった頭を再起動させる。
「……え? な、ななななんだって?」
聞き間違いではなかっただろうか。むしろ聞き間違いであってほしいと願いつつ聞き返せば、リザードマンは嬉々として愛を叫ぶのであった。
「アナタノ子供ガ欲シイ!!」
「お断りさせていただきます」
満面の笑み? いや、爬虫類の機微など太陽には分からない。だがウィンクをしているあたり、恐らくは求愛しているのであろうことを察した太陽は、全力で頭を下げた。
人生で初めての告白であった。人生で初めてのお断りであった。
そしてその初めての相手が、爬虫類であった。
(爬虫類と子作りなんて想像もできねぇよ……)
見た目、どう頑張って見てもワニ人間なのだ。あるいはヘビ人間。子作りというよりは交尾と表現する方が正しいだろう。童貞の太陽には荷が重すぎる相手であった。
「そ、そういうのは、愛がないとダメっていうか……そもそも生物的に不可能というか」
しどろもどろに言い訳を並べる太陽に、されどリザードマンは。
「大丈夫! 愛ナド要ラナイ! 欲シイノハ、精子ダケ!!」
ちょっと太陽には理解できない言葉を口走っていた。
「…………」
思わず押し黙ってしまう太陽。リザードマンはここぞとばかりに求愛の言葉を並べ始める。
「リザードマン、強キ者ガ好キ。アナタ、強イ。私、子作リシタイ!」
「その三段論法はおかしいんだよなぁ……」
謎のガバガバ理論にドン引きだった。さっさと帰るかと、背中を向けて走り出そうとする。
「キェエエエエエエエエ!!」
だが、逃走はならず。
いつの間に背後に迫っていた、二体目のリザードマン。求愛してきたのと別の個体であろうそのリザードマンが、今にも太陽を食べようと大口開けていたのだ。
「うわぁああああああ!?」
驚愕。同時に蹴り。顎を閉じるように蹴り飛ばしたそのリザードマンは、空高く待った後に、頭から沼地に落ちてきた。
ベチャリと、落下して激突するリザードマン。
「ステキ! 抱イテ!!」
それから流れるように求愛するリザードマン。二体目からの告白に太陽は泣きそうだった。
「お、お仲間さんですか」
「リザードマン、一夫多妻制。アナタ、ハーレム作レル。ヤッタネ!」
「良くねぇよ!! 俺、人間だから! せめて人間っぽい相手がいいの!」
「リザードマン、人間ヨリ強イ。ダカラ、ネ?」
だからなんだというのだ。太陽はおもむろにセクシーポーズを決め始めたリザードマンに泣きべそをかいていた。
夢だったハーレム。ようやく作れそうになって、やったね! なんて喜べるほど太陽は特殊ではない。彼は童貞であり、一般的な少年なのだ。
せめて、人間に類似した相手でないとそういった事は出来ない。
故の、断固拒否。
「キェエエエエエエエ!!」
されどリザードマンは愛を求める。同族の鳴き声に反応しているのか、四方から全力疾走してくる多数のリザードマン一向に、太陽はこの世界に来て初めての恐怖を味わっていた。
「子作リシテ!」「体ダケノ関係デイイノ!」「ステキ!」「抱イテ!」「愛ナンテ要ラナイ!」「チョットダケ」「先ッポダケ!」「キェエエエエエ!!」
「来るなぁああああああああああ!!」
あまりのプレッシャーに身震いが止まらなかった。憧れだった、女の子に背中を追われるシチュエーション。これがまさかリザードマンで叶おうとは、夢にも思わず。否、夢でも見れなかった光景だ。
「助けて……助けて! 誰か俺を助けて!!」
この世界に来て初めて助けを求める太陽だが、ここは一応魔物の出没するエリア。リザードマンのような異種族こそ存在するかもしれないが、少なくとも太陽を助けてくれるような親切な種族はいない。
故に、彼は一人全力疾走することしかできないのだ。
「「「「キェエエエエエエエエ!!」」」」
「ちょ、速い! 俺の全力疾走についてくるな! お前ら一体何者なんだよ!?」
背後から目をハートにして走るリザードマンは、想像以上に足が速かった。きゃっきゃうふふとは程遠い全力の鬼ごっこ。太陽は沼地から森へと入り、追手をまき、時には魔法で足止めしてとにかく走った。
だが、それでもリザードマンはしつこかった。太陽の本気をもってしても、彼女たちは止まらない。数は減れども、諦めない。最後まで求愛したままに、太陽を追い詰めていく。時には太陽のお尻に触れさえするくらいだった。
だが、どうにか太陽は逃げ切った。ボロボロになってはいたが、全ての追手を振り切ることに成功。無事に愛する我が家へ帰還を果たした太陽は、玄関を掃き掃除しているゼータを見つけるや否やその身に飛びついてしまう。
「――っ、ご主人様?」
ぴくりと反応したゼータは、飛びついた相手が太陽だったと知ると僅かに頬を染めていたのだが……太陽はそれに気付く余裕などなかった。
「ごめん……い、今は、このままで」
がたがたと震える太陽。ゼータは瞬時に何かあったのだろうと察して、その頭を軽く撫でてくれた。
「と、トカゲみたいなのが、俺のお尻を……お尻を、撫でて、それでっ」
青ざめる太陽に、ゼータは優しく声をかける。
「本日の夕食は、極上の一品をご用意しております。普段はなかなかお目にかかれない食材です」
「うん……ありがとう」
いつもの軽口もない太陽に、ゼータはそっと微笑んで。
「リザードマンの尻尾のステーキ、楽しみにしてくださいませ」
そして、無意識に太陽の心を折るのであった。
「――もう無理ぃ」
想起する発情したリザードマン。太陽はもう嫌だと言って自室に駆けこんでいく。
以降しばらくは、部屋から出られなかったそうな。
そんな、とある穏やかで幸せなひとときのお話――