5 VS転生者~彼のチートは【想像創造(イマジネーション)】~
「やあ、どうも」
そいつは爽やかな少年だった。
「僕は神楽坂刹那。フレイヤ王国の隣にあるヴァナディースっていう国の総帥をやらせてもらっています」
朝のことである。
自宅でゴロゴロしてたら枕もとに少年――神楽坂刹那なる者が現れてなんかいきなり自己紹介を始めてきた。
太陽は、ニコニコと笑う彼にとりあえず一言。
「不法侵入なんだが」
「あはは、そんな些細なこと気にしないでよ」
銀髪銀眼の、見目麗しい少年である。ともすれば女の子に見えなくもない。中性的とでもいえばいいのか。
見た目は物凄く整っていた。
「帰れ」
だが太陽は冷たくあしらう。刹那がいくら可愛かろうと男である時点で守備範囲外なので、優しくする理由がなかったのである。
太陽はまだ穢れを知らない童貞である。「男の娘」とかいう異常性的嗜好を持つほどレベルは高くない。
「え~。いいじゃないですか~。えへへ」
媚びたように笑われてもむかつくだけだった。
「お前の態度なんか鼻につくな。あれだ。お前、自分がイケメンなこと自覚して利用してるだろ? 気に食わん」
太陽はイケメンが嫌いである。何故なら太陽よりモテるからである。
そのせいか、彼の態度はいつもの倍ささくれだっているようだった。
「というか、外見が作り物じみてるぞ? あれか、もしかして整形とかしてるのか?」
不躾に思ったことをそのまま口にする太陽。礼儀も何もない態度に、刹那はやれやれとわざとらしく肩をすくめていた。
「友好的じゃないなぁ……まあ、その通りなんだけどね。整形とはちょっと違うけど、君の言う作り物っぽいというのは、あながち間違ってない」
「回りくどい。さっさと言え」
「せっかちだね。えっと、僕がそういう風に『設定』したんだよ。転生する時、こんな顔にしてください――ってね」
そして、あっけらかんと。
「僕は転生者。この世界に生まれ変わる際、見た目を変えてもらったというわけだよ」
神楽坂刹那は、自らの正体を明かすのだった。
「つまり、僕は君の同胞にあたる。同郷でもあるね」
「同胞で同郷……っつーことは、あれか。お前も、日本から来たってことか!」
転生者。太陽と同じ、異世界人。そう自己紹介した刹那に、太陽は目を大きくしていた。
「おいおい、聞いてないぞ……まさか転生者が複数いるなんて」
「え? 神様から聞いてないの? この世界、結構多いのに」
「多いのかよ……その割には誰とも出会ったことがないんだが」
異世界に来て早数カ月。その間、彼は転生者となんて出会っていない。
なので、刹那が初の遭遇者だった。
「そうか……見た目とか設定できたのか。いいなー、俺もイケメンになりたいなー」
「ふっ。イケメンはイケメンで大変なこともあるけどね」
「死ね」
わざとらしく髪をかきあげる刹那に太陽は殺意を滲ませる。イケメンの悩みなんてただの自慢でしかないだろうと彼は分かっているのだ。
「で、イケメンが何用だよ。女の子と遊ばずに俺のところに来るなんて、よっぽどのことがあるんだよな? 女の子にちやほやされてるくせに、何の用だよおら」
途端に態度を悪くする太陽。刹那はやれやれと肩をすくめてから、彼の質問に答える。
「単刀直入に言おうかな……僕と戦ってもらう、加賀見太陽」
そして、次の瞬間。
「【想像創造】――『戦闘のできる空間』」
太陽は、ベッドから虚空へと投げ出されてしまうのだった。
「っ! な、なんだっ」
白い。どこまでも白い空間だった。地面もない。壁もない。だというのに、その場に立つことができている。なんとも不思議な空間である。
そんな場所に、太陽は刹那と二人きりになっていた。
「ここは僕の力で作った、別の空間さ。ここならどれだけ暴れても、誰にも迷惑をかけなくていいから」
「暴れる? おい、なんで俺が戦わなくちゃならないんだ」
「目ざわりなんだよ」
と、ここで不意に刹那の様子が変わった。まなじりを吊り上げ、太陽を強く睨みつけている。
「君の噂、隣国にまで聞こえてくるんだ。何が最強だ? 【人類の守護者】だ? 僕が、僕こそが最強なんだ。君じゃない。僕こそが、有名であるべきなんだ!」
剣呑とした雰囲気を漂わせたまま、彼は言葉を続ける。
「少しは弁えてくれよ。ほら、先輩はたてるべきって言うでしょ? 後輩として、そのあたりはしっかりさせようと思って」
「……要するに、出る杭は打つってところか?」
「その通り。君をコテンパンにして、上下関係を叩き込んであげる」
好戦的な笑み。太陽は、刹那が本気で戦いを挑んでいることを理解する。
同じ転生者同士だ。もしかしたら負ける可能性もあるのか――と心の中で思いながら、彼もまた戦闘態勢をとるのだった。
「異世界に来てまでぺこぺこするかよ。俺が上だって教えてやる」
「威勢がいいね、後輩。まあ、僕の力に敵うわけないだろうけど!」
そうして、二人の転生者は拳を交えることになったのだった。
神より与えられた力――チート能力を持つ者同士が、全力でぶつかりあう。
勝敗は、誰にも予想できない。自らの勝利を信じる二人ですら、確証を持てていないほどだ。
まあ、だからこそ面白いと二人は思っているのだが。
「【火炎魔法付与】」
先に動いたのは太陽の方。自らに付与魔法を施し、全身に炎を纏った。
攻防一体の魔法で、まずは様子見から入ろうとしていたのである。
一方の神楽坂刹那はといえば。
「【想像創造】――『ライフル』」
虚空から、細長い筒のような物質を取り出していた。
それはライフル。太陽が地球で生きていた頃、映画や漫画でよく見ていた『銃器』であった」
---------------------------------
名前:神楽坂刹那
種族:人間
職業:総帥
属性:無属性(創造)
魔力:SSS
スキル:【創造魔法適性】【想像創造】
冒険者ランク:SSS
二つ名:【無限の武器庫】【ヴァナディース王国随一の戦士】【イケメン】
---------------------------------
「ふっふっふ。もう分かると思うけど、僕が神様より授かった力は『想像したものを創造する力』だ! これで武器を無限に生み出すことができる。最強の力さ」
「…………」
「あれ? 驚いて声も出ないのかい? やれやれ、仕方ない……さっさと終わらせてあげるさ!」
ドンッ、という発砲音が放たれる。音速を超えたライフルの銃弾が太陽へと発射されていた。
「まだまだ行くよ! 【想像創造】――『マシンガン』『大砲』『戦車』」
次いで、マシンガンやら大砲やら戦車やらが怒涛の砲撃をみせる。
アクション映画でもここまでやらないだろうと言いたくなるくらいの、銃弾の雨嵐。着弾すら確認しない刹那は、気のすむまでひたすらに撃ち続けていた。
「ふぅ……こんなものかな。もしかして、死んでる? 死んでるなら僕が【蘇生薬】を創造してあげるけど」
しばらく経って、ようやく攻撃を止めた刹那が太陽の生存を確認しようと視線を向ける。
あれだけの銃弾を放ったのだ。生きてるわけがないと、半ば決めかかっていたのだが。
「…………えっと、もういいのか?」
太陽は、無傷であった。
「え? あれ? な、なんでっ?」
余裕そうに欠伸を漏らす太陽に、刹那は焦燥の色を見せる。殺したものだとばかり思っていた。
だが、太陽は傷一つなく生きていた。
「いや、だって……銃弾とか砲弾って熱で溶けるだろ? 俺の魔法で全部溶けて攻撃届いてなかったぞ」
「は!? で、でも衝撃波は絶対に届いてるはず! ど、どうやって無効化したんだっ」
「……あー、衝撃波ね。それも俺の魔法が打ち消したんじゃない? 詳しくは知らないけど、俺って物理耐性も高いみたいでさ」
太陽は魔法の原理を知らないので適当なことを言っているのだが、あながち間違ってもいない推測だった。
この世界において肉体の強さとは、即ち保有する魔力量に比例する。故に、膨大な魔力を持つ太陽の肉体は異常なまでの耐久力を誇っていたりするのだ。
「それがお前の最強なの? 何それ、ギャグ?」
「……こ、殺すぅううううううううううう!!」
ちょっと煽ると、途端に怒りだす刹那。怒りに形相を歪めて、彼は殺意を解き放つ。
「こ、この手だけは使いたくなかったけど……仕方ないよね。全部、君が悪いんだから!」
「思わせぶりなことはいいから。さっさと攻撃しろって」
「っ、調子に乗るなよ!! 【想像創造】――『原子爆弾』『イージスの盾』」
と、ここで刹那の奥の手が出たようだった。
原子爆弾。刹那の想像できる中で最も殺傷力の高いこの武器なら、太陽を殺せると思っての創造である。
「死ねぇええええええええええええええ!!」
――爆発。いつかの太陽が魔法を暴走させた時よりも大きな爆発音が鳴り響き、空間を震わせる。
絶大な一撃であった。攻撃を放った刹那の身さえ危なくなる威力だが、彼自身は先程創造した『イージスの盾』で身を守っている。これもまた彼が想像できる中で最も防御力の高い武器を創造した物だった。
この一撃こそが、神楽坂刹那の出し得る最大の攻撃である。
これで死なない人間などいない――
「終わりか?」
だが、彼は最早人間の域を超えていた。
「…………嘘、でしょ」
爆発を直撃しても、彼は平然と立っている、先程と何ら変わらない様子でぼんやりしている。
彼にとって、爆弾などそよ風にも等しかったのだ。まったく効いてすらいない。
そもそも太陽は熱に対する耐性能力が異常に高いので、爆弾はあまり効かない体質なのである。
刹那は選択肢を間違っていたのだ。地球に存在する兵器程度の火力では、太陽を殺すことなどできない。
「じゃあ、今度はこっちから行くか」
「くっ……で、でも、こっちには『イージスの盾』がある! これで守れない攻撃なんてないっ」
「…………それはお前の想像できる程度の攻撃力の話だろ?」
右手を虚空に突き出して、魔力を収束させる太陽。
いつもの比じゃないくらいの魔力を、存分に込めて。
「見せてやろう。本当の『最強』というものをな!!」
彼は、自身が出せる最大威力の魔法を放つのであった。
「【爆発】!!」
それは、低級魔法の中で最も威力の高い魔法である。
普通の人間が放っても木程度なら一本まるまる折る威力を有する魔法。
しかし太陽が放つと……爆発の魔法は、全てを呑みこむ暴虐の災害となった。
「――ぁ」
瞬間、空間が砕けた。
刹那の想像以上の攻撃に、何よりもまず空間が耐えきれなかったようである。
「っと……ここは、俺の部屋?」
途端に戻った我が寝室で、太陽は一つ息をついた。
「なるほど。お前が死ぬくらいの攻撃が放たれれば、空間が砕けて元の世界に戻るっていう仕組みだったのか」
目の前には呆然自失としている神楽坂刹那の姿がある。傷一つない彼を見て、太陽は感心したように何度も頷いていた。
そんな彼に、刹那はぽつりと問いかける。
「な、なんで……どうやってこんなチート能力を手に入れた! 同じ転生者なのに、この差はなんだい!?」
刹那も把握したのだ。
太陽の力が、自分のそれを遥かに上回っている――と。
「僕と君は、何が違うんだっ」
その問いに対して、太陽は気の抜けた声を返す。
「神様から与えられる力って、生前の『功績』によって大小が決まるらしい。で、俺の功績っつーのが、何でも人類で最高クラスだったんだと」
とはいっても、それは偶然の産物にすぎないのだが。
太陽の生前。クリスマスに通り魔からカップルを守って死亡した彼なのだが、実はその時守ったカップルというのが凄い人物だったのである。
地味系の二人は、実は薬学部に所属する超エリートだった。
この二人は数十年後に地球で大流行するウィルスの治療薬を作ることになるのである。救った命は数十億を軽く超えるらしい。
それは逆に考えると、二人が死んでいれば数十億の命が失われていたことと同義だ。即ち、二人を守った太陽には数十億の命を救った功績が認められて、ああいう最強のチート能力を与えられたというわけである。
「ま、お前より俺が強いってことだな。俺に指図してくんなよ、先輩?」
勝ち気に笑って太陽はすごむ。刹那も負けたので気が弱くなっているのか、先程の威勢はどこにもなくなっていた。
「くそっ……お、覚えてろよ!」
そして彼は、カッコ悪い捨て台詞とと共に姿を消してしまう。また空間でも作って逃げたのだろうかと、太陽は脱力するのであった。
「…………寝よ」
これは、清々しい朝の話。
彼にとっては何て事のない、記憶するにも値しない朝のひと時のお話である――