55 蹂躙開始
「【超新星爆発】」
初撃にて、詰みであった。
「――――」
声すら出す暇もなく、凄まじい爆発がエルフ国アルフヘイムを襲う。自然との調和を好むエルフの建造物は全て木で出来ているため、燃え尽きるのは一瞬であった。
アルフヘイムは刹那に焦土と化す。当然、そこに生命はなく……アールヴ・アルフヘイムの命もまた同様に燃え尽きたというわけである。
だが、これで終わりということにはならなかった。
アールヴ王女の死と同時、指輪の一つが砕け散る。
【五秒前の輪廻】
幸か不幸か。アールヴ王女の命が尽きたことによって、世界は五秒前に戻されたのだ。
(何だ、あれは……っ)
太陽が超新星爆発を放つ数秒前に戻ったアールヴ王女は、しかしその数秒を上手く活用することができなかった。
(こんなの、理不尽じゃろうが)
鼓動で心臓が痛い。恐怖で歯の根が合わない。死から戻ったとはいえ、死んだ記憶は残っている。あまりにも一瞬で焼け死んだというその事実を、アールヴ王女は少しの間受け入れることができなかった。
故に、またしても。
「【超新星爆発】」
本日三つ目の【五秒前の輪廻】が砕け、世界が再び五秒前へと戻された。
「ふざけるな! 妾を……エルフを、舐めるなっ」
二度目の回帰は、絶望に負けないために己を鼓舞するよう叫んで、アールヴ王女は【宝物殿の鍵】に手を突っ込む。
「【永遠の迷宮】!!」
そうして発動した魔法アイテムは、【永遠の迷宮】。異空間に相手を閉じ込めるという効果を持つこのアイテムは、中に入ったが最後……永遠に空間をさまよい続ける。
そうなる、はずだった。
「【超新星爆発】」
迷宮に閉じ込められたはずの太陽は、それでも変わりなく超極大威力の爆発魔法を放つ。膨大な魔力と暴走に特化したスキルによって強化された爆発は、異空間そのものを破壊した。
「ほー、流石はエルフの王女様。小手調べの爆発も簡単に防ぐとはな」
空間を破壊してアールヴ王女の元に戻ってきた太陽は、へらへらと笑いながらアールヴ王女を見つめている。対する王女様は気丈を振舞うこともできずに、己の身体を強く抱きしめていた。
(あれで、小手調べ……? 妾の命を二つ奪ったあれが、ほんの様子見にすぎないと?)
ぞっとした。同時に、自分が何に喧嘩を売ったのか、まだ理解できていなかったことをここに至って理解した。
「そなたは……神か、何かなのか?」
「そんな大それたものじゃない。ただの童貞だよ、俺は」
魔法能力に秀でたエルフ族の王女、アールヴ・アルフヘイムから見ても加賀見太陽という存在は異常であった。ともすれば同じ生物かどうかも疑わしいくらいに、その人間は常識を越えている。
「あー……やっぱり【超新星爆発】は魔力たくさん使うから疲れるな。加えて、地下では延々と歩かされたし、体力も結構使ってる。本調子には程遠いかもな」
「……何が言いたい?」
「だから、頑張れって話だよ。もしかしたら、俺に勝てるかもしれないぞ?」
アールヴ王女だって、そう信じたかった。
だが、彼女は頭が良いのだ……この状況を見て、勝てると思いあがれるほどアールヴ王女はバカではない。
「【火炎魔法付与】【派生・爆発】」
おもむろに展開された身体付与魔法に、アールヴ王女は唇をかみしめた。
(勝てるわけ、ないじゃろう……っ!!)
太陽に纏われた炎は凄まじい熱を持ち、同じ室内にいるアールヴ王女の身を焼いている。装備している魔法アイテムがなければとっくに焼け死んでいる熱量だ。
「お、使いたかった上級魔法が使えるようになってる……よし、行くぞ」
そして、一歩。前へ踏み出して放たれた太陽の拳は、繰り出されると同時に爆発を放った。
「――っ」
拳の射線上に居たアールヴ王女は危機感を覚えて、慌てて横に身を投げ出す。その直後、先程まで彼女がいた場所には……爆発の衝撃波が通り過ぎて行った。
全方位ではない、指向性のある爆発とでもいえばいいのか。真っ直ぐに収束された爆発魔法の威力は、バベルの塔の壁に穴を空けるほどの威力を有している。
これこそが、炎属性の付与魔法、その派生である。爆発を自由自在に操る上級魔法は、ただでさえ厄介なのだが……太陽のそれは、もっと凶悪になっていた。
「おいおい、どうした? エルフの王女様よぉ……俺を殺そうとしてんだろ? やってみろよ。頑張ればできるかもしれないだろ。頑張れ、頑張れ」
笑い、挑発し、煽る太陽。傲慢なエルフにとって、彼の態度は酷く気に入らないものだろう。だというのに、アールヴ王女は何もすることができない。
「頑張れよ、おら!」
放たれた蹴りと、同時に迫る爆発。
「く、そっ」
先程の拳とは違って、蹴りによる一撃は放射状に広がっていた。逃げ道は、ただ一つ……先程太陽がぶち空けた壁の穴しかない。
そこから身を投げ出し、遥か上空から落下したアールヴ王女は……そこで、自らの失敗に気付いた。
(しまった……まだ、避難がっ)
地上ではまだ一般のエルフがちらほらと見えた。まだエルフの鐘楼も鳴り終わっていない。ここで太陽による攻撃が加えられたら……民衆まで巻き込んでしまう。
そのことに気付いたが、全て遅かった。
「【灼熱の業火】」
バベルの塔から飛び出て来た太陽が放ったのは、灼熱の炎。凄まじい量の火炎はアールヴ王女へと向けて放たれていたのだが……目測を誤ったのか、あらぬ方向へ飛んで行った。
「あ、ミスった」
気の抜けた声と同時、アルフヘイムの一角が灼熱の業火に包みこまれる。
その中には、一般のエルフも混じっていた。
アールヴ王女が外に出たばっかりに、巻き込まれてしまったのである。
(…………くっ)
この時の決断は早かった。否、身体が勝手に動いていたとでも言えばいいのか……民衆を巻き込んだと気付くや否や、アールヴ王女は小刀を取り出して、己の喉を突く。
死。同時に、【五秒前の輪廻】が発動して、世界が五秒前に戻された。
(民衆は、殺させない……)
五秒前、太陽が蹴りを放った瞬間に戻って、アールヴ王女は目を閉じる。自らの愚行を反省して、今度は民衆を巻き込まないよう……太陽の攻撃を、正面から受けることにしたのだ。
「ぐ、ぁあああああ!!」
当然、爆発が身を焦がしてアールヴ王女は悶えることになる。装備していた魔法アイテムのおかげで死ぬことはなかったが、魔法アイテムは一撃で全て壊れてしまった。
ダメージも完璧には消せず、火傷を負うことになる。戦いが始まってまだ数分しか経っていないというのに、アールヴ王女は心身ともにボロボロだった。
「うんうん、偉いぞ……そのまま頑張ってくれよ? せめて、俺を満足させてから死んでくれ」
だが、地獄はまだ終わらない。
「嘘、じゃろう……?」
好戦的な笑顔を浮かべる太陽に、アールヴ・アルフヘイムは思わず泣きそうになってしまうのだった――