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53 孤独だったハーフエルフは――

(――痛い。痛いのって、やっぱり嫌いだなぁ……でも、この痛さなら我慢できるかも)


 ミュラは魔剣による身体の痛みに呻きながら、口元では笑みを浮かべていた。


(太陽くんのためだもん。ボクを助けてくれた恩人のための痛みなら、耐えられる。あの頃の、ひとりぼっちの痛みに比べたら、遥かにマシだ)


 邪神ヘパイストスによって鍛えられた【痛い剣】の効果は、剣に触れる者の痛みを代償に力を与えるというもの。


 つまり、苦痛が強ければ強いほど、ミュラは強くなるのだ。


「どけ! どくのじゃ、ハーフエルフ!! 今殺さねば……エルフは、おしまいなのじゃぞ!? 同族を見捨てるのかっ」


「そんなの知らない……ボクはエルフが嫌いです。だから、太陽くんの味方をしているだけですから」


「……王女である妾に反発するとは。その罪、自分の命で償うのじゃ!」


 魔法アイテム【魔槍ゲイボルグの複製(レプリカ)】を構えて、アールヴはミュラへと攻撃をしかける。その槍は本物のゲイボルグより威力の落ちた複製品だが、【貫く】という性質のみに特化させているため代償なしでも十分な効果を発揮することが可能だ。


 いかなる盾も、鎧も、防御も……その槍の前では無力と化す。


「死ね」


 ゲイボルグは真っ直ぐにミュラの心臓へと向けられた。アールヴ王女は装備品を全て古代エルフ製魔法アイテムで覆っているため、身体能力なども通常より遥かに上昇している。


 常人では反応できない速度で、ミュラへと迫っていた。

 落ちこぼれと揶揄され、戦うことに不向きな少女には回避すら不可能な一撃。


 だが、ミュラは……魔剣の効果を高めることで、実力の次元を幾つも越えてみせた。


「っ……ぁああああああ!!」


 身体中が砕けるような感覚に絶叫すると同時、黒々とした魔剣が勝手に振るわれた。自身の意思に関係なく、身体が動きだしていたのだ。


「――なっ」


 その体捌きは、天才のトリアのそれを凌駕していた。滑るような動作でスルリとゲイボルグをかわしたミュラは、痛みに目を血走らせながらもアールヴ王女の胴に向かって魔剣を振るう。


 あまりにも洗練された剣技に、アールヴ王女は反応すらできなかった。

 ミュラによる胴への薙ぎ払いが直撃したその瞬間、硬い金属音が鳴り響く。


「ちっ……一撃もらってしまったのう」


 だが、アールヴ王女は無傷だった。下に何か防具を着こんでいるようで、それもまた魔法アイテムなのだろう。斬撃が効いてなかった。


「……どうにかしないと」


 唇を噛んで、ミュラは再び魔剣を構えた。気を失っている太陽が、いつ目を覚ますかなど分からない。だから太陽を当てにすることなどできないし、そもそもする気もなかった。


 助けると、誓ったのだ。アールヴ王女を倒して、太陽を助け出せとミュラは己を鼓舞する。


「……ぐ、ぅ」


 魔剣の効果を更に発揮するために、苦痛を更に強くした。気を抜いたら今にも気絶しそうな激痛に顔をゆがませながらも、ミュラは前を見据える。


「厄介か……クソ!! いいから、どけと言っておろうが!!」


 アールヴ王女にいつもの冷静さはなかった。なおも前を阻むミュラに怒号を放ち、己が今考えつく最大の攻撃で太陽を滅そうとしている。


「【宝物殿の鍵サクチュアリ・ゲートリング】――『魔法晶』」


 そして、取り出したのは魔法を封じ込めることのできる魔法アイテム。そこに封じ込められていた魔法は――かつて、種族戦争で猛威を振るった太陽神の紅焔プロミネンス


「【太陽神の咆哮(ヘイオス・プロミネンスバースト)】!!」


 古代、太陽神さえも惚れ込んだといわれるヒュプリス家の初代当主が使ったといわれる奥義魔法だ。それを魔法晶に閉じ込めていたのである。


「これで、加賀見太陽ごと死ね……!!」


 焔の巨人による、大輪の業火。ミュラどころか太陽さえも覆うその焔に……しかしミュラは動じない。


「【苦痛の太刀ペイン・ソード】」


 製作者のヘパイストスすら知らない、魔剣【痛い剣】の効果を十全引き出して、アールヴ王女による大魔法に立ち向かった。


 一振り。魔剣を、振りぬく。

 ミュラの痛みを代価に放たれた斬撃は、かつて種族戦争で猛威を振るった奥義魔法を……打ち消した。


「――ぁ」


 その時、最早言葉では表せない痛みが響いて、ミュラの意識が明滅する。それでも意識は失わないよう自らを保ちながら、ミュラは魔剣を構えるのであった。


「弱い自分は、もうイヤだ……太陽くんみたいに、強くなるんだ」


 後ろで寝ている太陽に笑いかけて、ミュラは一歩前へ踏み出す。


「死ね……邪魔を、するなっ。なんでもいい、ハーフエルフ……そなたはどうでもいいのじゃっ。逃げるなら逃げろ。どこへなりとも行くといい! じゃが、ここは……この瞬間だけは、邪魔をするな。その人間を、殺させろ!!」


 焦りのあまり我を忘れて叫ぶアールヴ王女は、手当たりしだいに攻撃をしかけていった。冷静さを失った王女様の攻撃は単調でこそあれど、一つ一つは古代エルフ製の魔法アイテムをふんだんに使った超級の威力を持っている。


 だというのに、いかなる攻撃もミュラの前では無力であった。


(痛い)


 痛みが、力となる。その痛みと力は、アールヴ王女の攻撃に呼応して強くなる。


(痛い……痛い)


 ミュラはすぐに、自分が攻める余裕のないことを知った。アールヴ王女の攻撃を防ぐだけで手いっぱいだということを悟った。


(痛い……痛い。痛い痛い痛い痛い)


 激痛の中、意識を失いそうになって……だがそれでも、アールヴ王女から太陽を守り続けた。もうとっくに限界は超えている。痛みで頭がおかしくなりそうだった。目はほとんど見えていない。音も触角も、どこかに消えたようである。


 感覚で動くことしかできなかった。でも、それでいいとミュラは思った。攻撃を防げているのならどうだっていいとすら考えていた。


「太陽くんを、守る」


 たった一人の恩人のために。

 ミュラは、己の命を賭して全てを捧げていたのだから――





 そして、その時は訪れた。


「…………間に合わなかった、か」


 不意に、アールヴ王女の猛攻が終わって。


「っ、なんだよいきなり……首輪、壊れてるじゃねぇか」


 パキンという音と共に、彼の声がミュラの鼓膜を震わせた。


「……ぁ」


 振りむくと、そこには壊れた首輪を投げ捨てる加賀見太陽の姿がある。

 相変わらずのふてぶてしい顔を見て、ミュラはその場に崩れ落ちてしまうのだった。


「太陽くん……良かった」


 魔剣を落とし、うつぶせに倒れ込むミュラ。太陽が目を覚ました安堵感で全身の力が抜けてしまい、痛みにも耐えられなくなってしまったらしい。途端に全身を震わせて、苦痛に呻いてしまった。


「え? ミュラ、なんでここに……って、大丈夫かお前っ!?」


 慌てて駆け寄ってくる太陽。その腕に抱きあげられて、ミュラは痛みに喘ぎながらも何故か笑ってしまった。


「えへへっ……太陽くん? ボクが、頑張ったよ」


「……そう、みたいだな。俺が寝てる間に、守ってくれたのか?」


 周囲を見てすぐに状況を察した太陽に、ミュラはこくりと小さく頷く。


「すごいでしょ? ボク、太陽くんを守った……もう、弱くなんてないよ」


「ああ。お前は強いよ。俺なんかより、ずっと強いと思う」


 そう言ってくれる太陽に、ミュラは一筋の涙を流した。

 ずっと虐げられ、バカにされていたハーフエルフは……初めて己を肯定してくれる存在と出会ったのだ。その優しさに、彼女は破顔する。


「だから、その……これからも、太陽くんのそばに――」


 そばに、いたい。

 前は言えなかった一言。また会いたいではなく、隣にいたいという言葉を口にして、ミュラは限界を迎えてしまった。


 そのまま気絶して、何も言わなくなってしまう。太陽はそんなミュラの頬を軽くつねってから、言葉を返すのであった。


「歓迎するよ。俺の屋敷、人手が不足してるし。ミュラ……お前にはゼータと一緒に、メイドやってもらうからな?」


 その言葉は、意識を失ったミュラに届いてはいない。ただし、お願いを否定されるとミュラは考えてなかったようだ。


「ん……にゃ」


 安らかな寝息をたてるミュラは、前に訓練場で太陽が助け出した時と同じように安心しきった表情を浮かべている。




 こうして、ミュラは太陽を守ることに成功した。

 無事目を覚ました太陽の首元には、もう奴隷の首輪がない。


 それは即ち……エルフの優位性を失ったことを意味している。

 それは即ち……エルフに勝ち目がなくなったことを、示しているのであった――

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