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52 ヘパちゃんの再登場だゾ♪ 興奮してポークビッツ出すなヨ☆

 時間は少し遡り、グリード・ヒュプリスの手によってミュラが監禁層から連れ出された時のこと。


「ゴミはゴミ箱に。貴様にはこの場所がお似合いだな」


 ミュラはグリードと共に監禁層の奥に来ていた。


「ここは……っ」


「ゴミ捨て場だ。この塔で一番汚い場所でもある」


 ガラクタの散乱する場所に投げ捨てられ、ミュラは唇をかみしめる。


「なんで、グリード様が」


「貴様のせいだ……貴様のせいで、俺はこの顔に火傷を受けたのだ!!」


 怯えるミュラの胸倉をつかみ上げて、グリードは自らの顔を指差した。所々が赤く変色しているのは、本人が言うとおり火傷が原因なのだろう。

 太陽との戦いで無様を晒したことによる、アブリス・ヒュプリスによる罰を受けたのだ。


「それは、ボクのせいじゃ……」


「黙れ。貴様だ! 貴様が、あの人間を連れてさえ来なければ!!」


「っ……!」


 胸元が絞めあげられて、ミュラは苦しそうに呻く。呼吸ができなくて喘いでいたのだが、目を血走らせるグリードは力を緩める気がないようだ。


「雑魚の分際で……ゴミが、俺の将来を狂わせやがって! 貴様のせいで、父上から後継の資格を取り上げられた!! 俺はもう終わりだ……ふざけるな!! 貴様のせいだぞ!? 殺す……殺してやる!!」


 太陽には力で敵わない。だから、代わりにミュラを責め立てる。責任を押し付け、自らの愚かさを無視して、グリードは弱者を傷つける。


 その傲慢さは、エルフの中でも群を抜いていた。ミュラは苦しみに涙を流しながら、グリードを強く睨む。


(なんで、ボクは……こんなエルフにっ)


 苦しめられなければならないのか。

 生まれがハーフだからという理由で、ここまで傷つかないといけないのか。


 あまりにも理不尽な状況は、ミュラの恨みを強くする。


(こんな、奴に……殺されたくない)


 せっかく、会えたのだ。

 加賀見太陽という、自らを対等に扱ってくれる存在と……普通にお喋りをして、普通に笑いあって、普通に過ごすあの日常を、ミュラは体験してしまったのだ。


 前みたいに、自分の運命を嘆くだけの無気力さはもう消えている。


(生きたい……まだ、やりたいことがあるんだっ)


 もっともっと、生きていたい。

 こんな愚か者に、殺されたくない。


(太陽くん……死にたくないよ……)


 そんなことを、強く願った――そんな時だった。






「ヤッホー! アタシは炎と鍛冶を司る神様、ヘパイストスだゾ♪ ヘパちゃんて呼んでネ~!! ィェィ☆」






 景色が、切り変わって……現れたのは、ミニスカ和装を身にまとった褐色の幼女であった。


「…………え」


 周囲を見渡す。ここは先程、グリードと一緒に居たゴミ捨て場などではない。あらゆる武具や防具が飾られた、まるで工房のような場所であった。


「ここは、どこ?」


 グリードもいない。存在するのは、ミュラと褐色の紅髪ロリだけ。


「ここはヘパちゃんの神域だネ! キミの精神だけをご招待してあげたのサ♪ 感謝しろヨ☆」


 粘りのある甘ったるい声は、神様というにはあまりにも軽すぎる。しかしその見た目は生物としての美しさを超越しており、どこか神々しさを感じさせた。


「あなたは……神様?」


「そう言ってるだロ☆ 頭大丈夫カヨ♪」


 やけに横ピースを決める自称神様に、ミュラは混乱する。先程まで殺されかけていたところに、頭の痛い自称神様幼女が現れたのだ。それも無理はない。


「な、なんでボクはここに……だって、さっき、殺されかけてっ」


 眼前の神様を見て、ミュラは呻く。まったく理解できない状況に頭を抱えていた。

 そんな彼女に、ヘパイストスは親指を立てる。


「だから呼んだんだゾ!! 死にたくないんだロ♪ だったら、ヘパちゃんが手伝ってあげる☆」


「…………へ?」


 突然の言葉にミュラはついていけなかった。口をぽかんと開けて、ヘパイストスを見据える。


「フッフフ~ン♪ ヘパちゃんってばちょー優しいゼ☆ キミが男の子だったら興奮してポークピッツ出してたところだろうヨ(はぁと)」


「……ぽーくびっつって何?」


「オットット~。それは別の世界の単語だっケ? 詳細はキミの世界にいる異世界人に聞けばいいサ☆」


 鼻唄混じりにヘパイストスは工房を探る。飾られた剣を一つ一つ吟味するように眺めて、それからおもむろに深紅のレイピアを手に取った。


「これがいいかナ♪ ほらヨ、貧乳ちゃん☆」


 そしてヘパイストスは、その細剣をミュラに手渡した。


「――っ」


 瞬間、ミュラは顔を歪ませる。触れた瞬間に身体の中が燃えているような……異常な熱を感じたのだ。

 いや、熱というよりもこれは痛みである。思わずミュラは顔を歪ませてしまった。


「……やっぱり、ヘパちゃんの見込みは当たってたみたいだネ。これに触れて正気を保てて、しかも自我も失っていない……流石のヘパちゃんもびっくりだゾ」


「これは……?」


「ソレは魔剣。崩れた洞窟跡地から掘り当てた、とある転生者の魔力をたっぷり含んでいる魔鉱石を鍛えて作り上げたヘパちゃんの最高傑作だヨ♪ 名前は【痛い剣】にしよっかな~」


 気分が良さそうな調子で語るヘパイストスは、痛みに苦しむミュラを見て満足気に頷いている。


「キミは痛みに対する耐性が強いネ☆ だからこそ、魔剣に支配されない……魔剣使いの才能があると見込んで、ここに呼びよせたのサ♪」


「……どうして、あなたはこんなことをするんですか?」


「ヘパちゃんは暇だかラ☆ キミの『死にたくない』っていう願いをたまたま聞いて、気紛れに助けてあげることにしたんだヨ♪ せっかく強い魔剣も作成できたことだしネ~。一度使ってみたかったのサ!」


 ヘパイストスは言う。

 全ては、気紛れなのだと。


「この魔剣であれば、キミの願いは叶うゾ☆ 死ぬ前に、ヘイオスの祝福を受けたあのエルフを倒すこともできるゼ♪ それどころか、キミの大好きな太陽クン? あの子も、助けられるヨ(はあと)」


 これは気紛れである。ただし、神様の気紛れなのだ。


「……太陽くんを、助けられる」


 神様の言葉を前に、ミュラは苦痛を忘れる。細かい疑問や疑念は全て置き去りに、その言葉だけが頭を回っていた。


 出会って間もないのに、何度も助けられたあの少年の力になれる。

 まだ死なないで済むし、再会もできるかもしれない。


 そう思うと、居てもたってもいられなくなってしまったのだ。


「ありがとうございます……ボク、もう行きます」


 頭を下げて、ミュラを深紅のレイピアを握りしめる。相変わらず身体の内側が熱されているかのような痛みが続いていたが、今はもうあまり気にならなかった。


 加賀見太陽の力になれる――その一言で、ミュラは高揚していたのである。


「オッケー☆ じゃあ、元の世界に戻すゼ♪ 頑張って面白くしろヨ(はぁと)」


 そうして、ミュラの景色は再び斬り変わることになる。

 工房から、また元のゴミ捨て場へ……彼女の精神は舞い戻るのであった。






「死ね……死ね、死ね!!」


 




 元の世界に戻ると、既に息が限界だった。苦しくて何も言うことができないのだが、首を絞めるグリードは手を離す気がない。


 本当に殺そうとしているようだった。強く強く握りしめられた手は、ミュラの気道を圧迫している。


(し、ぬ……っ!!)


 あまりの苦しさに意識が朦朧としてきた。

 このままではまずいと、ミュラはすぐさま手のひらに意識を集中させる。そこにはしっかりとレイピアの感触があった。


(こ、れでっ)


 ヘパイストスの神域から持ち出した魔剣【痛い剣】を、ミュラはどうにか突き出す。首を絞められているので大した力は出せず、その行為は剣先がグリードの肩口に浅く刺さる程度の攻撃にしかならなかった。


(……っ、ぁ)


 だが、レイピアがグリードに刺さるのと同時、ミュラの頭に激痛が奔る。

 首を絞められている程度の痛みではない。魔剣による、身体の内部が燃やされているような名状しがたい激痛だった。


 それは、魔剣が効果を発揮した合図で。


「ぐ、がぁああああああああああ!?」


 ミュラの痛みと同時に、グリードは絶叫した。肩口に刺さる魔剣がミュラと同じ痛みをグリードに与えているからである。


 微かに炎を纏うこの魔剣【痛い剣】は、名前こそふざけているがその効果は『剣に触れた者の精神を燃焼して力を発揮する』と凶悪である。故に、持ち主は問答無用で痛みに喘ぐこととなり、剣で攻撃された者にもまた痛みが与えられることになるのだ。


 魔剣――神が鍛えたとされども、効果が凶悪なものを指すその武器は、この異世界ミーマメイスにおいて使いこなす者はいない。発見されても封印されるだけの代物だ。


 普通の生物には使いこなせない……という武器なのだが、ミュラはこの武器の効果を受けて、だがそれでも正気を保っている。


「がはっ……うぅ」


 グリードが絶叫して手を離したので、ミュラはすぐに解放された。せき込むように空気を吸い込んで、失神寸前だった意識をはっきりとさせる。


 魔剣の痛みはなお続いていたが、ミュラは平然としていた。

 ただし、同じ痛みを受けているグリードは……狂ったように、白目を剥いて叫んでいる。


「が、ぁ……ぎっ、ぁ!! っ、ぁああああああああ……」


 己の頭を地面にぶつけ、地面を転がりまわり、泡を吹いて頭をかきむしっていた。


 魔剣による精神の汚染である。ミュラは平気だったが、グリードには耐えきれなかったようだ。今まで甘やかされ、全てを満たされて生きてきたのである。苦しみや痛みと無縁だった彼に、魔剣を耐えられるほどの精神的強さはない。


「――――」


 声にならない声を最後に、グリードは気を失った。泡を吹いて白目を剥く彼にミュラは目を閉じ、小さく声を発する。


「……なんで、自分がされて苦しむことを他人にやるの? やっぱり、ボクはあなた達エルフが嫌いだ」


 同族……だった存在を傷つけようとも、ミュラの心は一切揺れない。

 もうエルフは、ミュラにとっての敵だとしか認識できなかった。


「太陽くんのところに、行かなくちゃ……」


 ミュラはすぐにグリードから目を背けて、走り出す。

 監禁層の中、とりあえずゼータと合流しようと思っていたのだ。


(……速い)


 相変わらず、魔剣の影響で痛みはあるが。

 それでも、身体は嘘のように軽かった。魔剣の効果によって身体能力が向上していたのである。


 すぐに監禁層のドームに戻ったミュラは、そこで穴の空いた天井を見つめるゼータを発見した。


「ゼータさん、何かあったのっ」


 慌てて声をかけると、メイド服を来た魔法人形は胸を抑えながら微かに首を傾げる。


「加賀見太陽様が……ご主人様が、来ていました」


 様子は、どこかおかしかった。ゼータはご主人様という単語を言いにくそうに発していたが、ミュラにはそれを聞き返す余裕はない。


「ど、どこに行ったの? もしかして、上……?」


 遥か上の層まで破られた穴を見上げると、ゼータはその通りだと答えた。


「ご主人様は……当機を、ゼータを助けて、それで……王女様に、話があると」


 やはりゼータの様子はどこか不自然だ。

 でも、心配は後回しにしようとミュラは唇をかみしめる。


「力に、なるんだ……」


 前に助けてくれた太陽の力に、なりたい。

 その一心しか今はなかった。


(跳ぶ……跳ぶんだ!!)


 足に力を込める。当然、非力なミュラが跳んだところで最上階まで到着できるわけがない。

 だが、魔剣の力を借りることで……それは可能となる。


「……っ!!」


 代償は、気が狂いそうになるほどの痛みだが――それに耐えて、ミュラは跳び上がった。


 監禁層から、遥か高く。

 その跳躍は、最上階まで達する。


「太陽くん……っ」


 痛みに呻きながらも、意識は保ったままに。

 最上階に到着してすぐに、ミュラは太陽の姿を探した。


 そして見つけた時には……アールヴ王女によって、殺されようとしていて。


「させない」


 間一髪だった。

 魔剣で槍を防ぎ、太陽を守るミュラ。


 前は助けられるだけで、何も出来なかった。

 でも、今度は……


(ボクが守る)


「例え、死んだって……ボクは、太陽くんを守りますから」


 その覚悟を胸に、ミュラは痛みに耐えてアールヴ王女と相対した――

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