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51 今度は、ボクが守るよ……太陽くん

 アールヴ・アルフヘイムは混乱していた。


「な、何事じゃ! 今飛んでいったのは……魔法人形かや!?」


 バベルの塔、最上階にて。

 悠然と、トリアとスカルの吉報を待っていたアールヴ王女は、しかし突然に床を突き破ってきた真っ黒の物体――スカルの入っているシータ型魔法人形ゴーレムを見て驚いていた。


「あれは、監禁層に配置していたはずの……くっ、何が起きてるんじゃっ」


 慌てて穴を覗き込むアールヴ王女。下で何があったのかを確認しようとしたのだが、穴は何層にも続いていて底を見ることはできなかった。


「もしや地下から、ここまで吹き飛ばされてたということかっ」


 持ち前の冷静な状況判断によって、すぐに結論に至ったアールヴ王女だが……それでも、動揺は隠し切れていない。


「こんなことができるのは……」


 現状、バベルの塔に存在する生物の中で、人間大の物体を遥か上空まで吹き飛ばせる存在は――加賀見太陽の他にいない。


「まさか」


 加賀見太陽が暴れている。

 それはつまり……トリアとシルトが、抹殺に失敗したということ。


 そこまで把握するに至って、アールヴ王女はようやく自身の『驕り』に気付くことができた。


「失敗した……妾は、またっ」


 そして、上空にて爆発音が鳴り響く。

 飛んでいったスカルが爆発したのだ。アールヴ王女は一瞬だけ空を見上げて、それから何気なく下層を見下ろした。


 すると、数秒程して……金色のローブをまとう人間が、突然に跳んできて。


「――――ぁ」


 声を上げることも、できなかった。


「とりあえず、死ね」


 何の躊躇いもなく。

 地下から跳躍してきた人間……加賀見太陽は、推進力を拳に込めるかのように思いっきり腕を振るう。


 その拳撃はあまりにも速く、アールヴ王女は反応することすらできなかった。


(や、めっ)


 刹那、アールヴ王女の視界が真っ黒に染まる。


 ――死。頭部を潰されたアールヴ王女は、その一撃によって即死した。


 太陽の莫大な魔力によって展開された【強化魔法ストレングス】の魔法は、トリアの比ではない威力と速度を有する。


 故に、アールヴ王女は反応することすらできずに死んでしまったのだ。


五秒前の輪廻ファイブバック・リング


 だが、ここで終わりにはならない。

 アールヴ王女に死が訪れた瞬間、彼女の指につけていた指輪の一つ【五秒前の輪廻】が発動した。


 この魔法アイテムは、所有者の死を引き金に発動。効果は、世界を五秒前に戻すというもの。発動回数は一度きりなので指輪は砕け散ることになる。


 古代エルフ製の魔法アイテムの中でも、群を抜いて効果の優れた指輪である。それを両手に十装着しているアールヴ王女は、即ち十回なら死んでも問題ないことにもなるわけで。


 この一回目の死もまた、アールヴ王女にとって本当の死とはならなかった。


「――っ」


 世界が、五秒前に巻き戻る。

 丁度、スカルが上空で爆発したくらいの時に戻ったアールヴ王女は、早鐘のように鳴り響く心臓を強く抑えた。


(殺された……一瞬で、殺される)


 何もしなければ、また同じことになるだろう。穴から跳びあがってきた加賀見太陽による殺害は逃れられない。


宝物殿の鍵サクチュアリ・ゲートリング


 速やかに、アールヴ王女は殺された動揺を抑えて次の行動に移る。持ち前の冷静さを活かして、対処に急いだ。


 宝物殿の鍵サクチュアリ・ゲートリングとは、宝物殿へと繋がるゲートを作成する指輪である。発動させると、宝物殿内と空間を直結させることができる魔法アイテムだ。


 空に浮かんだ空間の歪みは扉となる。そこに手を突っ込んで宝物殿から取り出したのは、一つの盾。


「【イージスの盾】……これでっ」


 それは、神の鍛えたとされる武具。防御に特化したその盾を構えて、アールヴ王女はその瞬間が訪れるのを待った。


 数秒後……やはり、加賀見太陽が穴から飛び出してくる。


「とりあえず、死ね」


「っ!」


 先程と同じ言葉は、先程と同じような一撃と共に。

 一撃で必殺の拳を向けられたアールヴ王女は、グッとイージスの盾を構えてその身を守った。


 瞬間、轟くような音がバベルの塔を振るわせる。加賀見太陽の拳とイージスの盾がぶつかったことによる衝撃は凄まじく、周囲の壁にヒビを入れるほどの衝撃波が広がった。



(なんという、力だ……イージスの盾が、壊れたのかや!?)


 結論から言うと、アールヴは一命を取り留めることが出来た。その代償に、神具の一つを失うことになって驚いてはいたのだが……生きてはいる。


「ちっ。奇襲のつもりだったんだけどな……殺せなかった」


 拳をぷらぷらと揺らす太陽は、未だ健在のアールヴ王女を見て酷く不服そうな顔をしていた。


 その姿を見て、アールヴ王女は嫌でも理解しなければならなくなる。


(やはり、トリアとシルトは負けたということじゃな……)


 エルフ国アルフヘイムの二大戦力が敵わなかった。

 それは即ち、絶体絶命の状況を意味している。


(妾が、なんとかせねば)


 もともとは己の失態だ。トリアとシルトならばと、無様にも驕って甘く考えていたからこそ、こんな状況に陥っているのだ。


 本来なら、もっと用心するべきだった。万全の準備を持って挑みかかるべき敵だったというのに、やはりエルフ……心のどこかに慢心があったのだと今更ながらに後悔するアールヴ王女は、冷や汗さえも流している。


 彼女は幸か不幸か、頭が良かった。

 だからこそ、現状がいかに追い詰められているのかを……加賀見太陽という存在の規格外さを、嫌というほど思い知っていたのである。


(ここで、倒す)


 でなければ、負けるのは――エルフだ。


 倒せる可能性があるのは、ここしかない。そう、アールヴ王女は判断している。

 何故なら、この状況において彼女はたった一つだけ優位な点があったからだ。


 それは――【奴隷の首輪】である。

 対象の精神を隷属するこの首輪、強すぎる命令は精神の抵抗を受けるため壊れる危険性もあるが……それでも、この状況ではそのリスクを冒す必要がある。


(先程妾に攻撃出来たということは、恐らく最初の命令はもう抵抗反発レジストに成功しているということじゃな……)


 奴隷の首輪は、精神に直接作用する。

 だからこそ、精神の抵抗や反発に合うと強制の効果がなくなってしまうという欠点があった。


 ただし、この抵抗は常人では不可能。凄まじい精神力で己を律することのできる者にしか反発は成功できないのだが……その点を、加賀見太陽は克服したようだった。


 アールヴ王女は知らないが、実は先程スカルがゼータの記憶を消したことが引き金となって太陽は命令を抵抗反発レジストすることに成功していたりする。だから『エルフに攻撃するな』と命令を受けていたはずの太陽が、スカルには攻撃することができたのだ。


 ちなみに、ヘズの場合は最初から抵抗反発レジストに成功していた。彼の精神力は並外れており、奴隷の首輪で制御できなかったのである。故に最初からエルフに攻撃できていたし、命令も聞く必要がなかったというわけである。


(強い反発にあうじゃろう……恐らく、奴隷の首輪が砕け散る可能性もある。じゃが、ここしかない!!)


 勝負は、速攻でしか勝ち目がない。そう即断したアールヴ王女は、すぐさま王族の権限を利用して奴隷の首輪に命令を飛ばすのであった。


「【死ね】」


 それは、常人であろうとも強い抵抗に合うのは当然の命令。されども、この状況に置いて『眠れ』や『動くな』などの弱い命令では意味がないだろうと判断した上での選択である。


 死ねと命令されて、素直に死ぬ者など普通はありえない。


「ぐっ……!!」


 だからこそ、抵抗する。反発する。太陽だって同じだ。死ねと命令されても、彼は必死に抗っている。喉元の首輪を抑えて、喘ぐように息を継いだ。


 苦しそうである。今、太陽の首輪からの命令を聞き入れまいと必死になっている。精神面に集中するあまり、太陽は現実世界が見えなくなってもいたようだ。


 太陽はどさりと膝を突いて、そのまま目を閉じてしまう。


(よし! 十分……あるいは数分、時間は稼げたはずじゃ! この隙に殺せば、妾の勝利っ)


 ここしかなかった。

 これしかなかった。

 可能生は、たった一つだけだった。


 奴隷の首輪に抗っている隙に、太陽を殺す。

 そのために、アールヴ王女は【宝物殿への鍵サクチュアリ・ゲートリング】を使って一つの魔法アイテムを取り出した。


 それは、禍々しい黒き槍――名は【ゲイボルグ】という。正確にいうなら魔槍ゲイボルグの複製レプリカというべきか。ただ『貫く』という特性のみを追求して作成されたその魔法アイテムは、一度使えば壊れるものの……一度だけは、使用可能だ。


(これなら、膨大な魔力で覆われた加賀見太陽でも、貫ける)


 そうして心臓を穿てば、即死させることが可能だ。

 太陽さえ殺すことが出来たなら、その他の戦力はアールヴ王女で対処可能である。エルフ国の魔法アイテム全てを無尽蔵に使う彼女は、それだけの力を持っているということだ。


「ここで……死ね!!」


 エルフ国の王女として。

 守るべき、君主として。


 アールヴ王女は、ゲイボルグを太陽に向かって振りかざす。


 太陽は、ぴくりとも動いていない。

 そのまま突き出せば、殺せる――はずであった。





「させない」





 しかし、唐突に現れた少女が、アールヴ王女の槍を防ぐ。

 小さな手に握られていたのは……どす黒い炎を放つ、黒き魔剣であった。


「そなたは……」


 視線を向けると、そこにいたのはみすぼらしい格好をしたハーフエルフがいる。

 片耳だけ伸びた耳。くすんだ灰色の髪の毛。白濁した瞳……一見すると少年のようにも見えるが、しかしそのハーフエルフはきちんとした少女である。


「今度は、ボクが守るよ……太陽くん」


 ハーフエルフ――ミュラが、そこにはいた。

 アールヴ王女の邪魔をするかのように……加賀見太陽を守るかのように、彼女はそこに佇んでいた。


「くっ……そこをどけ、ハーフエルフ!! 同じエルフとして、恥ずかしいと思わんのかや!?」


 今しかないと慌てているアールヴ王女は、ミュラを恫喝する。だが、ミュラは動じなかった。


「王女様……ボクは、エルフが嫌いです。だから、太陽くんの味方なんです」


 優しく微笑んで、ミュラは魔剣を構える。


「例え、死んだって……ボクは、太陽くんを守りますから」


「っ……時間がないのじゃっ。そこまで邪魔するのであれば、まずはそなたを殺そう!!」


 対するアールヴ王女は、太陽から対象を変えてミュラを殺さんと槍を構える――

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