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50 また一緒に暮らそうな

 スカルが初めて人間に魅了されたのは、もう数百年も前のことである。

 それまでは他のエルフと同様、人間など取るに足らない弱小な生物と思っていた。魔法能力は低く、繁殖力だけが取り柄の可哀想な存在だとばかり勘違いしていたのである。


 だが、すぐにスカルは気づくことが出来た。

 種族戦争――あらゆる種族が世界の覇権を狙い、争い合っている日々の中。


 人間と相対したその時に、スカルは人間という生物の本質を見た。

 全体的に見れば弱小生物。平均すると能力の低いはずの人間は、しかしその多様性のおかげか稀に突出して能力に秀でた存在が生まれる。


 それらの個体は誰もが示し合わせたかのように、英雄となって人間を守るのだ。


 強さを持つ者故の責任感か。守らなければならないという使命感か。エルフにはない独特の精神を持つ人間は、だからこそ……エルフにはない、強さを持っていた。


 ――心。そう、それは心の力なのだと、スカルは戦いの中で学んだ。エルフとは比べ物にならない、精神の強さ。これは心なのだとスカルは結論付けた。

 ここぞという場面での覚醒。倒したと確信してからの復活。絶対的に追い込んだ状況からの逆境を跳ね返す胆力。


 論理では語れないその現象は『心』に起因する。そのことに気付いたスカルは、自らの種族よりも……人間という存在に、強く惹かれてしまった。


 ――人間の『心』をエルフが手に入れたら、エルフはもっと強くなる!


 当初は、そんな目的があってスカルは人間の研究に着手した。その一段階目として、もともと戦闘用に作成していた魔法人形ゴーレムに心を生みだそうとしていたのだ。


 だが、研究はすぐに行き詰った。どのような魔法を組んでも、魔法人形に心が生まれることはなかった。


 だからなのか、スカルの好奇心はいつしか妄執へと変わり果ててしまう。

 完璧な人間を作ること。心を作ること。最初の目的は記憶の彼方に消えて、ただそれだけを追い求めた。


 そのために何でもやった。上流階級のエルフをたぶらかして金を集め、人間の誘拐を進言し、秘密裏に実験を進める日々。もともと土魔法のスペシャリストだったスカルは、その過程で人間を操る術にも長けていった。


 記憶や感情の操作から始まり、やがて魂そのものを制御する方法も編み出していく。さらった人間は数十程度だが、たったそれだけでスカルは人間の全てを把握できてしまった。


 天才。スカルもまた、トリアと同じように天才だったのだろう。だが、この天才をもってしても人間の『心』は生みだすことができない。


 ガンマ型では外装を人間に寄せた。だが心は生まれない。

 デルタ型では機能も人間に寄せた。だが心は生まれない。

 イプシロン型では思考の回路を弄って好き嫌いなどの個性を持たせてみた。だが心は生まれない。

 あるはずの声も、思考も、全ては機能することなく……人形の域を超えることはできなかった。


 そして、ゼータ型では疑似的な魂ではなく、本物の人間から魂を抽出して魔法人形に搭載した。すると、魔法人形は初めて機能としてあった声を発してくれた。


 ただ、心はやはり生まれなかった。無機質なやり取りに心はない。ただの反射なのだと結論付けた頃に、スカルの寿命は迫ってしまう。


 それからは少し遠回りをした。一旦人間の研究を止めて、魔法人形という性能の強化を始める。エータ型、シータ型と戦闘に特化した人形を作って金を稼いだ。その過程で研究済みのゼータ型も売却した。


 金を稼いだら、今度は自身の命を延命する装置を製作して手段を確立した。

 持っている土属性の魔法を駆使して、不死となるよう自身の魂や肉体にも細工を施した。


 そうして、ようやく研究に本腰を入れられる状態になって……そこで、スカルは太陽と出会い、殺されたのだ。


(まだ死ねないよぉ……ようやく、心が作成できると知ったんだからねぇ。まだまだ、研究は進めさせてもらおうかなぁ)


 ぐちゃぐちゃの肉片となったスカルは、殺されたはずなのに思考していた。

 ――否。肉体は殺したが、正確に表現すると死んではない。彼は研究によって自身の魂と肉体を乖離させることに成功していた。故に、肉体が壊れようとも生命として死ぬことはないのだ。


 肉体が肉片となっても、問題はない。肉体もまた自身の土魔法によって形成しているので、修復は可能であった。


「……まったく、酷いことするねぇ」


 ぺちゃりと音を立てて落ちた肉片は、ぐちゅぐちゅと音を立てて再び形を形成していく。再び骸骨のような顔だけを形成したスカルは、こちらを見据える太陽に向かって奇妙な笑みを向けた。


「キヒヒ……びっくりしたかなぁ? 吾輩は死なないよぉ」


「そうか。じゃあ、何度だって殺してやるよ」


 刹那に距離を詰めた太陽が、今度はその頭を思いっきり踏みにじる。再び肉片となったスカルだが、その時には既に魂の移動に成功していた。


「やれやれ……君は荒いねぇ」


 遠くに待機していた、シータ型魔法人形ゴーレム。戦闘に特化したその魔法人形に、スカルは自身の魂を移動させたのだ。肉体を修復させることも可能だが、魔法人形に乗り移ることで物理的な攻撃に対処する心づもりらしい。


「でも無駄だよぉ!! 吾輩は最早魂だけの存在でねぇ……肉体はない。君がいくら吾輩の肉体を壊そうとも、無駄ってことさぁ!」


 バカにするように太陽を嘲笑うスカル。真っ黒ののっぺりとした顔で笑う姿は、不気味である。


 だが、太陽は動じていない。嵐の前の静けさとでもいえばいいのか……やけに、いや必要以上に冷静だった。


 スカルの言葉を耳にして、ピクリと眉をあげる。


「……なるほど。じゃあ、魂への攻撃は効くのか」


「ん~? まあ、理論的にはそうだねぇ……でも、吾輩は精神魔法のスペシャリストだよぉ? そう簡単に、攻撃が効くとは思わないことだねぇ」


「【地獄の業火(ヘルズファイヤ)】」


 今度は問答もなく。

 流れるように自然な動作で発動させたのは、火炎属性中級魔法の【地獄の業火(ヘルズファイヤ)】だ。


「魂だけって……要するに、お前は死霊系統の魔物と変わらないってことだろ?」


 地獄の業火――どす黒い炎をまき散らすその魔法は、太陽の莫大な魔力によって物理的な効果も大きいが……その真価は、対死霊系に高い効果があることである。


 相手の魂を燃焼するその獄炎は、魂が燃え尽きるまで消えることはない。


「燃えろ」


 瞬間、スカルは燃え上がった。


「ぐぁあああああああああああああ!?」


 痛みを克服したと慢心していたスカルは、久しぶりの苦痛に絶叫する。膨大な魔力の込められた地獄の炎は、容易にスカルの精神防御をぶち壊した。

 じわじわと魂を燃やされる感覚は、足元から炎で焼かれる感覚と同じである。


 焼け死ぬ辛さは、じわじわと肉体が焼けていくことである。

 その苦痛を受けて、スカルはすぐに魂を移動させた。


 元々の肉体を修復して、そこに入りこむ。だが、炎は魂そのものを燃焼しているのだ……


「ぎ、が……ぁああああああああ!!」


 痛みは、変わらない。

 獄炎はすぐに修復した肉体を包んだ。物理的にも燃え始めた肉体に堪りかねて、スカルは……ゼータに魂を移動させようとする。


(そうだ……初めから、こうすれば良かったんだぁ!)


 ゼータであれば、太陽が攻撃をしかけることはできない。それどころか、このゼータの身体が燃えるのを嫌って魔法を解除するはず。


 そう、期待を抱いていたわけだが。


「――イヤ、です」


 魂が……弾かれた。


「申し訳ありません。製造者であるあなた様を、この身体が拒んでおります」


 何かが、スカルをはじいている。

 それは、明確な意思のような……否、正しく表現すれば『心』というべきだろうか。


(心は、消えていない……!?)


 記録は消えようとも。

 心はやはり、なくなっていなかった。


 ゼータに入るこむことは、最早不可能。


「くっ」


 結局、スカルはシータ型魔法人形の身体に戻るほかなく。


「が、ぐぁ……っ!!」


 その獄炎に、魂が燃焼されるのをひたすら耐えるしかできないのだった。


「頑丈だな。精神魔法が得意だからか? 燃える速度が遅い……まあ、消えることもなさそうだし、ゆっくりと燃えていけばいい」


 ともすればそれは、死よりも辛い痛みの拷問でさえある。


「わ……吾輩が、死ぬことなどっ。そんなわけが、ぁ……」


 燃えながらも叫ぶスカルに、太陽はゆっくりと歩み寄って。


「殺すって言っただろ? だから、死ねよ」


 その身を掴んで、思いっきりに……ドームの上方へと投げ飛ばした。

 今度は、全身全霊の力を込めて飛び上がり、宙に浮かぶスカルに狙いをつけて拳を引く。


「っらぁあああああああああ!!」


 最後に放たれた拳による一撃は、真っ直ぐにスカルの魂が入ったシータ型魔法人形の腹部を打ちぬいた。


 戦闘に特化した魔法人形は頑丈で、スカルの肉体のようにぐちゃぐちゃになることはなかったが……逆に威力が分散することなく、後方へ吹き飛ぶこととなる。

 一撃は監禁層の天井を貫き、あまつさえバベルの塔の上層を次々とぶち破った。最終的には最上層にまで届き、外へと飛び出ることになる。


(まだ、研究が……研究がぁあああああ!!)


 そうして、バベルの塔の遥か上空に至って。

 スカルの入ったシータ型魔法人形の身体が、ようやく限界を迎えた。


 ――爆発。


 轟音が、エルフ国アルフヘイムへと広がる。

 それは、終わりへの鐘楼。


 加賀見太陽による、エルフへの宣戦布告のようでもあった。


「ゼータ……ここで大人しくしててくれ。俺、ちょっと暴れてくるから」


 スカルを吹き飛ばした太陽は、そう言ってゼータの頭を軽く撫でた。


「全部終わってから、また一緒に暮らそうな」


 そんなことを口にする太陽に、記憶をなくしたゼータはこんなことを言い返す。


「しかし……当機は、あなた様のことを覚えておりません」


「そんなこと関係ない。お前は、俺の所有物だからな。反論は許さん」


 小さく微笑む太陽に、ゼータはコクリと首を傾げる。


「……また、言葉が思い浮かびました。『ゼータは、もう少しお給料を高くしてほしいです』――と。なんでしょうか、これは?」


「知るかよ……まだ貰う気かお前? まあ、あげるけど」


 記憶はなくなっても、ゼータはゼータ。そのことを改めて理解して、太陽は脱力してしまった。


「分かった。じゃ、ちょっとエルフ国滅ぼしてくる」


「……『はい、行ってらっしゃいませ』――と。言葉が思い浮かびます」


「思い浮かんでるってことは、それはお前の言葉っていうことだろ。一々、めんどくさいこと言うな」


 最後にもう一度頭を撫でてから。

 太陽は、真っ直ぐに上を見上げる。


「さて、バカと煙と偉い奴は高いところが好きっていうし……たぶん、一番上にいるだろ」


 足に力を込めて。

 スカルが開けてくれた穴目がけて、太陽は一気に飛び上がる。


「――っ」


 そして、辿りついた最上階にて。


「とりあえず、死ね」


 太陽は、そこにいた王女様に向かって拳を振るう。

 いよいよ、アールヴ・アルフヘイムとの戦いが始まろうとしていた――

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