4 クリスマスイブが命日でした~リア充じゃなくて死んだのは俺~
――12月24日、日本。
これはまだ、加賀見太陽が転生する前の話。彼は高校二年生のごくごく普通の少年だった。
(彼女欲しい彼女欲しい彼女欲しい彼女欲しい彼女欲しい!!)
彼はごく普通の高校二年生である。
つまり彼女がいない。仲の良い幼馴染もいないし、世話焼きのクラス委員長もいないし、頭のおかしいヒロインもいない。彼は女の子と無縁の、ごくごく普通の童貞である。
本日は12月24日。一人身には辛い時期である。太陽も例外なく鬱々しており、気分が下降しすぎて呪詛を吐きまくるほどだった。
(憎い、憎い……リア充が、憎い!)
街を歩く。右にカップル。左にカップル。前方にカップル。後方にカップル。それも当然である。ここは街でも有名なホテル街。つまり、この後はみんな滅茶苦茶やるのだろう。何をとは言わないが。
きゃっきゃうふふするリア充を眺めながら、太陽は歯を噛みしめて世界を憂う。
(俺以外みんな死ねばいいのに)
何なら地球が崩壊してもいい。それくらい彼の心は荒んでいた。
(ケケッ……こちらに接近中のリア充を発見)
では、どうして憂鬱な太陽がこんなホテル街なんかにいるのか。わざわざリア充の巣窟のようなこの場所に来ているのには、理由があった。
(行くか)
手を繋ぎながら幸せオーラを撒き散らす一組のカップル。二人に向かって、太陽はおもむろに歩き出す。
カップルはお喋りに夢中になっていて太陽の存在に気付いてないようだ。そのまま歩き、やがてぶつかる寸前まで行って。
「きゃっ」「おっと」
しかし、太陽はよけなかった。そのままカップルの真ん中に割り込むように歩み進む。
結果、繋がれた二人の手は離れ、幸せに満ちた表情に一筋の嫌悪が浮かぶことになった。
それを見て、太陽の心は少しだけ癒されるのだった。
(ふぅ……やれやれ、また一組のカップルを邪魔してしまったか)
要するに、単なる気晴らしである。カップルの真ん中を歩いて繋いだ手を離させる。他の言い方をするなら嫌がらせといったところか。
これをするために太陽はこの場所に来ていたのだ。何とも迷惑な存在である。
(リア充爆発しろ。リア充死すべし。俺がリア充になれない世界なんて壊れてしまえばいい)
口元に下卑た笑みを浮かべながら、彼は何組ものカップルを襲う。繋いだ手が離れた時、誰もが例外なく舌打ちするのが心地よかった。
そうやって、人の嫌がらせばかりしていた中で。
(お、今度はあいつらか)
一組のカップルを見つけた。どちらとも眼鏡で、周囲に比べると少し地味系のカップルである。
初々しいとでもいえばいいのか。少しだけ垢ぬけてない印象こそあるのだが、どちらも幸せそうだ。
(……判決、有罪!)
地味か派手かなど関係ない。彼にとって、リア充であること自体が罪なのである。
その繋いだ手を叩き切ってやろうと、彼は悠然と歩きだした。
そうして、二人の間に割り込もうとした……そんな時――
「死ねぇええええええええええええ!!」
突然、隣を歩いていた男性が寄声を上げた。太陽と横並びに進む彼の手には……刃渡り30センチほどの、ナイフが握られている。
(……え?)
状況に理解が追いつかない。困惑して、しかしその男が浮かべる狂気に太陽はリア充への嫉妬を忘れた。
こいつは危ない奴だ。そう直感して、距離をとろうとする。
しかし、その男が……こちらに歩み寄る、地味系のカップルの女性の方を狙っていることに気付いて、太陽は思わず自失してしまうのだった。
(それは、ダメだろ)
ああ、確かにリア充は憎い。爆発すればいい。何ならこの世から消えてなくなればいい。
でも、幸せにならなくてはならない。その幸せを、壊していい理由なんてない。
彼はごくごく普通のモテない男子高校生である。そのため、常識もきちんと持ち合わせている。
やっていいことと悪いことくらい、きちんと区別できていた。
「殺す……殺してやる!」
太陽を追い抜かんと走りだす男性。右手にはナイフ。少し先にはカップルが一組。
狙いは女性の方。男性は狂ったように叫んでいる。誰も止められる者はいない――太陽を、除いて。
(――っ!!)
気付けば、体が勝手に動いていた。
男性の進路に向かって体を投げ飛ばし、右手に持つナイフを取り上げようと右手を伸ばす。
(届く!)
そう確信して、男性の手からナイフを取り上げようとした、そんな時。
「あ?」
「…………ぁ」
軌道が、変わった。太陽の体と男性の体が激突したことによって、ナイフの先っぽがこちらを向いたのだ。
結果、そのナイフは……太陽の胸部に、突き刺さることになったのだ。
(――嘘、だろ)
地面に身を打って、仰向けに転がる。それ以上動くことはできない。
体から熱が消えていく感覚。冬故に地面は冷たく、自分から体温が逃げていくような錯覚を受けた。
もうダメだ。そう自覚して、しかしどうにもならない。
死ぬ。そう理解した。生き残る可能生なんて無い。溢れ出る血の量はもう、助かる見込みがないことを告げていた。
リア充なんて死ねばいいと思っていたのに……まさかかばって、死ぬことになってしまおうとは。
(せめて、彼女……欲しかったなぁ)
仰向けになって、目を閉じる。
最後まで童貞であったことだけが、唯一の心残りであった。
加賀見太陽、17歳。まだまだ将来のある少年の、早すぎる死であった――
そういった経緯があって、彼は異世界に転生するチャンスを得るや否やハーレムを求めたのである。
女の子とイチャイチャすることだけが目標だった。前世ではできなかった、童貞卒業の夢を叶えたかった。
そのために、最強の力を! 女の子が見ただけで「素敵! 抱いて!」と言っちゃくらい最強の力を求めたわけだが。
「本当に、この度は申し訳ありませんでした。一国の主として、やってはならないことをしてしまいました」
「陛下の臣下としても、この件は謝罪する。ごめんなさいでした」
フレイヤ王国。王城、謁見の間にて。
加賀見太陽はまたしても土下座されていた。
「俺たちも調子乗りました」「すいません、報酬に釣られました」「主を止められなかった……騎士として、詫びたい」
しかも、今回土下座している者はみんな実力者達だった。
中には可愛い女の子もいる。みんな不安そうな面持ちでぷるぷると震えている。
「【炎神】……この身だろうと、そこにいるSランクの冒険者でも、気に入ったのなら自由にしていい。でも、王女様だけは勘弁してほしい」
「…………」
エリスの懇願に、仏頂面の太陽は唇を固く結ぶ。
そう。何故か知らないが、彼に恐れをなした女性はみんなこんなことばかり言うのだ。別にそんなことするつもりないのに、である。
「貴殿も若い。性欲を持て余しているのは分かる。だから、どうか……そんな野獣のような目で王女様を見ないでほしい」
おっと。どうやら目が原因だったようだ。欲望が隠し切れていないのかと、太陽は大きくため息をつくのだった。
【太陽を落とせ!】というクエストが終わったその直後。圧勝して王女様達を屈服させた彼は、現在謝罪を受けていた。
誰もが怯えているように見えた。そうやってびくびくするくらいならやらなければいいのにと思う太陽。
(はあ、どうしよっかな)
別に彼ら彼女らをどうこうするつもりなんてない。
怒ってなんかないし、何なら何も感じていないくらいである。
だから何も要求するつもりはなかった。彼はこの状況に息をつきながら、いつも通り気にしないでいいと説得にかかる。
ハーレムを夢見て異世界に来たというのに、まだ女の子とすら仲良くなれていない始末。
この状況に、彼は深く苦悩するのだった――