48 心を持った魔法人形
――バベルの地下、比較的地上に近い監禁層にミュラとゼータは閉じ込められていた。
「くっ……ミュラ様、やはりゼータでは勝てそうにありません」
「ゼータさんっ、あんまり無理しないで」
監禁層はドームのような形状をしている。そこに二人は監禁されていた。
一応、出入り口はすぐそこにある。当然二人はそこから脱出を試みているのだが、見張り役の人形――シータ型戦闘魔法人形に行く手を封じられていた。
「シータ型の魔法人形……あれはゼータより最新の魔法人形で、しかも戦闘に特化しているようでございます」
エルフ産魔法人形で、人間国に流れているのは古い世代しかなかったらしい。エルフ国ではより最新の魔法人形が存在していた。
「……ゼータの方が可愛いですが、ちょっと戦闘ではこちらが劣るかと」
先頭に特化しているだけあって、そのフォルムは可愛さとかけ離れていた。形状としては木偶人形のようなアルファ型に近い。目鼻の無い顔に、黒光りする真っ黒な身体。太陽の世界で例えると、真っ黒なマネキンとでもいえようか。
ただ、戦闘には優れている。二本の剣を振るそのシータ型魔法人形は、冒険者ランクでいうとSランクはありそうだ。せいぜいAランクのゼータでは敵いそうになかった。
「仕方ありません。ご主人様が来るのを待ちましょう」
身体の埃を払いながら淡々とそう言うゼータに、ミュラは不安そうな表情を見せる。
「……太陽くん、来てくれるかな?」
「心配無用です。ご主人様はスケベでヘタレで可哀想な方でございますが、身内に対してはとてもお優しい方です。ゼータのためなら、死んでも来てくれます」
「そっか。そうだよね、うん……ゼータさんのためなら、来てくれるよね」
「もちろん、ミュラ様のためにも。ゼータ程ではありませんが、ご主人様はミュラ様にも好意を持っていると思うので」
ゼータには不安が一切ないようである。心から太陽のことを信じているようであった。
そんなゼータに、ミュラは頬を緩める。
「なんだかんだ言って、ゼータさん太陽くんのこと好きだよね」
「好きではありません。ご主人様がゼータを好きなだけです。勘違いしないでくださいませ。別にゼータは好きとかそういう感情を持つ機能が搭載されてないです。不快です。訂正してください」
「そんな早口で言われても」
微笑ましいゼータの反応にミュラは不安の心を消す。
「太陽くん……早く来てくれないかなぁ……」
小さく笑いながら、そんなことを呟いた時だった。
「残念だったな。助けはもう必要ない。貴様は、俺に処理されるからな」
声が、聞こえた。
それは、待ち望んだ声ではなかった。
それどころか、ミュラがこの世で一番恐怖していた声だった。
振りかえる。ドームの出入り口、シータ型魔法人形の影から現れたのは……
「グリード、様……」
そう。グリード・ヒュプリスがそこにはいたのだ。
燃えるような赤髪。血のような瞳。端正な顔立ち……は以前と少し違っており、そこには大きな火傷が生まれていた。
「ゴミがぁ……貴様のせいで、俺は父に火傷を刻まれた! この借りは返させてもらう……貴様も、苦しめてやろう!!」
責任転嫁も甚だしい。グリードは太陽に負けた罰を父のアブリス・ヒュプリスから受けたようだが、それをミュラのせいだと決めつけているようだった。
「来い! お前にふさわしい場所がある……そこで処理してやる」
声を荒げて声を張り上げるグリードに、ミュラは身を震わせる。そんな彼女を引きとめるように掴んだのは、隣にいたゼータであった。
「行く必要はありません。ミュラ様、あのようなエルフの言うことなど聞かないで結構です……ご主人様が、きっと来てくれます。それまで、抵抗すればいいだけの話でございます」
怯えるミュラを庇うように前へ出たゼータに、グリードは殺意の込めた視線を向ける。
「人形の分際で、歯向かうとは何事だ! いいだろう……壊してやる」
激情に身を任せているのか、おもむろに紅焔の魔法を展開してゼータに放とうとした。
だが、そんなグリードの肩を誰かが掴んだ。
「キヒヒ……グリード君? ちょっといいかねぇ? 吾輩はあの人形に興味が湧いているんだよぉ。壊さないでくれたまえ」
骸骨のように骨ばった顔。エルフというのに美というものを一切感じさせないそいつの名は――スカル。
エルフ魔法学院の教師であり、アールヴ王女からミュラとゼータを人質にとれと命令されたエルフだった。
「取引は、そこのハーフエルフ君だけで良いんだよねぇ? 余計なこと、しないでほしいのだがねぇ」
「ちっ。あれだけ金をもらっておいて、我儘な奴だな……まぁいい。俺に壊されたくなかったら、さっさとあの人形をどかせ」
しかし、スカルはアールヴ王女の言うことを聞いてないようだった。勝手にグリードと取引をしたようである。
「キヒヒ……分かった分かった。手早くすませるよぅ」
不気味な笑みを浮かべてから、スカルはグリードの前に出る。
それから、ゼータに指を剥けた後に。
「【精神操作】――『動くな』」
以前、魔法学院の訓練場でやったような精神操作の魔法を、ゼータに放つのであった。
「――っ」
途端に、ゼータは動けなくなる。喋ることもできなくなり、当然ミュラを守ることもできなくなった。
「『自分の首を絞めろ』」
命令は続く。スカルは更にゼータの身体を操作して、自ら首を絞めさせていた。
「魔法人形が窒息しないと思わないでくれよぉ……吾輩の作品なのでねぇ。人間と同じように、死の条件もまたしっかりと複製しているんだぁ」
ニタリと笑うスカルに、ここでミュラは気づいた。
「脅し……?」
そう。ミュラがグリードの言うことを聞かなければ、ゼータを殺すと言っているのである。
「だ、ダメっ! 分かった、行く……行きますから」
慌てて飛び出るミュラ。早足にグリードの方に歩み寄ると、そのまま髪の毛を捩じるように掴まれた。
「い、痛いっ」
「黙れ、ゴミ……ご苦労だったな先生。後は、俺の好きにやらせてもらう」
「どうぞぉ。吾輩は、あの人形で少しだけ実験したいことがあるんでねぇ。早く行きたまえ」
しっしと追い払うように手を振るスカルに背を向けて、グリードはミュラを引っ張ってドームを出ていく。後には、動けなくなったゼータとスカルだけが残された。
「さて……ゼータ型魔法人形7号君。もう動いていいよぉ」
そこでようやく、スカルが精神操作の魔法を解く。身体の自由を得たゼータは警戒するように身構え、スカルを強く睨んだ。
「……ゼータに、何の用でしょうか? あなた様など、もうすぐ来るご主人様にやられてしまうでしょう。あの方を怒らせるのは愚策だと分からないのですか? なるべく穏便にいきたいなら、ミュラ様を戻してください……ゼータ達は捕虜です。傷つけるのは、いかがなものかと」
どうにかミュラを助けたい。その思いで慣れない交渉を試みるゼータに、スカルはニタリとした笑みを返していた。
「知ったことじゃないよぉ」
「っ……」
狂気に歪めた顔に、ゼータは会話が通じないことを知る。
「どうでもいい。全部、どうでもいいんだよぉ! 吾輩が求めるのは一つ……完璧な人間を作ることさぁ! 人間、人間だっ。愚かで無能、だというのに吾輩たちエルフと肩を並べる種族!! なんと興味深い存在か……なんと愛しい生物か! 吾輩の興味は、そこにしかないのだよぉ?」
「な、何を、言って……」
「魔法人形。何故、エルフ産なのに人間の形状をしているか分かるかなぁ?」
突然饒舌に語りだしたスカルに、ゼータは身を震わせる。感情の無いはずの身体は、どうしようもないくらいに震えだした。
それは、製造物としての根源的恐怖だったのか。
「魔法人形の製造目的……それは、完璧な人間を作ること!! 君だってそうだよぉ……ゼータ型魔法人形7号。吾輩の傑作物の一体!」
作られた物として、作った者へ……ゼータは、恐怖を感じていたのだ。
「キヒ……キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒ!! 嗚呼、なんと嬉しいことか……吾輩の製造物が、こうして戻ってきてくれた! しかも、なんてことだろうねぇ。あれほど製造できなかった『心』が、君にはあるじゃないかぁ!!」
対するスカルは、歓喜に身を震わせていた。
「初めて見た時からっ。【精神操作】の魔法が効いた時からっ。自我を持ち、あまつさえあの人間に心酔した態度を見たときからっ! 吾輩は、7号に完成を見た……君が、吾輩の最高傑作なんだよぉ!」
ゆらゆらと歩み寄るスカルに、ゼータは尻もちをつく。身体の震えは止まらず、上手く言葉を発することもできなかった。
ただ、発することのできる言葉は一つ。
「ご主人様……たす、けてっ」
自らの信じる、主への懇願。
そこで溢れ出た、機能として搭載された涙を見て、スカルもまた嬉し涙を流していた。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! さあ、実験だぁ……実験だよぉ! ゼータ型魔法人形7号君!」
ゆらりと手を伸ばし、メイド服を破るスカル。胸元に刻まれた魔方陣に手をかざして、スカルは哄笑していた。
「その心は、どこにある?」
心を持った魔法人形。その心はどこにあるのか調べるために、スカルは実験を始めるのだった――




