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43 復讐のためだ。我が身を捧げることもいとわない(アッー♂)

「やめてくれぇええええええ!!」


 人間界、フレイヤ王国近郊の荒野にて。

 阿鼻叫喚が、響き渡っていた。


『加賀見太陽殺すぅうううううううううう!!』


『八つ裂きにしてやるぅうううううううう!!』 


 原因は、今しがた召喚された二体の召喚獣のせいである。

 かつて、災厄級クエストに指定されていた二体の超生物。


 炎龍。

 魔王。


 この二体が、エルフ相手に暴れまわっていたのだ。


『奴はどこだ!!』


「ぐぎ、がっ……!」


 炎龍は吠える。近くのエルフを咥え、その全身を噛み砕かんと牙で圧迫する。血を吐き呻くエルフは苦悶の表情で喘ぐばかり。


『今度こそぶっ殺す!!』


「ひ、ぃ……あぁ」


 魔王は猛る。手当たり次第にエルフを闇魔法で襲い、幻覚を見せてその精神を痛めつける。幻覚に苦しむエルフはあまりの恐怖に泡を吹いている始末。


『『加賀見太陽殺すぅううううううううううう!!』』


 二体の超生物は、そんなことを叫んで暴れまわっていた。ストレスが溜まっているのか、その行動は酷く荒い。洗練さなど欠片も感じさせない暴力の猛威は、エルフの身体と心をみるみる削っていった。


「な、何故、どうして……災厄の化物が二匹も使役できているのだっ!?」


 グラキエルも例外ではなかった。腰を抜かして恐怖に顔を青くしている。


「ん? それはもちろん、契約したからに決まってるわ。魔王ちゃんと炎龍ちゃんが、アタクシの僕になると契約してくれたのよん」


 そんなグラキエルに、シリウスが穏やかな口調で答える。


「炎龍ちゃんとも、元々は生贄召喚による一時契約しか結べてなかったけどねん? なんでも、加賀見太陽ちゃんに復讐がしたいらしいわ」


 そして聞こえた加賀見太陽の言葉に、グラキエルは歯を噛みしめた。


「また、あいつか……っ!」


 どこまで行っても邪魔をする。いてもいなくても迷惑だった。


「太陽ちゃんってば、罪な男ね。あの二体も首ったけよ? アタクシの僕になって従属契約を結べば、従属した召喚獣は力が増すから。代わりにアタクシの命令に逆らえなくなるけど、それでもいいから契約してくれって言われちゃったわ」


 召喚師であるシリウスは、契約を通して召喚獣を呼び出すことができる。この契約は基本的に対等なもので、例えば『死ね』や『自分を食べろ』など理不尽な命令は聞けないこととなっている。だが、例外となる契約が一つだけあった。


 従属契約――召喚師に絶対服従する代わりに、召喚師の魔力を無制限に引き出せるという契約である。これがあるからこそ、炎龍と魔王は契約を結んだ。


 この力の増大は生贄召喚よりも大きい。制約が大きければ大きいほど、その分得られる力も大きいということだ。つまり簡単に説明すると、炎龍と魔王は自らのプライドと引き換えに力を手に入れたということである。


『『加賀見太陽殺すぅううううううう』』


 仲良く同じことを叫びながらエルフの兵士たちを痛めつける二体の召喚獣を見て、シリウスはやれやれと肩をすくめる。


「でも、あのフレーズが鳴き声みたいになってて可愛くないわぁ……それくらい憎しみが強いってことだと思うけど、もっと可愛い鳴き声にしてほしいところねん」


 憎悪で目を血走らせる二体の召喚獣。その八つ当たりのようにとばっちりを喰らうエルフが少しだけ可哀想だった。


「あらあら、もう立ってるエルフいないわよん? アナタ達、ちょっと根性ないんじゃないしかしら?」


「……くっ」


 気付けば、グラキエル以外のエルフは気絶していた。血を流し、涙と鼻水を流し、あまつさえ失禁までしている様はあまり美しいとはいえない。


 死屍累々とは、まさにこのことである。一応、死んでまではいないのだが。


(ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ)


 グラキエルは歯を鳴らして自らを抱きしめる。歴然とした力の差に戦う心は折れていた。加賀見太陽への憎悪もいつの間にか消えている。今はそれどころじゃなかったともいえる。


(逃げないと、ヤバイ)


 この場から逃げなければいけない。どうしようもない。そう思って、グラキエルは懐に手を突っ込む。


(こいつでどうにかっ!)


 取り出したのは、透明な結晶。

 魔法アイテム『魔法晶』である。これは一つの魔法を込められる結晶で、純度にもよるがかなり魔力を消費する魔法だろうと封じ込められる便利なアイテムだ。


 この魔法晶に、グラキエルはある魔法を込めていた。

 それは――


「【空間移動】――『アルフヘイム』!!」


 ――空間移動魔法。グラキエルの婚約者であるアリエルに込めてもらった、いざという時の奥の手だった。これで逃げようとしていたのである。


 これは本当の本当に最後の手段であった。魔法晶は尋常ではないくらいに高いし、正規のルートでは手に入りにくいアイテムでもある。エルフの国の魔法アイテムは基本的にアールヴ王女が管理しているので、使用したのがばれたらグラキエルは更なる罰を与えられるからだ。


 だが、それでも……この状況はまずいとグラキエルは魔法晶を使う決断をしたのである。


「うふふ。本当に可愛いわねん……その見事なまでの臆病っぷり、好みだわん」


 魔法晶が砕けると同時、この場から消えかけたグラキエルを見て……シリウスはおもむろに手を伸ばした。


「逃げるのはダメよ?」


 そして、その伸ばされた手は……何もない空間にしみこむように入りこんで。


「ん、捕まえたっ♪」


 再び引きずり出された右手には、なんとグラキエルの首根っこが掴まれていた。


「――は?」


 今しがた、アルフヘイムに空間移動したとばかり思っていたグラキエルは、シリウスに首根っこを掴まれている状況に口をぽかんと開けていた。


 何が起きているか分からないと言わんばかりに、目を白黒とさせている。


「うっふん。どうしたのかしらん? 空間移動魔法がエルフだけの専売特許だなんて、そんなこと思われたら困るわ」


 そう言って、シリウスは赤子に言い聞かせるように自身の力を説明した。


「邪龍……聞いたことない? 災厄級クエストの一つ。神隠しの犯人……この邪龍ね、実は空間移動魔法の使い手なのよ」


 毎年気まぐれにこの世界から人間やエルフ、魔族などをさらっていた邪龍。空間移動魔法を使って生物をさらっていたこの生物を、少し前にシリウスは討伐した。


 否。それだけにあらず、シリウスは……邪龍を召喚獣として『使役』さえしていたのだ。


「邪龍をアタクシの身体に憑依召喚させてたの。空間移動魔法だって、今の状態は使えちゃうわ」


 だからこそ、グラキエル達の前に現れた当初、シリウスは空間から突然現れた。別の場所でエルフの将軍一行に襲われ、返り討ちにして情報を聞きだした後、邪龍を憑依させて空間移動してきたというわけである。


「空間魔法って、同じ属性同士だと干渉することができるのよ? アナタは空間魔法使いじゃないから、分からないと思うけどねん」


 空間移動も絶対ではない。同じ属性どうしだと、こうして干渉されることもある。そのため、グラキエルは逃げることができなかったのだ。


「アナタ、気に入ったわ……どうしようかしら?」


 首根っこを掴んで、舌舐めずりをするシリウス。グラキエルは泣きそうな顔をしながらも、唇を噛みしめて震える声を発するのだった。


「くっ……殺せ! 人間に辱めを受けるくらいなら、殺された方がマシだ!」


 プライドの高いグラキエルは、何よりも己の矜持を守ろうとする。

 このまま死んだ方がいい。そう、言っていたのだ。


「うっふん。イヤに決まってるじゃない!」


 まあ、シリウスはそんなに優しくないので言うことを聞くはずもないのだが。


「さて、どうしてくれようかしらぁ……アナタ、たくさん情報持ってそうだし。ちょっとだけ、遊ばない?」


 野獣のような目でグラキエルを見つめて、グラキエルの頬を舐めるシリウス。


「ひぃぃ……」


 グラキエルはもう耐えきれないようだった。あまりの動揺に白目を剥いて気を失い、涎を垂らして身体を弛緩させてしまう


 完膚無きまでに、シリウスの勝利であった。


「後で可愛がってあげるわぁ……」


 ねっとりとした笑顔を浮かべて、シリウスはグラキエルを小脇に抱える。


「炎龍ちゃん、魔王ちゃん、こっち来て」


『『――っ』』


 それから、おもむろに二体を呼び出した。炎龍と魔王は命令に逆らえないので、大人しく歩み寄ってくる。


「御苦労さま。炎龍ちゃん、なでなで」


 まずは炎龍の尻尾を撫でるシリウス。炎龍は苦しそうにうめき、辱めに耐えていた。


『加賀見太陽めぇ……いつか殺してやるぅ』


 これも全部、あの化物じみた人間のせいだと信じて。

 いつかぶち殺してやると、憎悪を膨らませた後に炎龍は消えていった。


「じゃあ、魔王ちゃん。もみもみ」


 次に魔王のお尻をもみもみするシリウス。魔王は天を仰いで涙をこらえ、自らの現状に嘆いていた。


「うふふ。抵抗、しないのぉ?」


『復讐のためだ。我が身を捧げることもいとわない』


「その心意気、素敵ね。ご褒美にキスしちゃうわ」


 今度はぶちゅーっと頬に吸いつかれて、意識が飛びそうになる元魔王様。


(加賀見太陽……いつか殺す!!)


 全ての元凶は、加賀見太陽だと思い込んで。

 とりあえず元魔王様は、再び加賀見太陽と相まみえることを願うのだった。



 何はともあれ、エルフによる人間界侵攻は防がれた。


 シリウスの抹殺も失敗。それどころか足止めさえ敵わなかった彼我の戦力差に、しかしエルフの王女様はまだ気づいていない。


 今度は人間側の侵攻の時である――

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