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42 アタクシの出番ね!

「……太陽殿? 何をやっているのだ?」


「ん? いや、このエルフのマント……俺の爆発魔法に耐えるくらい頑丈そうだから。もらおうかなって思って」


「それは追剥というのでは?」


「でも、俺のマントすぐ破れちゃうし。このマントかっこいいし。俺、勝ったし」


「なるほど。確かに、敗者は勝者に従うべきであるな。追剥もやむなし、か」


 そうやって、太陽が気絶したアブリスからマントを追剥していた頃合いの話。


「ちくしょう! なんで、この俺様が兵隊のようなことをしないといけないんだっ」


 人間族、フレイヤ王国近郊にて。

 一人のエルフが悪態をついていた。


 美しく輝く金髪は強行軍によって乱れ、碧い瞳は怒りに濁っている。長身の痩躯は疲労からか少し猫背で、豪奢なタキシードもまたボロボロになっていた。


「俺様はグラキエル様……美しき剣闘士だぞっ。ふざけるな!」


 美を自称するエルフ――グラキエルは、現状に対する不満をぶちまけている。

 彼は闘技場で加賀見太陽に負けた罰として、人間国を侵攻する先遣隊に加えられていたのだ。エルフ国アルフヘイムから険しい道のりを駆け抜けて、フレイヤ王国に程良く近くなった今は休憩している途中である。


 先遣隊は約100人。どれもそこそこの鍛度を誇るエルフ国の兵士だ。しかし、グラキエルは兵士でこそないが、実力はこの中でも群を抜いていた。


 エルフの中でも特に才能と容姿と権力を持っている彼である。故に、こんな自分が兵士のように扱われているのが気に入らなかったのだ。


「ちっ……この怒りは愚かな人間にぶつけてやろう。容赦なく惨殺してやる……」


 凄惨な笑顔を浮かべ、拳を握るグラキエルはどこか不気味でさえある。太陽に負けた恨みも未だ晴れてない中で、トリアによって罰を与えられた彼のプライドはこれ以上ないくらいに傷つけられていた。


 恨みが胸中で渦巻いている。今の彼なら、例え女子供だろうと抵抗なく殺せてしまうだろう。傲慢で、残虐なエルフを体現する存在こそが、グラキエルなのだから。


「おい、凡俗ども! そろそろ行くぞ!!」


 感情のままに叫ぶグラキエルは、同族のエルフだろうと見下した物言いをしていた。それでも兵士たちは自らの分を弁え、グラキエルに粛々と従っている。


「太陽が昇る前に、人間共に奇襲をしかける!」


 深夜――月がない夜だった。100名あまりいるエルフ一行は、グラキエルを先頭に進行を再開する。


 目指すは、フレイヤ王国城下町。

 トリアからは多数の一般市民を虐殺して、宣戦布告をしろと命じられていた。それを遂行するべく動いていたのである。


 その道中のことだった。


「あらあらん? 遅いわよもうっ。アタクシ、待ちくたびれちゃってよ!」


 拓けた荒野。闇の中から唐突にしみでたその影は、やけにねっとりとした声を発した。


「誰だっ!?」


 瞬時に警戒の態勢をとるエルフ達。グラキエルもまた前傾の姿勢をとって、おもむろに現れたその影に注意する。


「光を!」


 命令一つで、兵士の一人が光を灯して……そこで見えたのは、筋骨隆々の人間であった。


 短く刈られた坊主頭。ジョリジョリの青ひげ。サイズの合わないピチピチの鎧。明らかに似合ってないフリフリのフリルがつけられたその装備の持ち主は――


「初めましてね、エルフのみんな! アタクシはシリウスよん? シリシリって呼んでね? うっふん」


 ――人間界、最強と謳われる一人。唯一のSSSランク冒険者でもあり、二つ名は【超越者】の彼の正体は……シリウスであった。


「超越者か!」


 相手の正体を突き止めて、エルフ一行はその表情を恐怖に変えた。シリウスの噂に気おくれした……わけではなく。


「醜い!」「め、目がぁ……!!」「ふざけるな!」「どうしてくれるんだっ」「おぇえええ」「オカマ野郎がっ」「存在が罪だろ!」「き、気持ち悪ぃ……」


 シリウスのその容姿に、美しさを至上とするエルフは気持ち悪くなってしまったのだ。


「下等種が……せめて身の程にあった格好をしろ! 醜くて仕方がない」


 グラキエルも直視しないようにしながら、嫌悪感を丸出しにしている。


 そんな風にエルフ達に好き放題言われているシリウスだが……その表情は穏やかであった。


「いやだわ。心の醜いアナタ達に本当の美が理解できて? 美しさとは心にあるのよん……そんなことも分からないなんて、本当にエルフっておバカさんね」


 怒ることはない。シリウスは可哀想な存在を見るかのように目を細めて、微かな笑みを浮かべてさえいた。


「やっと巣から出てきたと思ったら、的外れなことを言っちゃって……可愛いわねん、もうっ。何も知らない赤ちゃんみたいで」


 慈愛の微笑みは、明らかにエルフを同等と見てないがための表情だった。

 その態度に、傲慢なエルフが怒らないはずがない。


「下等種の分際で、調子に乗るな!? このグラキエル様を怒らせたのだ……ただではすまないと思え」


 グラキエルは声を荒げてシリウスを睨んでいた。


「あらやだ怖ーい。おしっこちびりそうだわん」


 それでもまあ、シリウスは余裕の態度を崩さないわけだが。


「呆れたものねぇ……戦争をしかけようとしている先遣隊が、この状況に対して何も思わない。アタクシ程の実力者が、こうしてアナタ達の前に何の前触れもなく来ると思って? 少しは頭を使った方がよろしくてよん?」


「あ? それはいったいどういう……」


「アナタ達の将軍様は、今どこで何をしてるのかしらん?」


「――っ」 


 シリウスの言葉に、そこでようやくグラキエルは気付いた。


「将軍達は、確か……お前の、抹殺をっ」


 エルフの誇る有数の実力者達は、シリウスの討伐に向かっていたはず。

 名だたる将軍達は、シリウスを殺せと命じられていたはず。


 だというのに、何故シリウスがここにいる?

 そもそもどうして、シリウスは闇にまぎれて行軍していたグラキエル達を……待ち構えることができたのだ?


「気付くのが遅いわねん。本当に、おバカさん」


 含んだような笑みに、しかしグラキエルは言葉を返すことができなかった。


「将軍様の皆さんは、全部倒しちゃったわよ? エルフって本当に可哀想……ちょっと痛めつけたら、泣き叫んで色々と教えてくれたわ。だから、アナタ達を待ち伏せすることもできたのよん」


 仮に、シリウスの言葉が本当なのだとしたら。

 もしもの話……否、それは違うとグラキエルは断じた。シリウスがこの場にいることが、シリウスの言葉が真実であることの証明に他ならない。


 シリウスは、将軍達を倒したのだ。それも、余裕で……傷一つ負うことなく。

 エルフ国の強者を、いとも簡単に退けたのである。


 ――超越者。生物としての限界を超えた人間を前に、グラキエルはとある化物を重ねてしまった。


(こいつは……あの奴隷野郎と、同じだ)


 加賀見太陽と同じだと、グラキエルは思ってしまったのだ。

 どう足掻いても勝てない。立ち向かうという行動そのものが愚か。


「逃げろ……逃げろぉおおおおおおおお!!」


 故に、グラキエルは叫んだ。

 勝てるはずなどない。経緯は何であれ、今は兵を率いる身である。全滅を回避するために、グラキエルはとにかく逃げることを指示した。


「王女様に……この現状をお知らせするのだ!!」


 まったくもって、思惑通りに事が進んでいないことを。

 もっと、人間を警戒しなければならない……と、グラキエルはここに至って気付くことが出来たのである。


 しかしながら……




「逃がすと思ってるのかしらん?」




 もう、手遅れであった。


「【召喚(サモン)】――『炎龍』」


 まず召喚されたのは、かつて異世界ミーマメイスを恐怖に陥れた災厄の龍種。


「【召喚サモン】――『魔王』」


 そして、次に召喚されたのは……悪辣なる魔族の、王であった。


『『加賀見太陽殺すぅううううううううううううううう!!』』


 元気な泣き声と共に現れた二つの化物に、グラキエルは目を見張る。


「そ、んな……っ」


 美しき顔は、もう恐怖でぐちゃぐちゃになっていた――


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