41 アブリスさんご退場
「一撃だ! 一撃で、てめぇらを殺してやる!!」
アブリスは吠える。不遜な表情で一歩前に出てきたヘズを睨み、殺意をそのままに感情をぶつけていた。
「この俺を、雑魚と侮った罪……てめぇの命で償うといい!」
太陽とヘズの二人にコケにされて、アブリスは最早我慢の限界のようだった。うるさいまでに叫んでから、彼は思いっきり魔力を練り上げる。
「【太陽神の息吹】!!」
そして展開したのは、ヒュプリス家に伝わる秘伝の奥義魔法であった。
。
特殊魔法――紅焔。血のように紅き焔は、もともとヒュプリス家の祖先が太陽神ヘリオスに認められて授かった焔だと言われている。太陽神の息吹を魔法によって再現したヒュプリス家は、無類の強さを誇って種族戦争を無双したのだ。
「これで終わりだ……お前らは、死ぬ」
現れるは、紅焔でかたどられた焔の巨人。太陽神ヘリオスを模しているのか、その巨人からは凄まじいオーラを感じた。
伝説ともいえる魔法を展開したアブリスは、自身の勝利を信じて疑わない自信満々な様子で二人に向けてドヤ顔を見せている。
「っつーか、どうせてめぇらは俺に攻撃できないんだ……為す術もなく、死ぬだけなんだよ。無駄な抵抗はやめるんだな」
奴隷の首輪の効果は健在である。太陽もそうだが、ヘズもまた奴隷の首輪をつけているのだ。アールヴ王女が【エルフに攻撃するな】と命令している以上、二人は何もできない――はずである。
「煩わしい」
だが、ヘズは動じない。太陽神を前に表情を一切変えていなかった。
「……不滅の剣よ、そろそろ顔を出せ」
盲目の狂戦士がそんなことを言うや否や、その手には細く真っ直ぐな刃が姿を現す。
エルフの手によってとある場所に保管されていた、ヘズの愛剣――不滅の剣だ。
主の呼びかけに呼応して、その刀身を塵へと変えた不滅の剣は……魔力となって空間を移動して、ヘズの元で再び刀身を再構築したのだ。
神の鍛えし武具は意思を持つ。主と認めた者に尽くす神具不滅の剣は、常にヘズと共に在るのだ。
「おうおう、武器があるからなんだ!? 攻撃できないなら意味がねぇだろうがよぉ!!」
それでも危機感をまるで持たないアブリスに、ヘズは大きなため息をついて。
「貴君も戦士であるならば、言いたいことはその身でもって体現せよ。なんともまあ、ぴーちくぱーちくうるさいものだ……獣でもそこまでうるさくはない」
呆れたように口にしたのは、やはり呆れるような見下した言葉だった。その態度にとうとうアブリスはぶちぎれて、雄たけびをあげる。
「こ、殺すぅ……」
そこでようやく、彼は展開した魔法を放つのであった。
「ヘリオス、やれ」
刹那、紅焔で形作られた太陽神が息を吹く。小さな吐息は大きな炎へと変化し、紅き焔へと昇華し、全てを呑みこむ業火となってヘズと太陽を襲った。
「死ねぇえええええええええええ!!」
階位にすれば神級には及ぶ紅焔魔法。それを前にしたヘズは、ただいつも通り……腰に据えた不滅の剣に手を置くのみ。
「ふっ」
そして、微かな声と共に抜刀された不滅の剣は……
太陽神ヘリオスを、真っ二つに斬り裂くのであった。
「――――そ、んな……っ」
紅焔が散る。太陽神ヘリオスが霧散する。せっかく発動したアブリスの魔法が、たかが一閃で無効化される……否、それだけではない。魔法を放ったアブリスの胸元には、大きな裂傷が刻まれていた。
ヘズの一閃は魔法を斬り、更にはアブリスさえも斬り裂いたのである。
その事実を、しかしアブリスは受け入れることができなかった。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ! この、俺が……ヒュプリス家の当主が、負けるはずなどない! 低脳で劣等種な人間に、傷つけられるはずがっ」
血を噴き出しながらも、足掻くように喚くアブリス。ヘズはやれやれと首を振ってから、ゆっくりと剣を鞘に戻した。
「愚か」
「……ぐ、ぞぉ」
裂傷は、あまりにも深かった。アブリスはすぐに立っていられなくなり、その場に倒れ込んでしまう。そんな大貴族様であるエルフをヘズは見下して、侮蔑するように一言放つのであった。
「一撃で沈んだのは、貴君の方であったな」
「――――」
最早、返る言葉はない。アブリスは気を失ってしまったのだ。
こうして、大貴族ヒュプリス家当主との戦いは終わる。
ふたを開けてみれば、なんてこともない。ヘズの圧勝であった。
「へ、ヘズさん? あの、ちょっと理解できない点が幾つかあるんですけど」
勝負の行く末を後ろで見守っていた太陽は、あまりにも圧倒的なヘズに若干引き気味である。
「ど、奴隷の首輪……してるじゃないですか。なんでエルフ攻撃できたんすか?」
ともあれ、気になる点があるのは確か。一つ目の質問は、奴隷の首輪で制限されているにも関わらずアブリスを攻撃できた理由だ。
その質問に、ヘズはこんな答えを返す。
「気合だ」
「……なるほど。分からん」
相変わらずの謎理論に理解を放棄した太陽は、即座に二つ目の質問に移行することに。
「魔法斬って、あのエルフも斬って……この技って、さっきミノタウロスを真っ二つにした【空閃】ですよね? なんか、威力あがってません?」
「さっきは素手であったからな。今は剣が手元にあった……故に威力が向上したのだ。後は気合だ」
「なるほど。分からん」
全ては気合らしい。いや、剣があったから云々はなんとなく理解できなくもないが、よくよく考えると剣に触れてない物を斬るということが理論的におかしいので、太陽は理解を放棄したのである。
「ヘズさんは強いっすね」
とりあえず、ヘズは強い。それだけを分かっていればいいと思ったのだ。
そんな称賛を受けたヘズは、だがそうでもないと首を横に振る。
「まだまだだ。貴君には遠く及ばない……あのような雑魚が斬れたところで意味などないのだ。未だ、貴君の魔法を斬れるイメージは沸かぬ。まだ何かが足りない、某の【空閃】は、未完成だ。精進せねば」
「……その俺への評価、かなり高すぎますよ」
太陽は苦笑を浮かべることしかできなかった。彼は自身をそこまで凄い人間だとは思っていない。こんなに評価されても、戸惑うばかりである。
「でも、奴隷の首輪があるのに攻撃できた件……マジで何でですか? 俺はできなかったのに、ヘズさんができたっていうことに、何か意味があると思うんですけど」
むずがゆくて話を逸らした太陽に、ヘズは身体をほぐしながら言葉を返した。
「所詮は魔法アイテム。魔力ではなく精神に干渉するため、強制力は高いようだが……こんなもの、気合でなんとかなる。某に出来たのだ。太陽殿にできないわけがない」
「ふーん。ま、そういうものなんですかね」
呑気にお喋りを交わす二人の頭からは、もうアブリス・ヒュプリスの名前など消えている。
こうして、エルフ族の大貴族様は舞台から姿を消すこととなるのだった――