40 アブリスさんご登場
「……流石にそろそろ怒っていい?」
「……甘んじて受け入れよう」
バベルの塔、最下層――永遠の監獄内にて。
加賀見太陽は泣きそうな顔で俯くヘズを睨んでいた。
「迷い過ぎじゃないですかね!? いかにも出口を知ってるそぶりみせてたくせに、ふたを開けてみれば何も分かってないじゃないですか! 本当に、戦闘以外何もできないですねっ」
「ぐうの音も出ないとはこのことか」
どれくらい時間が経っただろうか。いいかげん歩き疲れた頃合いで、太陽の我慢は限界に達したのである。
「しかも、行く先々でミノタウロス! 無駄に体力のある牛人間とばっかり戦わされるとか、どんな罰ゲームだよっ」
「まさしくその通り。あのような雑魚と戦っても修業にすらならないからな」
「誰のせいだと……はぁ。もういいっす」
想像以上にポンコツ人間だったヘズに呆れつつ、太陽はもういいと頭を振る。
「なんか疲れたなぁ……そういえば、こんなに魔法使わないで身体動かすの久しぶりかも」
疲労も少しずつではあるが、着実に蓄積している。余計な体力は使いたくなかった。
ともあれ、進まなければ出口に到着することもないわけで。とにかく進むかと、そのまま歩き続けることしばらく。
「お、これはっ」
曲がり角を曲がると、そこには一つの扉があった。不自然に設置された扉にはとても違和感を覚えてしまうも、進まないことには何も変わらない。
「とりあえず入ってみます?」
「貴君に従おう」
罠の可能性もあるが、二人は扉をくぐってみることにした。
扉の奥。そこに見えたのは……右に左にくねくねと曲がる道とは異なる、拓けた場所であった。半径数十メートルはあろう広場のような形状をしている。
「もしかして……あれが、出口だったのか?」
呆気ない出口の到着に太陽は脱力してしまう。あんなに苦労したのに……とため息をついていた。
それと同時、この空間に太陽とヘズ以外の声が響き渡った。
「おいおい、俺のこと無視してんじゃねぇよ。せっかく呼んでやったんだからよ、感謝しろ人間共」
やけに軽薄そうな声だった。声の方向に視線を向ければ、そこには燃えるような紅い髪と血のように紅い瞳を持つ男がいた。
どことなく見覚えのある男だった。
「……誰だお前は」
しかし太陽はその男の名前をまったく思い出せなかった。
「あのクソうるさかった赤髪に似てるけど……でも違うよな? お前、本当に誰なんだ? 自己紹介しろよ」
訓練場でボコボコにしたグリード・ヒュプリスにどことなく似てるが、やはり太陽はその男の名前が分からない。
「ヘズさんは知ってますか?」
「知らん。このような雑魚臭の濃い生物、仮に会っていたとしても覚えているわけもなし」
二人して好き勝手喚く人間勢二人。対する赤髪のエルフは口元をピクピクさせて二人を睨んでいた。
「下等生物がぁ……俺はアブリス・ヒュプリス! かつて、種族戦争でエルフ族を救った英雄の血を受け継ぐ大貴族だ! 覚えていろ、下等生物っ」
そう。この男、グリードの父親――アブリス・ヒュプリスである。太陽を永遠の監獄に運んだエルフだ。
「そうか、アブリスというのか。自己紹介ご苦労……俺は加賀見太陽! 将来の夢は嫁さんを五人以上迎え入れることだ、よろしくしてやろう」
「某がヘズという! 将来の夢は最強になること。もしくは強者の手によって殺されることだ……よろしくしてやらんこともない」
苛立つアブリスを煽るように、今度は人間勢二人が自己紹介を返す。天然なのか計算なのかは分からないが、とにかく二人の態度はアブリス怒らせるには十分すぎる態度だった。
「殺す! 殺してやるっ。てめぇらの見張りを任せたくれた王女様には感謝しないとなぁ……生まれたことを後悔させてやる!!」
激情のままに叫び、それからアブリスは自らの魔法を展開する。
「【紅焔!!】」
それは紅焔の魔法……ヒュプリス家のみが扱える、固有魔法である。
「てめぇらをここに呼んだのは、てめぇらを殺すためだ。ここなら魔法が使えるからな……覚悟しろ」
バベルの塔、最下層――永遠の監獄では魔法が一切使えなかった。だが、扉をくぐり抜けたこの場所はどうやら永遠の監獄ではないらしい。自由に魔法を使えるようである。
「この焔でお前らを焼き尽くしてやる」
不敵な顔で笑うアブリス。自身の勝利を信じて疑わないその顔に、太陽は憐れみさえ覚えてしまった。
「魔法が使えるとか……お前バカだろ。俺の独壇場でしかないぞ?」
魔力を練り上げ、太陽は即座に魔法を展開する。
「【火炎の矢】」
矢の形をした炎を、アブリス目がけて打ちこんだ――はずだった。
「…………あれ?」
だが、炎はあらぬ方向へ飛んで行った。アブリスの頭上を遥か高く通り過ぎていく炎を見て、太陽はぽかんと口を開ける。
「おかしいな……【火炎の矢】!」
首を傾げて、更にもう一度魔法を放った。しかし、またしても火炎の矢は明後日の方向へ飛んで行ってしまい、まるでコントロールできていなかった。
「くくっ……てめぇの方がバカだってことだな、劣等種」
そんな太陽を見て、アブリスは嘲笑を浮かべている。
「何の勝算もなく、こうしてのこのことやってくると思うか? 絶対に勝てると分かってるから、てめぇらをここに呼んだんだよ」
その言葉に同調するかのように、太陽の隣に居たヘズがおもむろにこんなことを口走った。
「太陽殿……貴君は奴隷の首輪の影響を受けているのだろう。監獄に幽閉される際、恐らく【エルフに攻撃を加えるな】と命令されているはずだ。そのせいで、あのように魔法が外れているのだろう」
奴隷の首輪――主の命令を絶対遵守させるこのアイテムのせいで、太陽の攻撃は的外れな方向に飛んで行ってしまっていたのだ。
「そこのハゲてる劣等種の言葉通りだ。王女様はしっかり命令をかけてくれたらしくてなぁ……てめぇらが脱走を試みた際、殺してもいいと許可を受けている。大人しく、死ね」
「なんだよそれ……めんどくさっ」
思わぬ事態に太陽は顔を思いっきり歪めてしまった。せっかく魔法が使えるようになったというのに、攻撃出来なくては意味がなかった。
「でも、お前に攻撃できないだけで魔法が放てないわけじゃない……だったら、こうすればいい!」
しかし太陽は簡単に諦めるほどものわかりが良くなかった。好戦的な笑顔を浮かべ、彼は再び魔法を展開する。
「【爆発】!」
次に発動したのは、太陽の十八番である爆発魔法。自身を中心に展開した爆発の魔法は、衝撃波を伴って周囲に牙を剥いた。特定の対象を狙った攻撃じゃない魔法なので、これなら奴隷の首輪の影響から逃れられると思っての魔法である。
実際、太陽の意図通り魔法は発動した。爆風は周囲を襲い、アブリスもまた爆発に巻き込むことに成功していた。
「無駄無駄ぁ……俺に火炎魔法が効くと思うなよ!」
だが、アブリスはヒュプリス家――紅焔の真の継承者なのだ。息子のグリードより熱耐性は高く、太陽の爆発魔法でも傷が与えられないのである。
「てめぇらは、俺に殺されるしかないんだよ!」
「……はぁ。本当に、めんどくさい」
嗤うアブリスに、太陽は大きく肩を落とす。力が制限されてしまってストレスがたまっていた。いっそのこと超大爆発で全てを爆発させようかとも思うが、地下だし隣にはヘズが居るしでそれも躊躇われる。
ヘズも普通の爆発程度なら剣で斬りさけるようだが、流石に太陽が本気を出してしまってはどうにもならない。難儀なこの状況に、太陽はうんざりしていたのだ。
「ふむ。では、某が相手をしてやろう」
そして、うんざりしているのは……太陽だけではなく。
「このような雑魚、相手にしている時間がもったいない。さっさと某が倒してやる」
盲目の狂戦士、ヘズが太陽に代わるかのように一歩前へ出るのだった――




