39 騎士王エリス
「あー……その個体はもう使えそうにない。残念」
純白の甲冑に身を包んだ人間――エリスは、これまた純白の鎧を纏った死体――エリスを見て、やれやれと首を振っていた。
「こ、これはどういうことだ……エリス! 貴様は、何者なんだっ」
対するアリエルとエリアルは混乱しているようだった。死んだエリスと、生きているエリス。二人のエリスを交互に見ては、目を白黒とさせている。
「この身はエリス。エリスであって、エリス以外の何者でもない」
「ふざけるな! くそ、不愉快だ……もう何でもいい。エリアル、殺すぞ!」
「ええ、姉さん。任せてっ」
煙に巻くエリスにアリエルは怒鳴り、そのまま攻撃へと移る。エルフの短気な性質に息をつくエリスは、緊張する面持ちを一瞬も見せない。
どこまでも余裕のある態度で、二人のエルフを見るばかりだった。
「でも、ここでエルフが攻めてくるってことは……あの化物がばれたってこと?」
「お喋りとは余裕だな! くらえっ」
両者には十メートルほどの距離が空いている。攻撃するには駆け寄り、肉薄しなければならない位置だ。しかし、アリエルは一切前へと動こうとしない。
代わりに、その場で剣を突き出すのみ。通常なら虚空を突くだけで終わるはずの剣戟は、だがエリアルの【空間移動魔法】によって射程を変えることが可能となる。
「死ね!!」
繰り出された剣の突きは、空間移動魔法によって切っ先が消えた。
そして切っ先が出現したのは、エリスの喉元。
「――っ」
あまりにも急な攻撃に、エリスは反応することすらできなかった。空間移動魔法によって移動した切っ先が、エリスの喉を突く。
結果、二人目のエリスもまた声を上げる間もなく死ぬこととなった。血を噴き出しながらドサリと地面に倒れ、一瞬の内に動かなくなってしまう。
「はぁ、はぁ……一体何なんだ、こいつはっ」
予想だに出来なかった事態に、アリエルは焦っていたようだ。エリスを殺した後に、送れて荒い息を吐き出している。肩は既に上下していた。
「人間を理解するなんて、無理だと思うわ……行こう姉さん。奥に部屋があるみたい。そこが、王女の寝室かも」
「そう、だな。分かった……さっさと終わらせよう」
ともあれ、二人のエリスが死んだ。邪魔はいなくなったのだからと、二人は王女様を暗殺するべく散策を再開しようとする。
「終わると思う?」
だが、またしても――
「この身は言った」「アルカナの眠りは」「邪魔させないって」「アルカナを」「殺させたりも」「させるわけない」「終わりなんて来ない」「終わるなんて思わないで」「二人には」「聞きたいことがたくさんある」
――声が、聞こえた。
それも複数……だというのに、同一の声音が重なって聞こえてきた。
「嘘、だろ……」
「姉さん、何よこれっ」
驚く二人の周囲。謁見の間に広がるのは――純白の鎧に身を包んだ、何十人ものエリスであった。
「エリス……お前は、何者なんだ!」
怒鳴るアリエルに、何十人ものエリスは小さな笑みを浮かべながら、からかうような口調で言葉を返す。
「この身はエリス」「エリスであって」「それ以外の何者でもない」「エリスが一人だけだなんて」「誰が言った?」「誰が決めつけた?」「アルカナの身を守るために」「エリスはたくさんいる」
同じ顔、同じ声、同じ抑揚で、歌うように言葉を繋げる何十人ものエリスに、二人のエルフはただただ驚愕することしかできないでいた。
「ありえない……ありえ、ない!」
「アリエルなのに、あり得ない?」「や、これは面白くない」「あの化物……加賀見太陽みたいなこと言わないで」「気持ち悪い」
一方のエリス達は、緊張感などどこにもない。彼女には命の危険がないのだ。何十人もいるのだから、誰か一人が死んだところで本当の意味で死んだことにはならない。
故に、エリスは死なない。その身を賭して、主を守る騎士王は……永遠に主を守るために、その身を幾つも用意した。
【複写創造】――エリスの持つスキルである。自分の身を魔力が尽きるまで生成できるこのスキルによって、彼女は不死といっていい力を得た。
騎士王。己の全てをもって主を守る、騎士最大の称号。主を守る為ならば、命など惜しまない。人生だろうと、何だろうと、全ては主に捧げるためにある。
まあ、死なないとはいっても痛みがないわけではない。エリスが一人死ぬたびに、エリスは死を感じる。痛みを覚える。苦しみを味わう。常人では耐えられないほどの苦痛に喘ぐことになる。
だが、エリスは騎士王である。痛みも、苦しみも、死の恐怖さえも……アルカナを守る為ならばと、エリスは全てに耐えてきたのだ。
「混乱してる?」「意味分からない?」「説明が欲しい?」「でも残念」「この身も分からない」「土系統のスキルではあるらしいけど」「全部のエリスがエリスだから」「この身でさえ分からない」
自らの力を理解しているわけではない。されど、そんなことはどうでもいいとエリスは笑う。
「アルカナを守る」「ただそれだけ」「エリスの命はアルカナのためにある」「だから許さない」「アルカナを殺そうとする二人は」「許すわけがない」
それから再び、エリスが増えた。扉から、窓から、物影から、天井から……あらゆる場所から、エリスが現れた。
「見張り役だったエリスも来たみたい」「とはいってもまだいるけど」「最大限の警戒態勢はとってるけど」「二人には」「たくさんのエリスが」「用があると言っている」
王城が静かだった理由。それは、見張りがエリスしかいなかったからである。何体ものエリスが視覚を共有し、情報を交換しあっていたのだ。そのため、アリエルとエリアルの侵入にもすぐに気付けたのである。
「くっ……勝てるわけがない! 逃げるぞ、エリアル!!」
何十……いや、百単位に及ぶエリスに二人のエルフは匙を投げた。慌てて逃げようと、二人はお互いの手を握っている。アリエルの空間移動魔法によって逃げる心づもりらしい。
「行くぞ……【空間移動】!!」
即座に魔法を展開するアリエル。そのままアルフヘイムに戻ろうとした――のだが。
「な、なにっ……魔法が!?」
使えなかった。空間移動魔法を展開しても、何も起こらなかったのである。
そんな二人を、エリスは愉快そうに見つめていた。
「ダメ」「逃がすと思う?」「空間移動魔法が」「どこでも使えるなんて」「そんな都合が良いこと」「あるわけがない」
ここは、謁見の間なのである。奥には王族の個室に繋がる通路もあるのだ。王城の中でも侵入を許してはいけない領域でもある。
だからこそ、空間移動魔法で好き勝手に侵入されては困る場所なのだ。その対策をしていないわけがない。
「アルカナは転移魔法使い」「二人と同系統の魔法使い」「だから空間移動も阻害することができる」「勉強になった?」「次からは場所を選ぶと言い」「どうして地下牢で奴隷の売買をしていのかも」「考えたら良かったのに」
地下牢のみが空間移動魔法を許可している場所なのだ。人間側もバカではない。色々と対策はうってあったのである。
「ひ、ひぃ……」
「ね、姉さんっ」
空間移動魔法によって逃げることができない。そう理解した二人は、戦うことを諦めたのか……尻もちをついて、二人で抱きしめ合っていた。
そんな二人に、たくさんのエリスはゆっくりと近づいて……
「聞きたいこと」「たくさんある」「口を開くまで」「許さない」「口を開いても」「許さないけど」
アリエルとエリアルの二人を、多数の手によって拘束するのだった。
「ところで、痛いのは好き?」
これにてエルフによる人間界の王女暗殺計画は失敗に終わる。
逆にエルフを拘束され、拷問され……情報を吐き出されることとなる。
エルフ側が人間を侮ったばっかりに、たかが二人の空間移動魔法使いで事足りると思ったばっかりに、失敗してしまうことになった。
そのことを、エルフ国の王女様はまだ知らない――