33 エルフ族最大戦力
「ぐぎゃぁあああああああ!!」「やめろぉおおおおおおおおお!!」「それは卑怯だぞぉおおおおおお!!」
ドカーン、ドカーンと爆発音が鳴り響く、一緒にエルフ学院教師の悲鳴も響き渡る。加賀見太陽の攻撃を前に何も出来ない教師陣は、こてんぱんにやられていた。
最初は数十あった人数も、今では数名に減少している。
「く……強い、わね」
「それだけが取り柄だからな。で、そろそろ諦めてくれると嬉しいんだけど」
無双する太陽を見て冷や汗を流す女エルフ――アリエルの妹であるエリアルは、必死に空間移動魔法を展開していた。太陽によって負傷した教師達を回収しているのである。
「別に何もしねぇよ。ただ、ちょっと話を聞くだけだから……いいかげん誰か一人寄越せ」
「ダメよっ。どうせあなたは容赦なんでしないでしょう? なら、最後まで足掻くわ」
戦況は太陽の予想通り長引いていた。倒した先から片っぱしにエリアルが回収するせいで人質を取ることもできない。誰か一人は情報源として連れ去ろうと考えている太陽にとって、エリアルの努力はあまり好ましいものではなかった。
「面倒だな……あらよっと。よし、これであとはお前だけになったわけだが」
軽く残りの教師達を倒して、それから太陽はエリアルに向き直る。最後の一人までしっかりと回収したエリアルは、とうとう追い詰められているようだった。
「……っ」
エリアルの背後には寝かされたエルフの教師たち。その更に後方には太陽の魔法によって傷ついたエルフの生徒たちもいる。彼ら彼女らを背にしているためか、エリアルは逃げることなく太陽を睨んでいた。
「仕方ない。お前を連れ去って、話を聞こう」
そんなエリアルを眺めてなお太陽は飄々とした態度を崩さない。勝利は自らの手にあると信じて疑わない彼は、そのまま歩みよってエリアルを掴もうとした。
――その時である。
「なんじゃ、学院の教師はもう負けてしまったのかや?」
エリアルの隣。何もないはずの空間から声が聞こえてきた。怪訝に思いながらそちらを見つめていると、おもむろに……空間が、裂けて。
「うむ、無事学院に到着したようじゃな。シルト、よくやった」
「もったいなきお言葉」
三つの人影が姿を現した。男性の中年エルフと青年エルフに、それからドレスを身にまとう妖艶な女性エルフである。
「め、目に毒だな……」
童貞にこのドレスは刺激が強すぎた。強調されるおっぱいとスリットから覗く太ももから、太陽は思わず目を逸らしてしまう。直視もできないエロさだった。
「よそ見とは余裕じゃのう、人間。妾はエルフ国王女、アールヴ・アルフヘイムである。そなたの名は、何じゃ? 申してもみよ」
ともあれ、相手は新手には違いない。太陽は煩悩をすぐさま消して、三人に意識を集中するのであった。
「加賀見太陽だ。よろしくはしないけど、一応名乗ってやる」
「偉そうじゃな。妾が言えた言葉ではないのじゃが……うむ、まあ良い。人間のそなたにエルフの妾を敬えというのもおかしな話だしのう」
「……お、おう」
太陽としては挑発したつもりだったのだが、エルフの王女を名乗るアールヴはやけに寛容であった。エルフ特有の傲慢さが見えない彼女に、思わず調子を外されてしまう。
「しかし、派手にやったものじゃ。学院の教師をこうも圧倒できるのじゃから、そなたの実力は本物なのじゃろうな。して、エリアルよ、スカルはどうしたのかや? あれは対人間のエキスパートじゃろうが」
「……スカルさんは今日も元気に研究中です」
「元気なら良い。あれはああいう奴じゃったな」
鷹揚に首肯しながら現状を分析し始めるアールヴ。太陽は他のエルフとは毛色の違う彼女に、言いしれぬ感覚を受けてしまった。
(こいつは、なんかヤバイな……警戒しとくか)
とりあえずいつでも動けるように集中力を高めておく。
「ん? ああ、すまんのう。準備万端かや? なれば、戦いを開始しようかえ」
態勢を整える太陽を見てもアールヴは余裕を崩すことなく。
ただ冷静に、状況を見据えるのであった。
「トリア、行け」
「仰せのままに」
アールヴの言葉で一歩前に出たのは、青年のエルフ。茶色のくすんだ髪の毛が印象的な青年である。見た目はひょろいというか、頼りにはならなそうな雰囲気を持っている。
しかし、彼はエルフ国王女の側近なのだ。
弱いわけが、ないのである。
「【強化魔法】」
瞬間、トリアは強化魔法を展開する。身体能力と肉体強度が向上する効果があり、魔法使いでも近接派の者は誰もが使う一般的でありふれた魔法であった。
だが、トリアの強化魔法は……普通ではなく。
「なっ」
太陽が驚愕すると同時、トリアは既に目の前にいた。十メートルほどあった距離が一瞬でなくなったのである。
「――っ」
そして今度は、いつの間にか手に持っていた槍で胸を穿たれる。勢いを乗せて放たれた突きは想像以上の力を有しており、太陽は吹き飛ばされてしまった。
「く、そ」
地面を転がりながら、太陽は悪態をつく。
今度は隙を作らず、速攻の爆発をぶちかまそうと手をかざした――その時にはまたしても、トリアが眼前にいた。
「やー」
気の抜けた声の直後、今度は腹部に槍を受ける。太陽の体は衝撃でくの字に折れるが、ここで薙ぎ払いの連撃を繰り出してきた。
流れるような動作である。肉体強化によって身体能力を向上させたトリアの動きは凄まじく、太陽はまったく反応できなかった。これこそが王女の側近たる理由なのだろうと、太陽は表情を歪める。
「速すぎんだろ……!」
あまりの速度に為す術もない。太陽はされるがままに攻撃をもらって、再び宙を舞うのであった。。
だが、その肉体に怪我は一つもなかい。地面に頭から激突しようとも、一切の傷がないのである。
「……陛下、僕では無理そうです。攻撃が効いていません」
太陽の状態を見て、トリアは無表情のままに判断を下す。
加賀見太陽の保有魔力量は高く、肉体強度は常人をはるかに凌駕する。故に、槍先が肉体を貫くことができなかったのだ。
「そのようじゃな。この加賀見太陽を倒すには神話級の武器が必要じゃのう……用意しておくかや。もう良いぞ、トリア。戻れ」
「はっ。かしこまりました」
勝てないと判断するや否や、王女はトリアを引かせた。即断ともいえる決定の早さである。
(あいつ、やっぱり他のエルフと違うっ)
今までの傲慢なエルフなら簡単に調子に乗ってくれた。だが、アールヴは違う。調子に乗らず、冷静に状況を見据えている。
今の内に、仕留めておかないと。
そう直観して、太陽は瞬時に行動に出た。
「【大爆発】!!」
トリアが下がると同時の、大規模爆発魔法。中級なので地下のミュラとゼータもどうにか耐えてくれるだろうと思って繰り出した、現状における最大出力の攻撃魔法だった。
「シルト、防ぐのじゃ」
「お任せを」
だが、ここでエルフ側も動く。アールヴに指示されて返事をしたのは、中年のエルフ。白髪混じりの眼鏡が特徴的なエルフだった。
シルトは今にも爆発魔法を発動させそうな太陽を直視して、素早く自らの魔法を展開する。
「【空間隔離】」
そして、爆音が鳴り響く。
太陽の爆発魔法が発動した、その直後だった。
「――は?」
太陽が気の抜けた声を上げる。爆発して、だが太陽の四方数メートルから先に広がらない爆発を見て、彼は戸惑ってしまったのだ。
爆風は周囲に広がらず、逆に太陽の身に注がれる。纏っていた火蜥蜴の黒衣が燃え落ち、衣服がボロボロになってしまった。
一応肉体にダメージはないが……目論見とは違ってアールヴ達を殲滅できなかったことに、太陽は目を見張る。
「なんだよ、これ……」
「これはシルトの【空間魔法】じゃ。そなたの周囲数メートルの空間を隔離して、空間の連結を外す魔法らしいのう。それで、そなたの魔法は周囲に広がらなかったというわけじゃな」
種類としてはアリエルやエリアルの空間移動魔法と同じものだろうが、効果はあまりにも違った。
(ちょっと……まずくね?)
これでは爆発の魔法が通用しない。太陽の攻撃は八割方爆発に偏っているので、この状況はあまりよろしくなかった。
次の一手が思いつかない。動きで圧倒するトリアと、魔法を防ぐシルトの組み合わせはあまりにも悪かった。
そうやって、太陽が手を出しあぐねていると。
「ふむ、なるほど。そなたの実力は把握した……これは、勝てないのう。すまないが引き分けにさせてもらうかや」
アールヴがまたしても即断して、それから太陽の反応も待たずに行動に出た。
「【眠れ】」
それは、たった一つの言葉。
されども、その言葉は……太陽の、脳内に直接響き渡った。
(なんだよ、これ……っ!?)
刹那、太陽の意識が途絶える。
抗うことのできない絶対強制の眠りに、彼はどうしようもなかったのだった。
「…………」
そうして、彼は倒れてしまう。
深い眠りについた太陽は、もう起き上がることはなかった――