32 動き出す影
「ぎにゃぁああああああああ!!」
エルフ魔法学院、太陽によって破壊された訓練場にて。
一つの悲鳴が響き渡った。
「えー……なんか強キャラ感出てたのに、呆気なくない?」
悲鳴の主――エルフが倒れ行く姿を見て、加賀見太陽は拍子抜けと言わんばかりにため息をつく。
「学院の先生なんだろ? もっと頑張れよ」
火炎の魔法一発だった。何かしかけてきたのでとりあえずファイヤーしたら、学院の先生を自称する男エルフが倒れたのである。あまりにもあっさり倒されたので太陽は呆れているようだった。
「あ、あなたが強すぎるのよ? まさか彼が相手にもならないなんて……ちょっと、困ったわね」
「ふーん。いや、まあいいけど……どうせお前らなんて相手にもならないし」
そう言って倒れた男エルフに歩み寄る太陽。奴隷の首輪関連の情報を聞き出すために確保しようとしていたのだ。
「それはダメよ、【空間移動】」
だが、気絶していた男エルフが瞬時に消えてしまう。不思議に思って顔をあげると、女エルフの手元に男エルフが移動していた。
「……お前もアリエルと同じ魔法使うのな」
「あら? アリエル姉さんを知ってるの? 私、あの人の妹なのよ……まあ、同じ魔法だとはいっても、性質は少し違うのだけれど」
戦いの場だというのに、女エルフはやけに饒舌だった。ともすれば不自然にも見えなくないその態度に太陽は眉をひそめるも、しかし何も言うことなく耳を傾ける。
「何がどう違うんだ?」
「そうね。簡単に説明するなら、距離が違うというところかしら。姉さんの空間移動魔法は長距離の移動が可能なの。代わりに連続の発動は不可能になるわ。反対に、私は短距離しか移動できないけれど、連続で発動が可能なの。だから、散り散りの生徒たちをああやって移動できたというわけね」
「ふーん。でもさ、俺を移動させた方が効率良かったんじゃないか? アリエルは俺を強制的に移動させてたぞ?」
「あれは長距離の空間移動が可能な姉さんだからやった事よ。短距離ならあなたを移動したところで意味なんてないし、それに他者の強制空間移動は消費魔力が大きいから使いどころが難しいの。お分かりかしら?」
「なるほどなぁ……で、そろそろ戦いを始めてもいいのか? 俺、先生の長話あんまり得意じゃないんだよ」
「ふふ、そうなの? 残念だわ……まあ、時間稼ぎはもういいのだけれど」
ぺちゃくちゃとお喋りしていたら、いつの間にか周囲にはたくさんのエルフが居た。どのエルフも若々しいというよりは、落ち着いた雰囲気を醸し出している。どうやらこの学院の教師が集結したらしい。
「講義に付き合ってくれてありがとう、人間君? 素直な生徒は嫌いじゃないけれど……生意気な生徒は、嫌いなの」
そうして囲まれた状態になって、太陽はやれやれと肩をすくめる。
(ゼータとミュラ、暇してないかね)
思ったより戦いは長引きそうである。学院の教師といえども大したことはなさそうなので負けることはないだろうが、それでも時間がかかるのはどうしようもなかった。
この場にはゼータとミュラもいるのである。いくら地面の下にいようとも、無差別な大規模魔法を放っては巻き込んでしまう。故に配慮しなければならず、そのせいで集結した敵を一掃することはできない。
「仕方ない……ちまちまやろう」
太陽は焦ることなく、気長に戦うことにした。負けることはないという自信を前面に押し出し、何やら魔法を放ってくるエルフを見据える。
「【爆発】」
そうして彼は、敵を吹き飛ばした。学院の教師故に耐える者もいる中で、彼は手数をかけて数を減らすよう画策する。
こうやって、一人一人着実に。エルフを仕留めていくのであった。
場所は変わり、エルフ国中央にある『バベルの塔』の最上階にて。
「陛下、ご報告があります」
エルフ国の王女であるアールヴ・アルフヘイムは、側近であるトリアから一つの報告を受けていた。
「何用じゃ? 妾の時間を削る程の事なのかや?」
「ええ、残念ながらそうなります」
トリアと呼ばれた側近の男の言葉を受けて、アールヴは難儀そうに目を閉じた。
「そうか。ならば良い。報告せよ」
深緑色の長い髪の毛、輝く金色の瞳、そして均一のとれた体。エルフの中でも突出したその美しさを持つ彼女こそ、エルフ族の王女である。
そんな彼女に、トリアは頭を下げたままにこんなことを口にした。
「人間が、ようやく攻めてきました。数は一、奴隷の首輪をつけているとのこと。場所は魔法学院。最初は闘技場で目撃されていましたが、移動したようです……恐らくは奴隷を装って侵入してきたと思われます」
「それ以外に考えられないからのう、当然じゃ。で、報告が遅くはないかや? 闘技場で逃した時点で来るべきだと思うのじゃが」
「奴隷の運搬役は何をしていたのか……後で問い詰めておきます」
「そうせよ。しかし、ふむ……なるほどのう。臆病な下等種がようやく尻尾を出したのかえ」
玉座に腰かける彼女は、鷹揚と長い足を組みかえる。身にまとうピッチリとしたドレスのスリットから垣間見える太ももは艶めかしいが、トリアは色香に惑わされることなく淡々と言葉を続けていた。
「その口ぶりだと、既に予見されていたご様子で」
「無論じゃ。あのような緩い契約で、今日まで腕の立つ人間を送り込んでこなかった方が不思議なくらいじゃよ。まったく、矮小な一族は考え方が理解できんて」
捕獲した魔物を奴隷化して、それを売買するという契約。受け渡す際は『エルフに攻撃するな』と命令するようにと言いつけてはいるが、これを破るのは簡単なことである。
「妾なら即座にスパイを送り込む……と思うのだが、まあ人間側がこちらの思惑に気付いていた可能性も捨てきれんかや? ふむ、ともあれここで動いたということは、何かしら策があってのことじゃろう。油断は禁物じゃな」
「……下等種がそこまで考えることなどできるでしょうか?」
「下等種だからこそ、じゃよ。トリア、傲慢は己を弱くする。自惚れこそが上位種である我々エルフ族の弱点とも言えるのう……あまり、失望させてくれるなよ?」
「はっ。申し訳ありませんでした」
その他大勢のエルフとは違う。王女アールヴはトリアを叱責して油断を消させた。自分の種族と、人間という種族を客観的に見たが故の正しい評価であった。
「で、敵は今何をしているのじゃ?」
「エルフ魔法学院、訓練場で学院の生徒や教師を襲っているそうです。使っている魔法は【火炎】属性。教師ですら歯が立たない強さ、とのこと」
「ほう? やはりあの種族は油断大敵じゃ……時折、突出した才を持つ者が現れる」
不快そうに呟くアールヴに、トリアは更なる質問を重ねた。
「では、いかがしましょう? このトリアが直接出ますか?」
「そなただけでは足りん。シルトと、そうじゃな……炎の使い手であれば、ヒュプリスが役立つじゃろう。あの家の当主も呼んでおけ」
「仰せのままに」
「あと、妾も行く」
そう言って、アールヴは立ちあがった。この場には彼女に逆らう者などいない。人間族のお飾り王女様とは違って、彼女はきちんと『王』をまっとうしているらしい。
「すぐに支度するのじゃ」
「はっ」
ここでようやく、エルフ族の役者が動き始める。
加賀見太陽を中心に、二種族間の関係が大きく変わり始めようとしていた――