31 戦いの火蓋
「【火炎の矢】」
初撃、おもむろに太陽が攻撃を放つ。矢を模る炎は唸りをあげて突き進み、グリードの腹部に直撃した。
「くぁっ……」
通常であれば矢によって燃え上がるはずなのだが、しかしグリードは顕在である。着用している装備品のおかげで、肉体的なダメージはあまりないようだった。
「ど、奴隷がエルフに攻撃、だとっ」
一方で、精神的なダメージという面ではかなり効いているらしかった。
それも無理はない。グリードからしてみれば、太陽の登場はあまりにも突拍子もないのだ。規格外であり、想定外でもある。
「あり得ない……エルフには逆らえないように命令されているはずだ。なのに、貴様は何故っ」
「そんなの知るかよ」
不遜な態度を貫く太陽。それが気に入らないのだろう。グリードは奥歯を噛んで太陽を睨みつけていた。
「よもや、貴様収容されている奴隷じゃないのか……ということは、もしや貴様が闘技場で暴れていた奴隷か!? 逃亡中とは聞いていたが、まさかここに来ていたとは」
「あ? 俺のこと噂になってるのかよ……」
「に、人間の分際でっ。この、格式高いエルフの学院に侵入するとは! 大方、あのゴミハーフエルフの手引きだろう!? 半端モノで裏切り者とは、許せん! 生きてる価値もないな、下賤め」
そうやってグリードが、吐き捨てるように悪態をついた直後。
「【炎柱】」
地面から炎が噴き出して、赤髪赤眼のエルフを焼いた。
「ぐぁ、ぁあ……」
空高く燃え上がる炎の中で、グリードは苦しそうに呻く。その様を眺めながら、太陽もまた表情を歪めて言葉を紡いだ。
「いいかげん、お前は……いや、お前ら不快だわ。イケメンとかそういうこと関係なく、たぶん根本的に相容れないんだろうな。分かりあえる気がしない」
「き、貴様ぁ……」
太陽の攻撃を受けて、それでも意識が途絶えていないのは、炎系統の属性主であるがための熱耐性が高いことが理由だろう。装備品の能力もあるようだが、同系統ということで若干の戦いづらさはあった。
とはいっても、そんなこと太陽にとっては些細な問題でしかないが。
「【爆発】」
瞬間、再度の爆発が訓練場を震わせた。爆風によって周囲で気絶していたエルフ達は吹き飛び、そして訓練場に張られていた障壁にもヒビが入る。この障壁が壊れると、この爆発の被害はより大きくなるだろう。
「き、緊急事態だ……先生を呼んでくる!」「意識のある奴はない奴を避難させろっ」「グリード様が足止めしている間に、急げ!」
ここでようやくその他エルフ達は危機的状況に気付いたようだ。慌て、焦り、各々が瞬時に動き出す。
「【爆発】」
それでも、太陽は容赦などしないのだが。
「【爆発】【爆発】【爆発】【爆発】【爆発】」
先程、グリードがやったことと同じことを太陽もした。幾重にも爆発魔法を展開して、赤髪のエルフを攻撃する。
とはいっても、結果はまるで違うものだった。グリードは太陽を傷つけることすらできなかったが、太陽はグリードを苦しめ……あまつさえ他のエルフも圧倒し、加えて訓練場も壊さんとしている。
周囲への配慮も、相手への気遣いも、全てをなくして太陽はグリードに敵意を向けていたのだ。
「や、やめろ……っ」
「なんで?」
爆発を受けるグリードは徐々に衰弱していった。金色のローブは最早ボロボロで、あと数撃も保ちそうにない。自身の耐久値を超えた爆発は着実にグリードへとダメージを与え続けているため、勢いのあった威勢も弱まっていた。
そんなグリードを見て……そして太陽は、容赦しなかった。
「【炎熱剣】」
「……クソ、がっ」
炎の大剣が、グリードを襲う。地面を砕き、訓練場に張られていた障壁を破り、全てを蹂躙する大火が唸りを上げて周囲を駆け巡った。
「あ、ゼータとミュラ大丈夫か……?」
あまりの攻撃に放った太陽自身もびびるほどの一撃だった。地面の中にいるであろう二人の身を案じている。
「おーい……二人と、も!?」
地面に呼びかけると、そこで突然飛び出て来た石柱が太陽の頬をかすめた。恐らくはゼータの土魔法で、危ないことをするなという警告である。ともあれ無事なようなので安堵の息をこぼし、太陽は再びグリードと向き直った。
「【火球】」
それからついでに攻撃もしかけておく。膨れ上がる火球はもう一度爆発を生み、グリードへと襲いかかった。
続けざまの連撃。慈悲や加減など一切ない。ただただ、相手を殲滅するだけの作業じみた行動だった。
「やめろ、と言っているだろうが……!!」
それでもまだ気絶してないところをみると、やはりグリードも実力者なのだと理解できる。息も絶え絶えだが、ここまで太陽の攻撃を耐えるのはなかなかできることではない。
紅焔の属性も伊達ではないのだろう。炎の上位互換なだけあって、太陽にとっても相性は良くはない。
「【炎柱】」
「ぐぁああああああ!?」
まあ、相性など太陽は気にも留めていないのだが。
「まだ戦えるのか……もう少し威力高いやつがいいのかね。けど、そしたらゼータ達にも被害出そうで怖いんだよなぁ。ほどほどの魔法を、連撃するかな」
「ま、待て! 貴様、この俺が誰だか分かっているのか!? 大貴族、ヒュプリス家の後継だぞ! ここで俺を殺せば、即ち貴様は全てのエルフに命を狙われることになるっ」
なおも痛めつけようとする太陽に、グリードは焦ったようにこんなことを言った。
「それを分かってるのか!?」
全てを敵にまわすぞ、という脅し。事実、このままいけば太陽は確実にエルフにとっての犯罪者となり、誰からも狙われるようになるだろう。
「うん、知ってるけど」
対する太陽は、グリードとは違ってどこまで淡々としていた。
「そんなの別にいいよ。もう、お前らとは分かりあえないっていうことを分かったから。仲良くする意味はないし、手加減する必要性もない」
つまり、太陽はエルフへの評価を決定したのだ。
「お前らは、敵だ」
エルフは太陽にとって理解の及ばない存在である。仲良くすることは不可能である。黙っていれば太陽の身内が傷つく可能性がある。
初めはゼータが。次はミュラが……既に二人が、被害を受けてしまった。
故に、容赦なんてするつもりはなかったのだ。
「だから、潰す」
太陽は別に、善人ではない。
聖人君子のように、時間をかければ分かりあえるなどという考えは持ち合わせていない。
敵だ。そう判断したら最後、彼は徹底的に相手の排除にかかるのだ。
かつての魔族がそうだった。人間という種族をさらい、殺していたあの種族に対して太陽は一切の容赦を見せなかった。
これこそが、加賀見太陽が恐れられる理由である。
味方でさえ恐怖するほどの冷血な振る舞いは【人間失格】の異名にふさわしく。
それでいて、人間を守るために全てを切り捨てるその態度は【人類の守護者】と称するに適していた。
「ふ、ざけるな……この、俺を! 人間の、分際でっ」
息を切らしてそんなことを叫ぶグリードに、太陽はもう目も合わせない。虫を踏み潰すかのような態度で、彼は全てを蹂躙するのであった。
「【大爆発】」
「――っ、ぁ……」
そして、グリードはとうとう力尽きた。金色のローブは燃え上がり、彼の体そのものも吹き飛ばされる。空高く舞い、遥か遠くに捨てられるかの如く落ちた彼の意識は、とうに失われていた。
否、グリードだけではない。他のエルフ一行も遠くに吹き飛ばされている。少しはなれば場所で、何人かはまだ意識がある――といったところまで見て、太陽は何かがおかしいと気付いた。
「何で、まだ意識がある奴がいるんだ……?」
不思議そうに首を傾げる太陽。全部吹き飛ばしてやるつもりだったのだが、その他エルフ達はまるで『移動』しただけのように見えなくもなくて。
「あらら、グリード君は間に合わなかったか。あんなに痛めつけられちゃって、可哀想に」
「大丈夫と思うわよ? 炎熱耐性高いみたいだし、一応生きてるじゃない。せいぜい【金獅子のローブ】が燃えちゃって、意識がなくなってるだけよ」
「あのローブ、物凄い高い記憶があるんだよねぇ……学院で弁償とかにならなければいいんだけど」
そして、おもむろに姿を現した二人のエルフに太陽は目を細めるのだった。
「……次は、お前らが相手ってことでいいのか?」
「そうだねぇ。ここまでされて黙っているのは、この学院の『先生』として見過ごすわけにはいかなくてさ」
「それにあなた、闘技場で暴れてた奴隷君でしょう? 捕まえろって命令もきてるし、後グリード君に手を出したのは不味かったわね。あれでも大貴族で、たぶん君はもう助からない。捕まったらどうなるのかしら……だから、まあそういうことなの。なんだかごめんなさいね?」
余裕を見せる二人のエルフ。男と女それぞれに、太陽は目線を送ってため息をついた。
やれやれと肩をすくめて、指の骨を鳴らすのだった。
「分かった。じゃ、軽く蹴散らして……お前らと、あとあの赤髪から情報を聞き出してやるよ」
こうして、戦いの火蓋は切って落とされた。グリードを痛めつけたことによって、もう太陽は後戻りできなくなってしまっている。エルフ族の敵として、太陽もまた認められてしまったのだ。
エルフ族VS加賀見太陽。その戦いの終着点は、いかに――