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2 強すぎて王女様は泣きわめく

 災厄級クエスト。

 数百年単位ともいえる間隔で行われる、人類の生存をかけたクエストである。


 ギルドの記録によれば、災厄級クエストが行われるたびに国が一つか二つは滅び、死傷者は最早数えきれないほど出るとのこと。


 人類が一丸とならなければ達成不可能とさえ言われているほどの、難度の高い超級クエストなのだ。


「炎龍ぶっ殺したっす。思ったより大したことなかったっすね」


 だから、最初こんなことを言われた時、この男頭おかしいんじゃねぇの? と誰もが思うのも無理のない話だった。


「これ、証拠。炎龍の皮と骨。骨は要らないのであげます。なんか頑丈そうだし、売れるんじゃね? と思います」


 だが、赤黒くゴツゴツした龍皮と太く大きい龍骨を見せられて、更にはその素材から放たれる禍々しい魔力を知覚して、嫌でも信じざるを得なくなった。


「ほ、本当に……炎龍、倒しちゃったのですか」


 この男――加賀見太陽が災厄級クエストを個人で達成したのだと、フレイヤ王国の面々は理解するのだった。


「え? 倒せって言ったの、王女様じゃないですか」


 太陽はあまりにもリアクションがなくて少し戸惑っていた。みんなぽかんとするばかりで、何も言ってくれない。彼としては、すごいねーとかよく頑張ったねーとか、そんな労いをちょっと期待していただけに拍子抜けではあった。


「あれ? 倒しちゃまずかったとか?」


「……そういうわけでは、ありませんけど」


 まずいとかそういう話ではない。むしろ死傷者ゼロで炎龍を倒してくれたことは本当にありがたい話である。一般の民にいたっては炎龍が復活したことすら知らないだろう。


 そういった意味でいえば、太陽の手柄は本当に大きい。


「……報酬、何を差し上げればいいのか分かりませんね」


 王女様は頭を悩ませる。依頼した手前何かしらを与えなければ示しがつかない。


「お言葉ですが、陛下。その……財政が」


「分かってます。ええ、分かってます。もう国に余裕がないことくらい、理解しています」


 永きに渡る魔族との戦いに一瞬で終止符を打ち、加えて災厄級クエストの打破と立て続けにこられては対応も覚束ない。


「国を……全てを、差し上げましょう」


「――へ?」


 もういっぱいっぱいなのだろうか。

 王女様は唐突に、そんなことを抜かすのであった。


 城内の面々も初耳だったのだろう。誰もがあんぐりと口を開けていた。

 中でもぽかんとしているのは、他ならぬ太陽なのだが。


「いやいや。いやいやいやいや。国なんて、無理ですって」


 彼はただハーレムを作りたいだけだ。王になればそれに近いものができるだろうが、しかし太陽が望むものとは少し違うだろう。


 強さに屈して跪くような関係では物足りない。もっと対等な、それこそ年上のお姉さんに弄ばれるようなことを、太陽はされたい。というか見下されたい。虐げて喜ぶ性的嗜好など持ち合わせていないし、むしろ虐げられたいともいえる。


「あの、無理しないでください。報酬も別にいいですから」


 とりあえずの収穫は炎龍の皮を手に入れたこと。マントにでもすれば仮に衣服が燃えても裸にはならないので、彼としては何よりのことだった。


 お金も既に使えきれないくらいもらっている。何も要らないと、太陽は言っているわけだが。


「もういいのっ。アルカナ、もう疲れたの! 王様やればいいじゃない! そうすれば全部解決なのに……ふぇえ、もう無理ぃ」


 王女様がもう限界のようだった。今まで体裁を保っていたのに、途端に幼児化している。突然の豹変に太陽はびっくりしていた。


「たいへんだ、王女様がご乱心だ!」「ケーキだ! 王女様はケーキで機嫌が直る! ケーキを持ってこいっ」「……アルカナ、ビスケットが好き」「ビスケットだぁあああ」「シェフを呼べ! すぐに作らせろっ」


 なんぞこれ。

 混沌と化した城内を太陽はぼんやりと見つめていた。あまりの惨状に口も挟めない。仕方ないので、財政の足しにでもなればと龍骨をそっと置いてから彼は帰宅することにするのだった。


 魔族の掃討と炎龍退治……には別に疲れてなかったのだが、炎龍山脈から下山するのがなかなかたいへんだった。龍皮と龍骨も意外に重かったので、思ったより体力が削られていたのである。


 今日はもう休もう。そう思って、彼は住処へと戻っていくのだった。








 フレイヤ王国、城内。

 王室にて、アルカナ・フレイヤはうなだれていた。


「先程は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」


「……気持ちは、お察しする」


 王室には現在、アルカナの他に騎士王のエリスしかいない。彼女は女性でありながら騎士号の最高位を獲得した、フレイヤ王国でも五指には入る実力者である。


 フレイヤ王族の家門、戦乙女が刻まれた純白の甲冑を身にまとうエリスは現在、自らが仕えている主を一生懸命宥めているところである。


「アルカナは頑張ってる。あんな人間を辞めたチート野郎なんて、気にしないでいい。あなたには、あなたにしかできないことがある」


「……でも、どう対応していいか分かりません。災厄級クエストを個人で達成する存在が、すぐそこにいるのですよ? あの方の怒りが少しでもこちらに向けば、王国はもう終わりです」


 人間が気まぐれなのは、王女である彼女が誰よりもよく知っている。だからこそ彼女は太陽に怯え、その慈悲に縋ることのみを求めるのだ。


「あの方を王にすれば、他国に狙われることもありません。魔物に怯えなくてもいいです。それこそが、最善だと思いますし……わたくしでは、王など務まりません」


「弱気になっちゃダメ。あいつが王になっても、善政がてきるかどうかは分からない。もしも暴君になったら、そこれそ止めようがなくなる」


 目下のところ、目の上のたんこぶが加賀見太陽である。王国は彼の扱いに困っていた。


「今のところ、民衆は彼の存在を知りません。でも、彼の存在が知れたら、きっと皆怯えてしまうでしょう。その前に、対策を打つ必要があるのです。王という立場を与えれば、民衆の不安も取り除けます」


「アルカナ。落ち着いて……あれは王の器じゃない。だって人間じゃないし」


 エリスにしてみれば、加賀見太陽という人間は人間失格のチート野郎である。炎龍を個で圧倒できる存在を同じ生物とは思いたくなかった。


「でも……でもぉ」


 アルカナが涙目でエリスの手を握ってくる。外見の割に精神がとても幼いことを知っているエリスは、その手をぎゅっと握り返した。


 大丈夫と、安心させたくて。再び慰めの言葉を続けようとしたのだが。


「……よし、決めたっ。アルカナ、決めた! 太陽様を、殺すことに決めた!」


「え」


 突拍子のない言葉に、エリスは思わず言葉を失ってしまうのだった。


「邪魔すぎっ。もうイヤ! ぺこぺこするの、アルカナ嫌い。どうせだから殺しちゃえばいいんだよ。なんだ、簡単な話じゃないっ」


「あ、アルカナ? 落ち着いて……」


「アルカナは冷静だよ? あ、そうだ。冒険者ギルドから高レベル冒険者をたくさん雇っておいて? あと、騎士団の腕ききも集めて、それからアルカナも戦いに出ます。これで勝てるもん」


「い、いや、えっと」


 無理だ。エリスはそれなりの実力者なので、太陽の化物じみた力をきちんと理解している。だが、アルカナはただの王女様なので実力をきちんと把握できてないようだった。


 あれは人間の手に負えないと、エリスはどうにか説得を試みようとする。


「……エリスは、アルカナのこと嫌い?」


「そ、そんなわけありません! この身はあなた様を守るためにあります」


「じゃあ決定! 作戦名は……そうだ、【太陽を落とせ!】にしよっと」


「あ、ちょ、別に同意したわけではっ……ふぅ。まあいいでしょう」


 だが、王女様に弱いエリスはなんだかんだで甘かった。我がままじみたその言葉を、しかし彼女は仕方ないと聞き入れてしまうのである。


「了解しました。手はずを整えます。必ずや、あのチート野郎を殺しましょう」


「うん!」


 無邪気な笑顔に、エリスは息をつく。

 彼女の可愛さだけが、エリスにとっての正義だった。その他のことはどうでもいい。勝とうが負けようが、彼女が笑っていられますように。


 エリスは、ただそのことを願うばかりであった――

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