28 ミュラ
ミュラの手引きによってエルフ魔法学院に無事潜入を果たした太陽とゼータは、とりあえず学院の案内を受けていた。
エルフ魔法学院は『研究棟』『講義棟』『訓練棟』『寄宿寮』の四つのエリアが区分されており、もっぱら太陽が知りたがっている奴隷の首輪関連の情報は『研究棟』に関連している可能性が高いと、ミュラは教えてくれた。
そうして三人は研究棟にやってきたのだが、ここで赤髪のイケメンエルフであるグリードに出くわしたのである。不本意にミュラが罵倒され、太陽は怒りかけるも結局は何もすることなく。
三人は倉庫のような、人気のない部屋の中にやってきていた。
「ふぅ……ここなら誰も来ないから、安心していいよ。普通のエルフはここみたいな汚い部屋に来ないから」
埃が舞い、無数のガラクタが散乱する室内をミュラは慣れた足取りで歩く。部屋から適当に椅子を掘り出して、太陽とゼータに渡してくれた。
「ふふん。ボク、こうやって一人になれる場所を見つけるのが上手いんだ。こんな感じの場所がまだ学院には幾つもあるんだからっ」
「……それは自慢になるのか?」
やはりというか、なんというか。
ミュラは普通のエルフではない。ハーフということもあってか、同種に差別されているようにも見えた。太陽の前では明るく振舞っているが、どこか無理をしているように感じなくもない。
潔癖症のエルフだというのに、ゴミ山に住居を構えている時点でもう明らかにおかしかった。聞いたところによると、この学院の生徒には寮などの住まうべき場所があるというのに、である。
「でもまあ、ボクに手伝えるのはこのくらいかなぁ……研究室は決まったエルフしか入れないし、ボクではどうしようもないから。そのあたりは、うん。太陽くんたちだけで、何とかするしかないかも」
「あ、ああ……そのあたりは、俺たちでどうにかする」
「うん、がんばって!」
ニッコリと笑うミュラは、見ず知らずの他人であるはずの太陽に最後まで協力的だった。軽蔑も何もない。ただただ、屈託のない笑顔を向けるのである。
「ちょっとの間だったけど、お喋りできて楽しかったです。あの、ね……うん。もしまだこの国に滞在するつもりなら、またボクのお家に来てもいいから。今度は、歓迎できるように準備しておく!」
その親身な態度に、太陽は何も感じないほど鈍感じゃない。
「なあ、ミュラ……っ」
お前、虐められてるんじゃないか?
何か悩みがあるなら、助けになるぞ?
そう、口に出そうとして――しかし、太陽は何も言えなかった。
「……ん? どうかしたの?」
首を傾げる彼女の瞳は、純粋すぎるほどの澄んでいて。
だからこそ、濁らせてしまうのは躊躇ってしまったのだ。
部外者である自分が口をはさむのは、あまりにも間違っているような。
そんな事を考えて、結局太陽は核心をつくことなく。
「どこに、行くんだ?」
「ボク? ボクはこれから訓練棟で模擬戦闘講義があるから、そっちに参加してくるよ?」
「そうか……今まで、ありがとうな」
結局はあたりさわりのないことを言うことしかできなかったのである。
その言葉に、ミュラはやはり無垢な笑顔を向けるのだった。
「うん! また会おうね、太陽くん! ゼータさんもっ」
そう言って、ミュラは部屋を出ていく。
後には、なんともいえない顔をした太陽と無表情のゼータが残るのであった。
「ご主人様、どうしますか?」
「……目的を達成するのを優先に考えるなら、研究室に行くのが一番だと思う。そこにある資料なり、もしくは研究しているエルフから直接聞くなりすれば知りたい情報は手に入るはずだ」
「エルフが素直に教えてくれるとは思いませんが」
「口がダメなら体に聞けばいい。殴れば口は緩む」
「野蛮かと。まあ、ゼータ個人の好悪で判断するなら、好ましいですが」
「……魔法人形のくせにいよいよ人間じみてきたな。できればもっとお淑やかになって欲しかったけど」
「回りくどいですね。結局、研究室には行かないつもりでしょう? どうせ、あの風変わりなエルフを放っておくことなどできないとか、言うつもりなのでしょう? ゼータには全て分かっております」
ゼータの言葉に、太陽は苦笑を返す。まったくもって、彼女の言葉通りだったのだ。
「正直、エルフは見た目が好きだけどさ……見た目しか好きになれない種族っぽい。あの傲慢さはたぶん一族共通だろ。でも、ミュラは違うと思う……あいつ個人だけは、嫌いになれなそうにない」
つまるところ、ミュラという個人を太陽は気に入ってしまったのである。見た目が細いし子供っぽいので太陽の琴線には触れないのだが、よく顔を合わせる近所の幼稚園生くらいに向ける親愛は沸いてしまったのだ。
「後を追いかけよう。ミュラがどんな一日を過ごしているのか、確認して……俺が想像しているようなことがなければ、放置する。もしくは、ミュラが個人でどうにかなる状況でも、手は出さない」
だが、太陽の予想している事態に陥っているとするならば。
「もしもミュラが傷ついているのなら、その時は暴れまわってやる。ついてきてくれるか、ゼータ?」
そう決意した太陽に、ゼータは粛々と頭を下げるのであった。
「愚問です。ゼータはご主人様の所有物ですので……どこまでも、ついていきます」
なんだかんだ言いつつも魔法人形としての責務は果たしてくれるゼータに、太陽は満足気に頷いた。
「お前、やっぱり俺のこと好きだろ」
「いえ、そんなことはまったくもってありませんが。むしろ嫌いです。大嫌いです。ご主人様と結婚しろと言われたら、恐らく自爆する程度には嫌悪しておりますので」
「はいはい、分かってる分かってる」
そうして二人は、再びフードを深くかぶって部屋の外に出た。
目指すは訓練棟。ミュラがそこで講義を受けると言っていたので、とりあえず行ってみることにしたのである。
今度はミュラにもばれないように。二人はより目立たないようこそこそと、移動するのであった。
---------------------------------
名前:ミュラ
種族:ハーフエルフ
職業:なし
属性:無属性
魔力:F(最低値)
スキル:なし
冒険者ランク:F
二つ名:【ゴミ】【ハーフエルフ】【できそこない】
---------------------------------
訓練棟、その一角にある戦闘場にてミュラはうなだれていた。理由は、これから模擬戦闘を行わなければならないからである。
(……はぁ。この時間が一番辛いかも)
彼女は戦いが苦手だ。
エルフにあるはずの魔法の才能がない上に、身体能力も高くないのだ。また、性格も臆病で温厚なタイプなので、戦闘には向いてないともいえよう。
ただでさえ不得手な戦闘訓練。しかし、彼女の憂鬱の原因は他にもある。
それは、戦闘訓練の相手が『エルフ』だということだ。
(今日も、たくさん遊ばれるのかな……)
脳裏に浮かべるは、前回の模擬戦闘の情景。
何も出来ないミュラを追いまわし、嘲笑い、なぶる同級生たちの姿である。
ミュラはハーフエルフである。完全なエルフではなく、だからこそ純血主義のエルフにとってミュラは穢れた存在だった。
上流階級のエルフは特にミュラを嫌う傾向にあり、中流下流においても露骨ではないがミュラを嫌悪している。先天的にプライドの高い一族なので、人間の血というのはそれだけで差別の対象となってしまうらしいのだ。
ミュラははっきりいってエルフが苦手である。ハーフということで誰もが彼女を虐げるのだから、それも無理はないことだった。いつもいつもいわれのない罵倒を受け、時には痛い思いをすることもしばしば。
正直なところ、彼女は学院という場所が嫌いだった。できれば来たくないのだが、国が最低三年は通うことを強制しているのでどうにもならない。嫌で嫌で仕方がない模擬戦闘があろうとも、学院を休むことは出来なかったのだ。
だから、この日もまたミュラは願う。
模擬戦闘の相手が、できるだけ温厚な相手であることを……痛い思いはしないようにと、祈っていたのだ。
しかし。
「よう、ゴミ。今日の相手はこの俺、グリード・ヒュプリス様だ。光栄に思え」
彼女の願いは、儚く散って。
「そ、んな……っ」
「ふっ。とはいっても、戦いにはならないだろうがな。前と同じ、ハンティングにしかならないだろう。せいぜい、逃げ回ると言い」
過去、何度も何度も痛めつけられた記憶が脳裏に渦巻き、ミュラは思わず泣きそうになってしまう。
グリード・ヒュプリスが相手という事実に、彼女は体を震わせるのであった――