27 エルフ魔法学院
――エルフ族、魔法学院にて。
ミュラが廊下を歩いていると、前方から複数のエルフが近づいてきた。
金色のローブを身にまとった男エルフを中心に、白や赤など色とりどりのローブを身にまとう複数の女エルフ、という一行である。
「やばっ」
慌てて顔を隠すミュラ。フードを深くかぶるも、しかしその色は学院で数少ない灰色である。その上背丈が小さいミュラは、特定しやすかったらしい。
「おい、ゴミ。何故、格式高いこの学院にまだいるのだ? 不快なのだが」
複数のエルフの内、唯一の男エルフである少年が声をかける。短髪の赤髪に、燃えるような赤い瞳のイケメンだった。中性的というよりは野生の男らしさがあり、周囲を囲う女エルフは誰もが好意を寄せているように見える。
「チッ、虫唾が走る」
ミュラの近くにいた、これまたもう一つの灰色ローブから微かな舌打ちが零れてくる。イケメン赤髪エルフには聞こえてなかったようだが、ミュラにはばっちり聞こえていた。フードの下にある顔を真っ青にして、ミュラは近くの灰色ローブに首を振っている。
その態度が、赤髪のイケメンエルフは気に食わなかったようだ。
「半端モノの分際で、この俺……大貴族『ヒュブリス』家の跡取りである、グリード・ヒュプリスを無視するとは。態度がなってないぞ、ゴミ」
嫌悪感を丸出しに、ミュラを睨んできた。周囲の女エルフもミュラを強く睨んでいる。
「あ、はは……ごめん、なさい」
対するミュラはグリードに頭を下げた。怯える小動物化のように、彼女は身を小さくする。
「ゴミめ、頭が高いぞ? その程度でよもや頭を下げたと言うつもりはないだろうな?」
しかしグリードはなおもミュラに攻撃的である。ミュラを見下ろすその瞳は氷のように冷たかった。
「え? で、も……この前は、邪魔だって蹴った、です」
震える声で、それでも精一杯の反論を魅せるミュラ。
「下賤が」
刹那、グリードはミュラの小さな体を弾き飛ばした。
「――っ!?」
近くにいた灰色ローブが、慌ててその身を受け止める。もう一方にいた灰色ローブも、ミュラの方に近寄って来た。
学院では珍しい灰色ローブが三つも集まっている。これが異様だったのか、グリードとその他女エルフ一行は気持ち悪そうな表情を浮かべた。
「雑魚とゴミの馴れ合いか……見てるだけで気分が悪くなる。顔も晒せぬ醜いエルフなど、エルフではないな。精々、内輪で楽しんでるがいい」
金のローブをこれみよがしに見せつけるかのように、グリードは裾をはためかせながら颯爽と歩き去っていく。どこまでも偉そうなグリードの態度に、三つの内の一つの灰色ローブは今にも襲いかかりそうだった。
「ちょ、だめっ……太陽くん、我慢して。ボクは、いいから。こんなの慣れてるからっ」
だが、ミュラがそれを止める。加賀見太陽が中にいる灰色ローブを掴みながら、強く訴えかけていた。
そんなミュラの説得に、太陽は不快そうな声をあげる。
「ああいうのは気に食わないんだよ……あいつ、そんなに偉いのか? 大貴族だとか何とか言ってたけど」
「そうだよ。とっても偉くて、強いんだ……関わること自体が、間違ってる。それより、早く行こう。怪しまれるといけないから」
ミュラはグリードに絡まれたことなど気にするなと言って、太陽の手をひっぱって歩き始めた。呑気に話している状況ではないので太陽は大人しくついていくも、しかしその内心は少し荒れている。
(手、震えてるじゃねぇかよ……)
ここまで怖い思いをされて、なお反抗する意思すらなく。ただただ怯えるばかりの彼女に、太陽はなんともいえない感情を抱いてしまう。
モヤモヤする。それに、納得いかない。だが、これはミュラだけの問題で、彼女が気にしないと決めている以上太陽が口を挟むことなどできなかった。
だから、グリードの件は放置するしかない。
それよりも、太陽には果たさなければならない目的があるのだから――
ミュラは言った。
曰く、【奴隷の首輪】というのは魔法アイテムであるという。しかも古代エルフの作成したアイテムで、現在における製法は確立されていないとのこと。現存する奴隷の首輪は三百個。その製法や構造などは、目下のところ学院で研究中だとか。
曰く、奴隷の首輪を外す方法は分からない。もしかしたら、奴隷の首輪などを研究している、魔法アイテム研究所なら何か情報があるかもしれないとのこと。
曰く、人間の奴隷は噂レベルでしかないが、存在の可能性は低くないという。上流階級のエルフ――貴族や金持ちなどが闘技場で見たという話を、実際にミュラも盗み聞いたことがあるらしい。それに、これまた噂でしかないが……学院でも目撃情報があるとのこと。なんでも、人間に関わる研究が行われているのではないかと周りでは言われているのだとか。
曰く、『エルフ魔法学院』とはエルフの叡智が詰まっている場所だ。一定の年齢になれば強制的に入学させられ、三年以上通えばいつでも卒業は可能。ただし制限はなく、ずっと学院で研究をしているエルフもいるのだとか。
「太陽くん達の状況は、なんとなく分かったよ。ボクには考えられない世界の話だね……でも、ここで出会ったのは何かの縁だし。ちょっとくらいなら、協力してもいいよ?」
奴隷の首輪を外す方法。人間の奴隷がいるかもしれないとのこと。これらを調べたいという太陽の申し出を、ミュラは快く了承してくれた。
都合が良いくらいに協力的な態度である。太陽が不思議に思って理由を問いかけると、こんな答えが返って来た。
「ボク、ハーフエルフだから……半分は人間で、純潔のエルフほど人間が嫌いじゃないんだ。むしろ、お父さんと同じ感覚がして……ちょっと懐かしい。それに、こうやって目を見て話してくれるし、ボクを見下したりもしない。正直、ボクは同族より太陽くんの方が好きだよ」
好き。初めて女の子に好きと言われたのだが、これが恋愛でないことは童貞の太陽でも分かるので何とも思わなかった。そうかと頷いて、まあ協力的ならいいかと頷く。
ハーフエルフだとか、目を見て云々だとか、少しヘビーな子なのかなぁと他人事に思うだけであった。
「……イヤらしい。ゼータはご主人様のこと嫌いです」
「知ってる。本当は俺のこと大好きなのも、理解してる」
「死ね」
「はいはい、いつか死んであげるから。今は大人しくしてろ」
しかし何故ゼータは先程から機嫌が悪いのか。あからさまな嫌いアピールを太陽は聞き流して。
「……なんか、学院に潜入する方が近道っぽい気がする。研究所だとかで調べることができたら良さそうだよな」
今後の方針を固めてから、ミュラに一つのお願いをするのだった。
「俺とゼータが学院に潜入できるよう、頼めないか? まあ、無理なら別の手を考えるんだけど」
「うん、いいよ」
すると、ミュラは思いのほかあっさり了承してくれた。
「潜入はたぶん簡単だよ? あそこ、人の出入り激しいから個人を認識される心配はないし……あと、顔はフードで隠せば問題ない。更に灰色のローブを着ておけばみんな近づかなくなるよ」
「それは助かる。でも、本当に大丈夫なのか?」
「うん。だって、灰色は最低ランクの象徴で、高潔なエルフ様からすれば汚らわしい老廃物だから。誰も気にかけないし、気にかけたところで気持ち悪いと思われるだけだよ……まあ、ボクはたまに絡まれることもあるけど、それは事故みたいなものだし」
そう言って、ミュラは自前の灰色ローブを貸してくれた。これで学院に潜入できるとの言葉に、太陽はやるだけやってみるかとローブを受け取る。
「よし、学院に行くか!」
と、いうことで。
奴隷の首輪やら人間の奴隷を調べるために、太陽とゼータはミュラと一緒に学院に向かったのである。




