26 男? 女?
勝負は一瞬で決着した。
「ふぐっ」
ボロボロのローブをまとうハーフエルフは、ゼータのカウンターを腹部にもらってうめき声をあげる。呆気なく倒れてしまった。
「つ、強い……流石はゼータ型魔法人形。ボクではまだ、勝ち目なんてないか」
苦笑するハーフエルフは何やら頷いて、そのまま意識を手放そうとしている。勝手に襲いかかってきて、勝手に眠ろうとするその態度に太陽は少しだけイラっときた。
「寝るな」
少し乱暴な態度で頭を掴み、無理やりに目を合わせる太陽。灰色の髪の毛と白濁色の瞳も相まって、このハーフエルフはどこか不健康そうな印象を受けた。
「ここはどこだ? お前は何だ? どうしてここにいて、いかなる理由で襲いかかってきた? 答えによっては殴る」
そんなハーフエルフに太陽は容赦しない。グラキエルやアリエルの件があって、エルフに対する懸念が強くなっているのだ。
半ば脅すような声に、そのハーフエルフは目をぱちくりと見開く。
「え、えっと……あなたも魔法人形? あれ、でも話せる魔法人形はゼータ型だけだし、ゼータ型はどれも美しい外見をしてるって話なのに……」
「悪かったな、美しくなくて。いいから俺の質問に答えろ」
言外にイケメンじゃないと言われて太陽の視線は険しくなる。自覚はしていたが、やはり他人に言われるとそれはそれでむかつくらしい。
「ひゃ、ひゃぃっ」
険のある態度にハーフエルフは委縮してしまったのか、震える声で慌てて太陽の質問に応えた。
「ここは魔法アイテムの廃棄場で、ボクはミュラで、ここに居る理由は住んでるからで、襲った理由は力試しで、殴られるのはちょっと苦手です……」
怯えた様子のハーフエルフである。アリエルやグラキエルとはまるで違うその態度に傲慢さは感じられなかった。
「……その、もしかして廃棄された魔法人形ではないのかな? だったら、ごめんなさい。勘違いしてました」
状況から自らの過ちを察したのか、素直に頭を下げてくる始末。ここまでされては太陽も怒ることはできなかった。
(こいつ、闘技場のエルフとは違うな……)
頭を押さえていた手を離して、太陽は一つ息をつく。
「いや、こっちこそごめん。ちょっと気が立ってたかもしれない……一応、ゼータは魔法人形だが、俺は人間だ。加賀見太陽という。ゼータは俺の所有物だから、別に廃棄されているわけじゃないんだ」
ハーフエルフ――ミュラも状況が分かっていないのだろう。困惑の色を瞳に浮かべていたので、太陽からも少し説明を入れた。
そうすれば、眼を大きく見開いて。
「人間なんて、珍しいかも。外の世界の生物なんて、初めてだよ」
今度はそう言いながら太陽の方をマジマジと観察し始めた。
「その首輪って奴隷の証だよね? えっと、噂には聞いたことあるけど本当にいたんだ……初めて見たよ」
ミュラはぶつぶつと独り言を呟きながら、自らの世界に入りこんでいるようだ。独り言の多いタイプらしい。
「なあ……ミュラ、だったか? この首輪とか、人間の奴隷について知ってることがあるなら、是非教えてほしいんだけど」
何か知っている。独り言からそう直感した太陽は、すかさずミュラに問いかけた。エルフの国に来てまともな情報を得ていなかったので、ミュラに色々と話を聞こうとしたのである。
「あ、うん……太陽くん、でいいよね? 話は別にいいんだけど、ここじゃちょっと落ち着かないから……ぼ、ボクの家に来ませんかっ?」
「いいのか? よろしく頼む」
断られるかとも思っていたのだが、思いのほかミュラは素直だった。いかにも怪しい太陽とゼータだというのに、何も聞かないどころか家に招待までしてくれる始末である。
罠か? と疑ってしまうくらいには、都合良く話を聞いてくれるようなのだ。
「じゃあ、行こっか! いやー、誰かとお喋りなんて久しぶりだなぁ……しかも普通に話してくれるし、ちょっと感動かも」
嬉しそうに歩き出すミュラに太陽はチラリとゼータを見る。彼にはミュラを警戒するべきか否か判断がつかなかったのだ。
だが、ゼータは太陽と目を合わしてくれない。
「イヤらしい」
「なんで!?」
それどころか言われようのない罵倒まで浴びせられてしまった。もうどうなってもいいかと、太陽は諦めて考えることを辞める。
(なるようになるだろ)
いつも通り楽観的に構えることにして、ゼータとともにミュラの後を追うことしばらく。
到着したのは、見るも無残なボロ小屋だった。
「そういえば大丈夫かな? 三人も入れたことないし……壊れたどうしよう」
独り言の自覚はないのか。ぶつぶつと呟きつつも小屋の中に入っていくミュラ。太陽は本当に大丈夫かよと内心で不安に思いながらも、大人しく中に入った。
「い、一応ボクの家です……その、古いのはどうにもならないので、我慢してくれると嬉しいかも」
あははと困った顔で笑うミュラに、太陽は気にしないからと肩をすくめた。見た目はあれだが、中はなかなか清潔に保たれていた。狭いし、家具はベッドとテーブルしかないが、三人はどうにか入れそうである。
「御馳走……なんてないので、水ならあるんだけど」
「いや、別に気を使わなくていいよ」
なんだか友達のいない人間が初めて友達を部屋に招いているかのような、そんなぎこちなさがミュラには見えた。
「そう? ごめんね? 本当は、もう少しおもてなししたかったんだけど、あんまり裕福じゃなくて……」
もじもじと体を揺らすミュラ。中性的な顔立ちのせいでどうにも性別が判断できない。
「……ちなみに、ミュラって男? それとも女?」
対応の仕方が分からないので、太陽は正直に質問してみた。
すると、ミュラは途端に涙目になってしまう。
「わ、分かんないの? 逆に聞くけど、どっちだと思うのっ?」
あ、なんか地雷踏んだ? と太陽が気付くも、既に遅し、ミュラはジッと太陽を見つめている。無言の圧力は言い逃れを許してくれそうになかった。
(どっちとか、分かんないぞこれは……うーん? 『ボク』とか言ってたし、おっぱいもないし、どっちかといえば男だよな?)
思考して、それから答えを導き出す。
「男だな」
そして次の瞬間、ミュラは前のめりになってこう言った。
「女だもん!」
ミスった。太陽は冷や汗を流すも、既にミュラはふてくされてしまっている。
「た、確かに胸は小さいよ? 女の子っぽさが足りないのも、理解してるよ? その、可愛くもないし……だからって、性別を間違われるとショックだなぁ。あ、なんか涙出てきた」
自分の胸をぺたぺたと触りながら俯くミュラは、女の子といわれれば確かに女の子だった。
「イヤらしい」
「…………」
ゼータの冷たい視線にも太陽は何も言えない。恐らく、この魔法人形は最初からミュラが女の子だと分かっていたのだろう。だから太陽がミュラに近づくたびにゴミを見るような目をしていたのだ。
「改めて、ボクはハーフエルフのミュラ……こう見えて、女の子です!」
太陽と出会って初めて、力強い言葉を放つ彼……ではなく、彼女を前に思わず狼狽してしまう。危険性はないがどこか不思議な雰囲気を醸し出す少女を、敵と判断するにはいささか難しかった。
(まだ、エルフって分からないな……)
グラキエルやアリエルのようなエルフばかりであれば、敵認定できたものを。ミュラのようなエルフがいるとならば、無暗に暴れることは躊躇われる。
(情報が足りないから、判断はもう少し後にするか)
ひとまず、敵かどうかは置いて。
太陽はまず、ミュラの話を聞いてから今後を考えることにするのであった。