23 俺よりイケメンがいなくなれば、相対的に俺が一番のイケメンになるだろ?
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名前:グラキエル
種族:エルフ
職業:剣闘士
属性:氷
魔力:A
スキル:【氷魔法適性】
冒険者ランク:S
二つ名:【氷の剣闘士】
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「人間! 我々と似た造形でありながら、その身に『美』を持たない哀れな生物! ああ、なんとも悲しいことだ……醜さは罪である。本当に、美しくない」
闘技場の中央で、ユニコーンに跨ったグラキエルは叫ぶ。それに呼応するかのようにざわめく場内は、今か今かと興奮を隠しきれないようだった。
「しかし! 人間が奏でる悲鳴のみは美しい! 我々エルフという上位種に跪き、媚びを売る姿はまさしく芸術! 下等種としての分際を弁え、へりくだる姿は……まさに至上!」
観客を煽動するかのように口上を述べ、もったいぶりながらもゆっくりと太陽の方に手を向けるグラキエル。盛り上げるための演出なのだろう。太陽はそんな様をぼんやりと眺めている。
(……今日の夕ご飯何にしよっかなぁ)
心の底からどうでもいいことを考えているようだった。
その時に、ようやく見世物が始まる。
「泣きわめけ、劣等種よ……【錬成・美しき氷の柱!】」
おもむろにグラキエルの魔法が放たれた。足元から突然飛び出て来た氷柱は、太陽上空へと弾き飛ばす。
「おー、飛んでるー」
無抵抗に上空へ投げだされる太陽。くるくると回転しながら落下する彼は、受け身も取らずに地面に激突した。常人なら全身の骨が折れているであろう衝撃だが、保有魔力量の膨大な太陽は肉体強度が高いのでダメージはなかった。
「醜い! 実に醜いぞ、人間!」
頭から落ちた太陽に、グラキエルは容赦しない。今度は両手をかざして、魔法を連続で放ってくる。
「【錬成・美しき氷の爆発!】」
今度は太陽のすぐそばに現れた氷塊が爆発した。無数の破片が太陽を襲い、その衝撃波によって再び地面を滑る。踏ん張れば特に吹き飛ばされることもないだろうに、今の彼はまったくといっていいほど無抵抗だった。
(そういえば最近野菜を食べてないな。野菜をゼータにお願いしないと……)
頭の中では本当にどうでもいいことを考えている。彼にとってこの見世物は、気にかける必要がないほどの児戯でしかない。
そもそも氷使いという時点でお察しである。火炎属性の太陽にとってグラキエルはカモでしかなかった。
しかし、無反応の太陽にグラキエルは勘違いをして、調子に乗るばかり。
「生きることを諦めたのか!? その姿は醜いな……もっと鳴くんだ! 魔物と同じように、這いつくばるといい! それなら、手加減してあげなくもないぜ?」
地面を転がる太陽を嘲笑い、グラキエルは次々と魔法を放つ。
「アハハハハハハ!! なかなか頑丈じゃないか! いいぞ、どれくらいで壊れるか試してやる!」
氷の塊に押しつぶされ、氷の槍に刺され、氷の矢に貫かれ、氷の剣で切り刻まれて……しかしそれでも原型を保つ太陽に、グラキエルは笑う。観客も笑う。会場は、一方的な蹂躙を笑う。
だから、気付かない。
ここまでされてダメージ一つない太陽が、異常であることを……愚かなエルフは、分からない。
彼ら彼女はそもそも、人間という種族をあまり知らなかったようだ。太陽が異常だとは思わず、人間には頑丈な個体もいるのだろうなという程度の浅い考えしかもっていなかったのである。
故に、エルフ達は……調子に乗ってしまった。
「【錬成・美しき氷の十字架!】」
グラキエルの魔法で、今度は十字架に磔にされる太陽。そろそろ攻撃は終わりらしく、今度は拷問じみた趣向で楽しむことにしたらしい。
「命はとらない。一応、下等種といえど条約を結んでいる立場だからな……だが、五体満足である必要も、ない!」
そう言って、グラキエルは太陽の右腕を氷漬けにした。
「【錬成・美しき氷輪華!】」
次いで、放たれるはケルベロスを粉々にした氷魔法。大輪の氷華と共に砕け散るという、見た目に反して酷く残虐な魔法だ。
これで太陽の右腕を砕こうと、グラキエルは試みているようだった
……まったくもって、無駄だということも知らずに。
「…………は?」
次の瞬間、氷の華が砕ける。
氷の欠片と共に宙に舞うはずだった太陽に右腕は……しかし顕在だった。何ともない右腕を見て、グラキエルはぽかんと口を開ける。
そんなイケメンに、太陽はようやく意識を向けて一言。
「満足か?」
欠伸交じりの言葉は、なんとも呑気に紡がれるのだった。
「なんか楽しそうだったからされるがままにしてあげたんだけど、もうそろそろいいだろ? っていうか飽きた。攻撃方法が氷の錬成魔法一辺倒とか、ワンパターンにもほどがある」
自分は炎属性の爆発一辺倒のくせに、そんなことは棚に上げてダメだしをする太陽。氷に磔のまま、上から目線で何やら言い始めた。
「もう少し工夫しろよ。どうせお前イケメンだからチヤホヤされて生きてきたんだろ? やることなすこと褒められたことしかないだろ? だからそんなに退屈なんだよ、ばーか」
煽るように、挑発するかのごとく、下等種で劣等種といわれた人間の加賀見太陽は上位種で気高く美しいと自称するエルフを罵倒する。
幼稚じみた文句にすぎなかった。イケメンを妬む童貞の嫉みでしかなかった。だが、プライドの高いエルフは――この煽りに、耐えきれなかった。
「人間の分際でぇええええええええ!!」
グラキエルは怒りに形相を歪め、我を忘れたと言わばんかりに魔法を放つ。
「【絶対凍結】!!」
神級魔法【絶対凍結】――対象の熱そのものを奪い、凍結させるという氷属性の中でも殺傷能力の高い魔法だ。この魔法を向けられたが最後、保有魔力の低い者は肉体の芯から凍結して心臓を止める。
だが、太陽の保有魔力は高く……それは即ち、魔法に対する抵抗値が高いということを意味した。
つまり、太陽に直接干渉系の魔法はほとんど通用しない。精神異常などはもちろん、毒や凍結などの状態異常系統も一切が無意味なのである。
「……おいおい、もっと頑張れよ。魔法がお得意なエルフ様は、人間一人凍らせることもできないのか? やる気足りてんのか? っつーか、お前の魔法本当に発動したのか? 本当は口だけとか、そういうオチじゃないだろうな?」
「ふ、ふざけるな! 何故効いてない……何故凍結しない! くそ! くそ! 人間風情がぁああああああ!!」
「声が大きいぞ? 優雅さが足りてないなぁ……エルフさんよぉ」
そう言って太陽は魔力を練り上げる。口元には好戦的な笑みが浮かんでいた。
「魅せてやるよ……本当の、魔法ってやつをな!」
太陽が、魔法を放つ。
「【火球】」
それは、何の変哲もない火球だった。
されども、太陽の膨大な魔力と異常なスキルによって暴走した火球は、唸りを上げる爆弾と化す。
「――――ぁ」
直後、爆音が会場を震わせた。熱波が闘技場のフィールドに広がり、落ちていた氷の破片を蒸発させる。衝撃波は観客席へと届き、多くのエルフ達がなぎ倒されていった。
一瞬で空気が変わった闘技場を一望して、太陽は何やら納得したように頷いている。
「衝撃波が弱いな……もしかして、観客席には防御壁が張られてたとか? 流石はエルフ、魔法の技術が高いことで」
感心したように呟く太陽は、もう氷の十字架に磔にされていない。先程の熱波で溶けたので、自由になっていた。
「で、イケメンも無事と……うーん、お前は多分ユニコーンに助けられた口か。機動力はペガサスにも劣らないって聞いたことあるし」
視線の先には目立った外傷の無いグラキエルがいた。まあ、外傷がないだけで炎熱で服などはボロボロになっていたが。
「お、お前、は……奴隷じゃないのか!? 我々エルフを攻撃するなど、ありえん! 奴隷は、攻撃できないはずだろう! アリエル!! お前がミスったのか!?」
怒りで形相を歪めるグラキエル。太陽はそんな彼をやれやれと眺めながら、次の魔法を放った。
「【火炎の矢】」
「ぎゃぁあああああああ!!」
グラキエルは逃げ惑う。ユニコーンは地を必死に駆けるが、爆風までは回避できないようだ。炎熱に晒されたせいで少しずつ弱ってもいるのだろう。その足取りは覚束なかった。
「よそ見すんなよ。イケメンは移り気でダメだな。これならやっぱり一途な童貞がいいだろうに、何故世の女性は理解してくれないのか……」
ゆったりとした足取りで、グラキエルとユニコーンに近づく太陽。
「や、やめろ……来るな! 俺様を誰だと思っている! エルフ国随一の剣闘士、グラキエル様だぞ!! 人間如きが、近づいていい存在ではない!」
怯えるグラキエルはなおも虚勢を張っているのだが、太陽は気にせずとことこ歩く。張りついた薄い笑みは不敵で、かけ離れた実力差にグラキエルは最早怯えてしまっているようだ。
「待て! わ、悪かった。俺様もやりすぎたことは認めよう……だから、落ち着け。話し合おうじゃないか! あ、望む物なら何でもやろう! 金でも女でも、権力でも! 俺様はエルフ国の重鎮達とパイプを持っている! 人間ごときが味わえない快楽を味あわせてやることもできる!!」
「……だから?」
「俺様に何もするな! これ以上の攻撃は、やめろ!」
ユニコーンの背にしがみつくように跨りながら、グラキエルは必死の声を上げている。そんな彼に、太陽はポツリと呟いた。
「頭が高いな。人に物を頼む態度じゃない」
どうやらプライドを折る心づもりらしい。くいくいっと指を曲げて、地面に跪くよう促していた。
「に、人間がぁ……」
プルプルと震えるグラキエル。だが、太陽は眉をひそめるのみ。
「まあ、俺としてはどっちでもいいんだけどな。頭を下げようと、下げなかろうと、関係ないし」
そして右手をかざす太陽。情け容赦は一切ないようだった。
本気だと、グラキエルは直観したのだろう。このままでは太陽に痛めつけられると、慌ててユニコーンから降りた。
「こ、この通りだ……頼む!」
次いで、深く土下座するグラキエル。エルフ国随一の剣闘士は、いよいよプライドを捨ててきた。とにかく自らの身を守ろうと、媚びへつらっている。
そんなエルフに、太陽は大きく頷いて……
「お前の気持ちは分かった。本気で俺に慈悲を求めてるのは理解できたよ……でも、ダメだな。お前は、イケメンすぎる」
「――――え? この俺様が頼んでいるのに、人間風情が何を言っているのだ……っ!!」
太陽の無慈悲な宣告に、プライドをかなぐり捨ててまで頭を下げたグラキエルは目を丸くした。
何を言っているのだと言わんばかりに、太陽を睨みつけているのだが……太陽はやはり、容赦がない。
「頭を下げたところで関係ないって言っただろ。お前はイケメンだから、俺はお前を倒さないといけない」
「な、何故だ人間! 貴様はこの俺様を、侮辱してるのか!?」
「いや、別に。ただ、あれだ……俺よりイケメンがいなくなれば、相対的に俺が一番のイケメンになるだろ? つまり、そういうことだ」
何がどういうことなんだと、聞き返す間はなく。
「イケメンなんてこの世からいなくなればいいんだよ……【炎柱】」
「――っ!? ぐ、あぁ……」
グラキエルとユニコーンは、地面から噴き上がった炎の柱に呑まれていくのだった。
「ふぅ……これでおしまいっと」
場内は、一気に静まり返る。太陽の反逆によるざわめきも、グラキエルを応援する声も、悲痛の嘆きも……全てが、消え去っていた。
「お、やっぱりエルフはすごいな。生きてる生きてる」
炎柱が消え去り、後には黒焦げのグラキエルのみが残される。衣服は焼け、髪の毛も燃えて煤けているのだが、一応は生きていた。ぴくぴくと痙攣しているのを見て、太陽はニヤリと口角を上げてこんなことを言い放つ。
「でも、その姿は美しくないなぁ」
エルフの言葉をそっくりそのまま返した太陽は、いたずらを仕掛けた子供のように楽しそうに笑うのだった。
下等種で劣等種。その上奴隷の太陽が、上位種で気高く美しいエルフのグラキエルをボコボコにした。
このことに、エルフの誰もが放心してしまっているようだった――