22 奴隷祭り
闘技場――そこは、見世物が開催される一種の娯楽場だ。ある時はエルフ同士の魔法対決、ある時は武芸大会など、年中何かしら開催されている。
エルフは美しい見た目に反して、こういった戦いが好きな一面もあった。というか、戦闘に美を感じる種族でもある。いかに美しい戦いを魅せるかが彼らの目標ともいえよう。
ただ勝つのではない。美しく、優雅に勝つ。エルフはそういった戦闘を好む習性があった。
そんなエルフだからこそ、闘技場で開催される見世物で最も人気なのは……『奴隷祭り』という、一方的な虐殺だったりする。
「さあさあ、ようこそお出でなさいました皆さま! 今日も素敵なショーをご覧あれ!」
闘技場の中央にいる人物が声をあげる。魔法によって声を増幅させているようで、闘技場全体に響くほどの大きな声だった。
「本日の奴隷祭りを彩るのは、この俺様『グラキエル』だ! 楽しんでいってくれよな!」
歓声が響く。闘技場の観客席はビッシリと埋まっていた。どうもこのグラキエル、相当の人気者なんだな――と、太陽は闘技場の端っこでぼんやりと考えていた。
まず、イケメンである。女性のように長く美しい金髪は優雅で、碧い瞳がまた美しかった。長身の痩躯、真っ白で豪奢なタキシード、そして跨っているのは純白のユニコーン。
王子様をイメージしているのだろう。実際によく似合っているし、場内の女性客も黄色い声を上げていた。ただでさえ顔が良いエルフの中でもかなりのイケメンに分類されるらしい。
「ああ、グラキエルは今日も素敵だ……そう思わないか? ゼータ型魔法人形」
近くでは、太陽達をこの場に連れてきたアリエルがそんなことを言っていた。
「そうだと思います。どっかの誰かさんと比較すると、雲泥の差です。むしろ泥に例えることすら恥ずかしいレベルかと」
「グラキエルは誰とも比較することなどできない。このエルフ国でも随一の剣闘士でな……人気はほとんどナンバーワンといっていい。ちなみに、彼は私の婚約者なんだ。どうだ、すごいだろう?」
自慢げに大きな胸を張るアリエルに、太陽はケッと舌を鳴らす。
(んだよ、処女じゃないのか……ビッチとか、こっちからお断りだ)
童貞特有の処女信仰。例にも漏れず太陽もその類の人種なので、婚約者がいた時点でアリエルへの憧れは消え失せてしまった。そしてグラキエルへの嫉妬心もグングンと増幅していく。
(イケメンで、綺麗な婚約者がいて、女子にキャーキャー言われて……なんだあいつ。むかつくな)
グラキエルは敵だ。太陽はそう判断して、強く睨むのだった。モテない男子高校生として生を終えた彼は、新たな世界でもこじらせてしまっているらしい。
「可愛い声をありがとう、子猫ちゃんたち! じゃあ、これから俺様の活躍を見ててくれ!!」
そう言ってグラキエルはアリエルの方にウィンクを飛ばす。アリエルは顔を真っ赤にしながらコクンと頷いた後、奴隷の一体であるケルベロスに向かって一つ命令を送った。
「グラキエルの元へ行け!」
『ガルルルル……』
太陽と一緒に闘技場の隅で並んでいた、三つの頭を持つ人の身ほどの大型犬が中央に向かって歩み寄る。
(そういえば、ケルベロスって奴隷の首輪三つもつけてるのか……やっぱり頭三つだからか?)
どうでも良いことを考えながら、太陽は何をするのだろうとイケメンを凝視する。
「さあさあ、見世物の始まりだ!」
そうして、闘技場の中央でグラキエルとケルベロスが相対するや否や――
「【錬成・美しき氷の矢!】」
――あまりにも一方的な虐殺が、始まった。
『ガ、ルァッァアアアアアア!!』
無駄に造形の凝った氷の矢が、ケルベロスの頭を潰す。三つの内一つがぐちゃぐちゃになって、ケルベロスは悲鳴をあげた。
「まずは頭! 三つもあるんだ、二つくらいなくなっていいだろう!」
グラキエルは続いて氷の剣を作りだし、残っている二つの頭の内一つを斬り飛ばす。溢れ出る鮮血に染まる氷剣は、赤黒い輝きを放っていた。
そして上がる、魔物のうめき声と観客の歓声。グラキエルの大げさな所作と、演出されたかのように弾ける血によって場内は盛り上がっていっているようだった。
『ギィァ……』
頭が残り一つになって、ケルベロスはたまらずと言わんばかりに逃げ出す。奴隷の首輪のせいでエルフに攻撃できないケルベロスは、逃げることしかできないのだろう。逃げ惑う姿に、観客は笑っているようだった。
「その姿は美しくないな……そろそろフィナーレと行こう!」
ユニコーンの身を叩き、ケルベロスを追うグラキエル。神獣に分類されるユニコーンは気位が高いことで有名なのだが、やはり奴隷の首輪をつけられているせいで命令を効かずにはいられないらしい。
まるで家畜のように、従順にケルベロスを追いかけるユニコーン。その背に跨るグラキエルは、ケルベロスに追いついた直後に魔法を放った。
「【錬成・美しき氷輪華!】」
上級魔法である錬製魔法によって、ケルベロスの身が氷漬けにされる。その氷が模るのは、氷の大華。
細部まで緻密に造形された氷華だった。錬製魔法事態は上級に分類されるが、この技術は神級にも及ぶだろう。
「散れ……」
グラキエルはそう言って、芝居がかった動作で指をパチンと鳴らして。
瞬間、氷の花が砕き散る――中で氷漬けにされていた、ケルベロスごと。
ケルベロスが声を上げることもなく死んでいった。空気中を漂う氷の欠片を浴びながら、グラキエルが声を上げる。
「やはり、どんなに醜い生き物でも散り際だけは美しい……そうだろう、みんな?」
会場に火をつけるかのごとく、耳を覆いたくなるほどの大歓声を引き出すグラキエルは、エルフの理想とする、美しく優雅な戦いを体現していた。一番の剣闘士といわれるのも頷けるほどの魅せ方である。
(……なんだこれは、胸糞悪いな)
ただし――グラキエルの人気は、エルフに限定された。
人間の、しかも平和な国からやってきた太陽にとってこの見世物はただの虐殺でしかなく、美しくとも面白くとも何ともなかった。
「さあ、お次は三体同時と行こうか! 前座は長いと飽きるし……テンポ良く行くとしよう!!」
続く三体の魔物たち。スレイプニル、フェンリル、キメラ……この三体も虐殺されるのだろうなと、無言で思案する太陽。
とはいっても、別に同情してるわけじゃない。魔物が殺されて可哀想だなんて思うほど、太陽は博愛主義者ではない。
(魔物って人間食べるし、別に何とも思わないけど)
実際に太陽だって数えきれないほど殺している。人間種に害をなす害獣なんていなくなればいいと思っている。
だから、彼が胸糞悪いと思っているのは、魔物が殺されていることについてではない。
「どうだ!? もっと鳴けっ。その鳴き声のみが、美しい!」
「……やっぱり、気に入らん」
虐殺を楽しむ、エルフという種族。それこそ、太陽が嫌悪していることだった。
見た目が美しいだけに、この残虐な一面が余計に残念で仕方ない。おっぱいも大きいのに、本当に残念で仕方なかった。
(もしかしたら、相容れないかもなぁ……まあ、全員が全員こんな奴らとは限らないか)
ともあれ、エルフの一面を知って太陽は落胆する。つまんないなーと思ってとりあえずアリエルの興奮した姿を横目で眺めていると、いつの間にか魔物の虐殺が終わっていたようだ。
「では、そろそろ今日のメインディッシュといこう……人間の、登場だ!!」
予想はしていたのだが、どうやら太陽も見世物の対象になるらしい。うんざりとため息を吐きながら、ふとゼータの方に視線をやった。
魔法人形は相変わらず無表情だが、いつもよりその顔は強張っているように見えなくもない。
(心配してる? まさか、ゼータがそんなこと思うわけないか)
苦笑して今度はアリエルを見る。彼女は早く行けと言わんばかりに太陽を睨んでいた。
「人間よ、早くしろ。殺しはしない……ただ、少し見世物になってもらうだけだ。人間には、価値があるからな」
(殺さないってことは、まだ何かやらされる予定か。でも人間ってだけで観客喜んでるし、結構痛めつけられるんだろうなー)
アリエルの言葉から色々と予想を立てながら、彼は闘技場の中央へと向かう。
この状況においても、やけに呑気なものだった――