208 最終決戦 その八
――加賀見太陽は、初めて弱点というものについて考えさせられていた。
「【水爆】!!」
水の爆発を、太陽は防ぐことができずに攻撃を受けてしまう。一応は火炎魔法で対処を試みたが、水魔法とは相性が悪くて上手くいかなかった。
当たり前だが、水は炎で燃えない。熱せれば蒸発させることが可能だが、今回の阿久津五郎は力が太陽より上だ。蒸発させるのも時間がかかるし、その間に攻撃を受けてしまうのである。
太陽は今まで相性の差など気にせず、持ち前の力によるゴリ押しな戦闘が得意だった。大量の保有魔力によって強化された太陽の魔法は、力押しでも十分に力を発揮していたのである。
しかし、今回の阿久津五郎に対してはこの力任せの戦法が通用しなかった。同等かそれ以上の力を阿久津が発揮しているので、相性の差が浮き彫りになっているのである。
故に――太陽は、想像以上に苦戦していた。
「くそっ……」
既に体はボロボロである。体は水の刃で切り刻まれて血が滲んでいた。水浸しの体はどこか重そうで、動きも鈍い。
戦いが始まって、太陽は打開のために高威力の魔法を何発も連発していた。そのせいで魔力を使いすぎていたのだ。魔力切れを起こしかけているのである。
あの太陽が魔力切れを起こしそうなくらい、阿久津五郎という敵は厄介だということだ。
「この程度か、クソガキ!!」
「ぐっ……」
罵倒にも返答ができないくらい、今の太陽は追い込まれている。
しかしそれでも、太陽の戦意が鈍ることはなかった。自らの劣勢にも落ち着いており、虎視眈々と勝機を狙っていた。
「はぁ、はぁ……」
荒い息を吐き出して、彼は拳を構える。
「無駄だ……無駄なんだよ! てめぇは死ぬし、てめぇの仲間は殺すし、てめぇは不幸になる!! この俺を怒らせたんだぜ? てめぇはもう苦しむことが決定してるんだよぉ……無駄な足掻きはやめろ!」
そんな太陽の心を折ろうと、阿久津は更に汚い言葉を吐き出した。
「たとえ、この場で俺を殺そうと、俺は何人もいるんだぜ!? また力をためてからてめぇを殺しに行く! 何度失敗しても、てめぇに一生まとわりついてやる!! だからさっさと諦めて、死ね!」
阿久津五郎は、【複写創造】の力を持つ個体さえいれば何度だって蘇る。彼が死ぬことはない。仮にこの場で目の前の阿久津を殺そうとも、他の阿久津をどんなに殺そうとも、結局一人を逃せばそれで終わりだ。
まさしく、太陽の世界でいうところのゴキブリと同じである。どんなに殺しても湧き出す不快な存在こそ、阿久津五郎なのだ。
しかし、そんなことを言われても――太陽の心が折れることはない。
「じゃあ、全部殺せばいいんだろ? 別に難しくないじゃん……お前程度なら、別にたいへんでもないだろうよ。雑魚は死んどけ」
本当は嘲笑するのも苦しいくらい、太陽は満身創痍だった。
しかし、ここで言い返さなければ加賀見太陽じゃない。彼は少し無理をしてでも、阿久津五郎を嘲笑う。
「く、く……クソガキぃいいいいいいいいいいい!!」
そして阿久津五郎は激昂した。
肉体だけでなく、太陽の心をも傷つけたかったみたいだが、太陽の強い心にはまるで意味がなかった。
故に、阿久津五郎は衝動のままに暴れ出す。
今度はひたすらに、加賀見太陽を傷つけることだけを考えて。
「【水の矢】!」
出現したのは、水で構成された矢。
それが何千も出現して、一斉に太陽へと射出された。
これだけ数があると、最早『点の攻撃』ではなく『面の攻撃』だった。
回避するスペースはなく、太陽はそれを察して小さく笑う。
「……理不尽だろ」
それはまさしく、今まで太陽と戦っていた者と同じ感想だった。
転生者と戦うとは、つまりそういうことである。
理不尽とも思えるような圧倒的な力に、ただ笑うことしかできなくなるのだ。
「死ねぇええええええええええ!!」
――水の矢が、雨のように降り注ぐ。
しかしその雨は、人間に風穴を開けるには十分な威力を有していた。
「っ、ぁ……」
一応、太陽は肉体強度が高いので穴が空くことはなかった。しかし矢が突き刺さってしまい、大量の血が流れることになった。
腕をクロスさせて体勢を低くしたことで急所は守れたが、それでも満身創痍の状態でこの一撃はあまりにも重い。
太陽は声を上げることもできずに、地面に倒れ込んだ。
「フハハハハ! 終わりだ……これでてめぇは、終わりだああああああ!!」
喜び、高笑いする阿久津五郎。太陽は歯を食いしばることしかできない。
倒れる太陽と、未だに無傷の阿久津五郎。
誰がこの場を見ても、戦いは決着した――と、そう思うであろう光景が広がっていた。
戦いが終わる。
阿久津五郎の勝利で、幕を閉じる。
それを阿久津五郎が確信して、太陽の四肢を切断しようとした――その時だ。
「アハハハ! そうだそうだ、この程度で倒れるとかうんこだな。そんなんだからお前は童貞なんだよ。この未経験野郎!」
――場にそぐわない、呑気な声が響き渡る。
そしてその声は……加賀見太陽と、そっくりそのまま同じ声だった。
「な、んだ……?」
阿久津五郎が慌てて声の方向に顔を向ける。
そして見えたのは――もう一人の、加賀見太陽だった。




