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1 人類の災厄級クエスト(笑)

 なんでこんな状況になってるのだろう。

 加賀見太陽はぼんやりと思う。口元には引きつった笑みが浮かんでいた。


「どうぞ、お納めくださいませ。今回の魔族討伐の報酬です」


 人間族、フレイヤ王国。王城の謁見室にて、太陽はぼんやりと佇む。

 周辺には数多くの人間が平伏していた。


 その中には、豪奢なドレスに身を纏った女性もいる。


「わたくしの我がままを聞いてくださり、深く感謝しております」


「……いえいえ、っつーかあれです。王女様まで頭下げる必要ないっていうか、そもそも立場逆じゃねーの? っていうか」


「何をおっしゃいますか。我々フレイヤ王国を……いえ、人間種をお守りくださる守護者に、無礼な態度などとれるはずもありません」


 王女アルカナ・フレイヤに始まり、武官や文官一同、それから兵士や召使まで、誰もが太陽に平伏していたのである。


 そうして差し出されたのは大量の金貨。今回受けた、『魔王討伐に向かった勇者連合を助けてほしい』という依頼の報酬らしい。


「でも、魔王には逃げられちゃったし、はっきりいうとお金はもういっぱいあるから要らないんですけど」


「な、ならば、何をお望みでしょうか? 権力ですか? ならば、すぐに国で最高の騎士号を……」


「や、言い方が悪かったですね。今回の任務は失敗ということでいいですから」


「そんな! あれだけわたくし共が苦戦していた魔族を掃討して、失敗なわけがありません。そんな戦士に何も渡さなかったというのは、我が国の恥となりましょう」


 どこまでも下からくる王女様に太陽はたじたじである。

 正直なところ、もっと普通に接してほしかった。土下座されては顔も見えない。


 黄金の髪の毛と透き通った碧眼が綺麗な、美しい王女様なのである。胸もふくよかだし、普通の男子高校生をしていた太陽にとって彼女は高嶺の花ともいえる存在だ。


 仲良くなりたい。お近づきになりたいと思っているわけだが、畏怖され恐怖されている現状では無理な話である。


「では、女ですか? 見立ての良い女を数名見つくろいましょうか? それなら、ご満足いただけますか?」


「…………女、ですか」


 女と聞いて、太陽は涎が出そうになる。

 欲しい。めっちゃ欲しい。喉から手が出るほど欲しい。特にこのミーマメイスという異世界の女性は美しいし、その上国が直々に選抜する女性ときたらもう超級に可愛いこと間違いないだろう。


 だが、それではダメなのだ。


「…………そういうのは、ちょっと」


 そういった女性たちと構築できる関係は、せいぜいが主従関係だろう。太陽はイチャラブが大好きな童貞である。まだ女性に夢見る17歳なので、せめて自分の意思がある女性と素敵な関係になることを夢見ていた。


 なんともめんどくさい童貞である。


「そう、ですか……つまり、男が良いと?」


「んなわけあるか! ホモじゃねーよ」


 少し天然な発言をする王女様に、思わずツッコム。その瞬間、城内の空気が変わった。


「王女様を守れ!」「急げ、命を賭して守るのだ!」「嗚呼、【炎神】よ……どうか、どうかお許しをっ」「助けて」「殺さないでっ」


 我先にと王女様をかばうように、多くの人間が太陽を囲む。皆必死の形相をしており、中には泣いてる者までいた。


「……どうしてこうなった」


 その状況に太陽は嘆く。彼は普通に良識ある人間なので、王女様がボケた程度で殺すことなどしない。せいぜいツッコミを入れただけなのだが。


「こ、この国は終わりです。皆さん、ごめんなさい……わたくしの愚かさが、終焉の要因です。どうか、どうか国民だけは、お助けくださいませ」


 青ざめた王女様が再び前に出て頭を下げてきた。五体投地の格好はそれふざけてんの?と言いたくなる格好なのだが、彼女本人は真面目なつもりなのでツッコムこともできない。


 最強の少年は、自らが恐れられていることにひたすら呻くことしかできなかった。


 そんな時。


「たいへんです! 炎龍が……炎龍が、現れました!」


 城内に一人の兵士が走り込んできた。伝令係なのだろうか。相当慌てているようで、全身が汗だくである。


「無礼者! 【人類の守護者】を前に、頭が高いぞ!」


「……はっ!! し、失礼をお許しください! この命を取るのは、せめて伝令をお伝えした後に、どうかっ」


「…………はいはい、許す。許すから、早く報告して」


 慣れた反応にこめかみを押さえながら、何やら慌てている伝令係に報告を促す。そうすれば、兵士は平伏したままに声を上げるのであった。


「北の炎龍山脈にて、炎龍の封印が解けたと冒険者ギルドより報告がありました! 現在、高レベル冒険者で炎龍を足止めしていますっ。至急、国からも応援を願うとのことっ」


 炎龍――その単語を耳にして、太陽は記憶から一つの情報を思い出す。


「確か、災厄級クエストだっけ? その中の一つに、炎龍の討伐があったような……」


「はい、その通りでございます。人類の生存を試す、世界の災厄級クエスト……まさか今、出現するとは思ってもいませんでした」


 太陽の言葉を補足するように、王女様が呟く。城内には途端に重い空気が流れ、太陽が思わず帰りたくなってしまった。


 だが、それを王女様は許さない。


「太陽様! 一つ、依頼を出してもよろしいでしょうか?」


「……だいたい察してるけど、一応言葉にしてください」


「炎龍の討伐、お願いできますでしょうか?」


 災厄級クエストの達成。それを、個に依頼するという無謀。傍から聞けば鼻で笑ってしまうのだが、しかしこの場において誰も笑うようなことはしなかった。


 誰もが、理解しているのである。

 この、人間を辞めた男なら……人間失格のチート野郎なら、いとも容易く達成できることを。


「はいはい、やればいいんでしょ。やれば」


 その依頼を……人類の命運がかかったクエストを、太陽は呑気に受けた。

 緊張感などまるでない。お使いを頼まれた子どものような態度で、彼はめんどくさそうではありながらもしぶしぶ了承する。


「じゃ、適当に討伐してきますから、転移魔法かけてください」


 その言葉に、王女様はとうとう泣きだしてしまうのだった。


「嗚呼……太陽様! 本当に、本当に、感謝の言葉もありませんっ」


「あ、そういうのいいですから。そろそろダラダラしたいので、ちゃっちゃとお願いしゃす」


「はいっ……ご武運を!」


 そうして太陽は、王女様の転移魔法によって炎龍山脈に向かった。


「なんでみんなあんなに怯えるんだろう?」


 しかし、彼の頭は炎龍ではなく、周囲の態度のことのみを考えていた。

 彼にとって、炎龍退治とはさほど大したことではなかったのである――







---------------------------------

名前:炎龍

種族:龍

属性:火

魔力:S

スキル:【火炎魔法適性】【火炎耐性】【火炎魔法威力向上】

魔法:【灼熱吐息ファイヤ・ブレス

討伐ランク:SS

二つ名:【人類の災厄級クエスト】

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 眠りについてから数百年。永き眠りから覚めた炎龍は、お腹が空いていた。


――食べたい。人間を、腹いっぱい食べたい。


 炎龍山脈。火山口から地表に姿を現した炎龍は、ふらつく体で人里に下りようとする。寝起き故にまだ体が存分に動かせなかったが、軽く飛ぶくらいはできるだろうと翼を広げた。


 しかし、そこで邪魔が入る。


――人間?


 複数の人間が、炎龍に向かって魔法を放っているのが見えた。炎龍にとっては脆弱な魔法。ダメージこそないが動きが阻害されてしょうがない。


――仕方ない。覚醒するまで、暫し待つか。


 一時間もかからずに体が動くようになるはず。その時、手始めにこの辺の人間を食べてから人里に下りればいいだろうと、炎龍はのんびり構えていた。


 そうして、そろそろいいかなという頃合いで。


「あ、炎龍発見。思ったよりでかいな」


 一人の人間が、姿を現した。


――何だ? この人間は。


 黒髪黒目ののっぺりした人間である。体を赤黒いローブで覆ったその男に、炎龍は酷い苛立ちを覚えた。


――気に食わん。


 なんだか無性に腹が立った。炎龍を前に緊張もせず、恐怖もしない食料ごときがと、プライドを刺激されて怒りを覚える。


――死ね!


 故に、この時になってようやく炎龍は動き出すのだった。


灼熱吐息ファイヤ・ブレス


 あらゆる物質を溶かしつくす、炎龍の吐息。地面の石が溶岩化するほどの高熱は、人間の骨まで溶かしつくす。


 さあ、これで死んだだろうと、炎龍は満足気に鼻を鳴らすが。


「……え? 何それ? 嘘だろ、お前炎龍だろ!? 炎の王者的存在だろ! もっと頑張れよ、そんなブレスで満足すんなよ!」


 炎が晴れて、しかし人間は消えていなかった。骨どころか服まで残っている始末に、炎龍は目を見開く。


――人間がぁ!!


 炎龍は知能が高い。人間の言葉を話せはしないが、聞くことはできる。故に、彼の侮辱はしっかり理解していた。


 挑発されているように感じて、炎龍は更に勢いよく灼熱の炎を吐息ブレスする。


――死ね、死ね、死ね!!


 殺意を滲ませて、ひたすらに。

 人間の男を、燃やしつくすことのみを考えて。


 だが、やはり……人間の男は、健在だった。

 それどころか、炎を浴びながら言葉を発する余裕もあるようである。


「せめて火蜥蜴サラマンダーの黒衣くらい燃やしてみせろよ!」


 己の服を指し示しながら、何やら熱く叫んでいる。


「もっと頑張れよ! お前ならできるよ! 諦めんなよ……諦めんなよお前! どうしてそこでやめるんだ! やれる! 気持ちだ! 気持ちの問題なんだ! 頑張れ、頑張れ、頑張れ! お前ならできる! 絶対できる 熱くなれよ! もっと、もっとだ! まだ足りない! 積極的に、ポジティブに行こうぜ! そうだ、いいぞ! その調子だ! 人間って熱くなった時にホントの自分に出会えるんだ! お前人間じゃないけど、たぶん龍だって同じだろ! だからこそ、もっと熱くなれよぉおおおおおおおお!!」


 これでもかというくらいバカにしてくる人間。炎龍は全身の筋肉がはち切れそうになるくらい力み、彼を溶かさんと吐息ブレスを吐き出す。


――殺す。殺す、殺す殺す殺す殺す、殺す!!


 殺意はもう膨れようの無いくらい、膨れ上がっている。

 その時、炎龍は限界を超えた。


灼熱熱線ファイヤ・ウェイブ


 拡散していた炎龍の吐息が収束し、一本の線となって太陽を射抜く。一点に収束した熱線は吐息の比ではないほどの熱量を有していた。


――これで、死んだ。


 思わず炎龍自身が勝利を確信するほどの一撃。

 脆弱な人間如きには防ぎようのない、絶対的炎。


 これで焼け死なないわけがないと、炎龍は残虐に笑っていた。

 しかし、その笑みは一瞬で凍りつくことなる。


「よく頑張ったな。これでお前に教えることはない! 免許皆伝だ、炎龍よ」


 人間が、姿を現した。

 裸だった。炎を受けて服は燃えたようだが、しかしその身には一切の傷がなかった。


――こいつは、何だ。


 炎龍はふと、背筋に寒いものを感じた。それが恐怖だと、炎龍は気づくことができていなかった。


 今まで最強の存在だった。誰にも止められることなどできず、自由気ままに生きていた。そんな自分が、負けるわけないと――過信していた。


 だが、その不敗神話も今日この時が最後だったようで。


「じゃあな、炎龍。そこそこ頑張ったよ、お前」


 右手をかざした人間の男を見て、炎龍は恐怖み叫び声を上げるのだった。


『グルァアアアアアアアアアアアア!!』


「うるせぇよ。【炎熱剣ファイヤ・ソード】」






 その時、炎龍山脈が割れた。






――死。


 炎龍は、一瞬で焼かれて命を落とした。

 炎耐性に優れているはずの炎龍が、しかし人間の男――加賀見太陽の炎魔法には耐えきれなかったのである。


 突如として現れた火剣は炎龍を真っ二つに焼き刻む。いや、被害は炎龍だけに収まらない。山脈も砕け、亀裂を生み、更には溶岩が溢れてあたりいったいが溶岩の海になってしまっていた。


 そこはまさしく、蹂躙された場だった。

 加賀見太陽という規格外の存在にぶち壊された場所となってしまったのだ。


 こうして、炎龍は命を落とす。

 永き眠りから覚めた割には、一瞬の生であった――







「…………呆気ないな」


 炎龍を退治して、裸の太陽は大きく欠伸を零した。周囲にはもう誰もいない。太陽が来るまで炎龍を足止めしていた冒険者は、彼を見るや否や退散してしまった。


 恐らく、こうなることを予測していたのだろう。まあ裸になっているので好都合だなと思いながら太陽はマグマの海に身を投げた。


「あー……衣服どうしよう」


 火蜥蜴サラマンダーの黒衣。太陽の適当な低級魔法程度なら焼けない、耐火値の高い衣服だ。それが炎龍に焼かれたので、裸になっているというわけである。


「いい湯だなぁ……そういえば最近、お風呂に入っても熱くないんだよな。ちょうどいい感じかも」


 彼は【火炎耐性】のスキルを持っているので、熱には強い。というか保有している魔力量も膨大なので、通常のスキルではありえないほどの恩恵を受けている。彼自身の魔法で彼が焼けないのはそのためである。


「でも、衣服マジでどうしよう……このまま裸で山を降りるってわけにはいかないし」


 マグマの海を泳ぎながら、彼はぼんやりと思考する。

 そこでふと、マグマに浮かぶ何かを見つけた。


「ん? これって……」


 赤黒く、ゴツゴツしている。だが、マグマにも溶けていないし、太陽の魔法でも形を残していた。相当に火炎耐性が高いようである。


「あ、炎龍の皮か。肉と血は蒸発したみたいだけど、皮と骨は残ってるのな」


 具合を確認して、即座に正体を把握する。流石は炎龍、そこらの素材とは違ってかなり上質らしい。


「よし、これをマントみたいに纏って、街で衣服にしてもらおっと」


 とりあえず適当に焼き切ってマントにした太陽は、そのまま身にまとってマグマの海を泳いだ。


 目指すは下界。炎龍討伐の報告の為に、もう一度城へと向かうのだった――

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― 新着の感想 ―
[一言] 修造煽り酷い 修造は本気で出来ると思ってるけどこいつはそんなこと思ってないからな…
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