18 最強の奴隷野郎
「な、な、なんじゃそりゃぁああああああああああ!!」
太陽は絶叫した。
奴隷の首輪をつけたすぐ後、エリスの説明によってその効果を知った太陽は……目を大きくして、大きく声を張り上げたのだ。
「奴隷!? 俺が、奴隷だと! おいおい、ちょっと待ってくれよ……そんなことあっていのか? いいや、あってはならない!」
ふんぎぃいいいと装着した首輪を外そうと力むも、どうにもならなかった。首輪はガッチリと太陽の首にはまっている。
「そんなことあってたまるかー……ちくしょう。こんなのないだろっ。なあ、王女様! これ外す手段とかないのかっ!?」
悲惨だった。今の彼は、不遜で横柄で最強の化物などではない。自らのドジによって追い込まれてしまった、可哀想な人間だった。
「あ、ある、けど……」
王女もそんな太陽に、小さく言葉を返す。先程まで恐怖に震えていたが、少しだけ回復したらしい。まあ、こんな状態の太陽を見て怖がるわけもない。
「あるのか!? どうか、頼む……教えてくれぇ」
裸に首輪。しかも、情けない顔で涙目になっている太陽はどこからどう見ても哀れな人間でしかなかった。
王女は、太陽の問いかけにこんな言葉を返す。
「首を取れば……首輪も、取れる」
「当たり前だバカたれ! だとしたら俺死ぬんですけど!? お前の頭には何が詰まってるんだよぉおおお!」
冷静さなど微塵もない。太陽は王女に詰め寄り、襟元を掴んで彼女を揺さぶる。その表情は青ざめているようだった。
「くそぅ……くそぅ! 確かに犬になってもいいとは言ったけど、本当に犬扱いされても困るですけど! むしろ犬以下の奴隷とか、ないんですけどっ」
取り乱す太陽は王女といえど遠慮なく、彼女の頭をガクガクと揺らす。そのせいで少し王女の顔色が悪くなっていた。
「よ、酔うから……『やめて』」
「――っ」
そして、王女の言葉によって太陽の動きは止まる。襟元を掴んでいた手が離されていた。
「な、なんだこの感覚はっ。自分が、制御できない!」
太陽は己の行為に混乱を強くしている。奴隷の首輪による【絶対強制】の効果に戸惑っているようだった。
「…………」
わなわなと震える彼を見て、王女は確認するように更に一言。
「『踊って』」
瞬間、太陽は踊り出した。
「な、なんだこれは……くそ! まさか王女様のせいか? おいやめろ……やめろぉ」
裸に首輪姿の男が盆踊りを披露する。その様を眺めながら、王女とエリスは口をあんぐりと開けていた。
「エリス……どうしよう。奴隷化計画、成功しちゃったみたい」
「うん。成功っていうか……彼が墓穴を掘っただけかもしれないけど」
警戒の態勢も既に解かれている。奴隷の首輪を装着した太陽は、もう危険生物などではなかった。
「あの、太陽様……? その、ごめんなさい。『もう踊らなくていいから』」
王女の命令によって、太陽の盆踊りは終わる。彼は息を切らしながら地面に手をついていた。
「……これ、外せない?」
半ば縋るように、太陽は王女を見上げる。その目は涙目になっており、先程と態度が逆転してしまっていた。
「い、いえ。あの、外すって……どうだろう? エリス、分かる?」
「ううん。だって、普段は魔族に装着するものだし。外す方法は分からない」
首輪は外せない――その事実を知って、太陽はとうとう泣きだしてしまうのだった。
「くそっ! こうなったら俺の超大規模爆発魔法で吹き飛ばしてやる!」
「いや、やめた方がいい。それはエルフ国から流れてきた魔法アイテム。エルフは魔法の技術に長けてるから……たぶん、魔法では壊れない」
「……マジかよ。エルフとかいたのかよ。俺見たことないんだけど。可愛い子とかたくさんいるのかなぁって、そんなこと今はどうでもよくてっ」
ともあれ、どうにもならないことを知って太陽は嘆く。
「さよなら、俺の自由気ままな異世界生活。こんにちは、虐げられて苦しめられるダーク異世界生活……せめて、童貞は卒業したかった」
遠い目をする太陽に、王女は慌てたように言葉をかけた。
「べ、別に、虐げたり苦しめたりするつもりはないよっ」
「え? マジで?」
彼女の言葉に、太陽はけろっと涙を消す。
「牢獄とかに入れない? ご飯は三食食べていい? 俺が嫌がることをさせたりしない?」
「そんなこと、しない! その……仮にも王女様だし、していいことと悪いことくらい分かるっ」
フレイヤ王国の現王女であるアルカナ・フレイヤは穏健派ということで有名である。国を繁栄させようとか、もっと贅沢をしようとか、そういう欲に疎い人間で有名だ。
私利私欲に走るタイプの人間ではない。子どものように幼稚で我がままで浅はかだが、だからこその純粋さを持つ君主なのだ。人間を奴隷にして遊ぶほど、彼女の性格は悪くない。
「ただ、太陽様は制御できなかったから、扱いに困ってただけ。いざとなった時とか、太陽様が暴走したら首輪の力を使うかもしれないけど……それ以外は、普通に生活してもらっても大丈夫、かも」
奴隷化計画とはいっても所詮はその程度だ。
脅威の排除こそ、王女の計画である。首輪をつけることで脅威が制御可能になったので、それ以上望むことはなかった。
その言葉に、太陽はなんだとため息をつく。
「そうだったのかぁ……取り乱して損した。だったらいいよ、別に。っていうか、それくらいなら事前に言ってくれればいいのに。そうしたら、こんなオカマと戦わずとも普通につけたし」
「…………そ、そうなんだっ。その、ごめんなさい」
のほほんとした言葉に、王女は目を白黒とさせていた。
奴隷になって怒ると思いきや、あまりにも呆気ない太陽の態度に困惑しているようでもあった。もっと激昂することも予想していたのである。
だというのに、太陽は平然としていた。裸に首輪姿で、少し居心地が悪そうに身動ぎしている。
「や、そろそろ服が欲しいんだけど」
「……うん。どうぞ」
もう敬語もとれてしまった。太陽もめんどくさくなったようでフランクだし、王女も取り繕う意味がなくなっていた。
転移魔法によって衣服を取り出した王女は、太陽に手渡してあげる。
「ようやく衣服が着れる……」
太陽は嬉しそうにいそいそと服を着ていた。大人しい彼の態度に、王女は黙りこんでいる。
何を言うべきか分からないとでも言いたげな顔で、太陽を凝視していたのだ。先程まではあんなにも怖がっていたというのに、もう恐怖の色はない。
その様を見て、太陽ははっきりと一言告げておくのだった。
「で、こんな首輪もつけたんだから。これ以上は怖がるなよ……? そういう態度、もう飽きた」
ふてくされるような言葉は、彼の本心である。
怖がらないでくれと、ただそれだけだ。太陽はチート野郎であるものの、同じ人間である。
それを分かってほしいのだと、訴えかけたのだ。
「うん……そう、だよね」
王女は未だ混乱が収まってないようだが、一応の首肯は返している。彼女にも感じるところはあるようで、先程から目の焦点が合っていなかった。
混乱しているのかもしれない。だが、現状は……呑気なお喋りを許してくれる状況ではない。
「アルカナ。魔王のこと、命令した方がいい」
エリスが、奴隷になった太陽を指し示して王女にこんなことを助言する。
そうなのだ。今は、魔王のことを考えなければならないのである。
王女はそれを思い出したのか、慌てて呆けた表情を消すのだった。
「た、太陽様! 実は今、魔王が旧炎龍山脈付近に現れていて……至急、討伐する必要があって!」
だから行って――と、命令するよりも早く。
「何? 魔王だと? よし行く。ぶっ殺す。人類の敵は、滅ぼす」
太陽があっさりと了承したので、命令する必要もなかったのだった。
その様に、王女は驚いているようである。
「え? 行ってくれるの? 報酬とか、そういう話もしてないのに?」
「そんなの要らん。というか、早く行かせろ……俺は今、猛烈に暴れたい気分なんだ。ちょっと、己の愚かさを呪いたい気分でさ」
軽い。なんか、軽い。
今までは最強の冒険者として扱ってきた。それなりの報酬を与えなければ、怒るものだとばかり思っていた。怒らせてはならないと、過剰なまでに彼に褒美を与えようとしていた。
だが、お願いしたらただそれだけで太陽は了承してくれた。
何も要らない。早く行かせろ……と、危機感もなく言ってのけた。
「なあ、早く転移してくれ」
「あ、はい……【転移】」
言われるままに転移してあげると、太陽はすぐに消え去っていく。
後には、裸で気を失ったシリウスと、無言で空を見上げるエリス、そして俯いた王女のみが残されるのだった。
「もしかして、対応間違ってたのかなぁ。太陽様って、アルカナが思うよりも、普通なのかも?」
「……そう、かも」
二人とも、複雑な感情を抱いているようだった。
ともあれ、当面の危機――魔王の出現に対しては、加賀見太陽という最強を向かわせることが出来た。
これで【災厄級クエスト】だろうと問題はないはず。そう確信して、王女は胸をなで下ろすのだった。
「色々考えることはあるけど、とりあえず戻ろっか」
太陽が帰ってくるまで時間は少しあるはず。その間に、対応方法を考え直そうと、思いながら。
王女は、シリウスとエリスと一緒に王城に戻るのだった――




