187 相性の悪い二人
アルフヘイム住居区にある、阿久津五郎陣営にて。
そこには同じ容姿をした人間がうじゃうじゃといた。
脂ぎった顔にでっぷりと太ったその男たちは、食べ物をぐちゃぐちゃと食い荒らしている。
周辺の民家から奪った食べ物だった。住民はとっくに避難しているので盗み放題である。
腹は満たされていた。だが、満足感は一切なかった。
「肉が食いてぇ」
一人の阿久津が不満を言う。保存食と思われるパンをガツガツと食いながら。
「その辺に魔物いるだろ。あれ狩って来いよ。それよりも俺は女が食いてぇ」
もう一人の阿久津が言葉を返す。彼は民家から盗んだ女性ものの下着を吟味していた。
やりたい放題である。
「狩っても料理できるやついねぇだろ」
「それもそうだな。誰か料理できる女エルフさらってこいよ」
「さらえねぇからこうして留まってんだろうが」
「めんどくせぇ」
戦況は膠着している。
戦力としては阿久津五郎に大きく軍配が上がっているが、エルフ側が必死の抵抗をするせいで攻めあぐねていたのだ。
魔法アイテムでもある『バベルの塔』に籠もられてもいるし、シルトとかいうエルフによって張られている結界も厄介である。
阿久津五郎はエルフと戦っても負けることはない。
だが、防御に全力を注ぐエルフを相手にして、勝つこともできないでいたのである。
「ま、今の状態でエルフ捕まえても何もできねぇけどな」
「体触るくらいはできんだろ。あー、早くやりてーなー」
「……触っても余計生殺しじゃねーか。エルフの女よりも先にアイテムだな」
「あれがあれば、異世界生活楽しくなるのによぉ」
「ギャハハ! 違いねぇ」
下品な笑い声が上がる。
数にして三百くらいか。大人数が同時に発する笑い声はどこか不気味ですらあった。
もしもエルフ側が阿久津に敗北して、状態回帰を奪われてしまったらもう止められなくなるだろう。
現在は物の破壊と少数の被害でどうにか留まっているが、アイテムを奪われた場合特に女性の人的被害が爆発的に発生するはずだ。
阿久津五郎の人間性は異常である。
利己的で、典型的な快楽主義者だ。
自分さえ良ければ他はどうでもいい。
自分が一番であって当然だ。
自分こそが誰よりも優先されるべきだ。
そんな思想を持つ阿久津五郎が、力を持っているという現状こそが災厄と言っても過言ではないだろう。
そう、阿久津はいわゆる天災なのだ。
通常の生物であるエルフには対処できない現象である。
だから、阿久津五郎を何とかできるのは――同じように『天災』と呼ばれる化け物だけだ。
「【爆発】」
あまりにも唐突な出来事だった。
「――は?」
爆発が、阿久津五郎陣営を襲った。
完璧に不意を突いた爆風と炎熱は、容赦なく阿久津五郎を襲う。
爆心地に近い阿久津たちは何もすることができずに死んでいった。
「【障壁】!」
ただ、障壁という力を持つ阿久津によって爆発は防がれてしまったので、死んだのはせいぜい百数十程度の阿久津だけだった。
全体の約三割くらいだろうか。
残るは、七割……およそ二百数十ぐらいである。
「こ、この爆発は!?」
混乱する阿久津たち。
そんな彼らの前に、今しがた爆発を繰り出した化け物が姿を現す。
「そう、俺だ!」
ふざけた態度で民家の屋上に立ち上がっていたのは、阿久津五郎が誰よりも憎んでいる少年である。
名は加賀見太陽。
童貞であり、阿久津と同じ転生者であり、同種の『災厄』だ。
「てめぇ!」
「え? 何怒ってるんだよ……肉が食べたいって言ってただろ? だから、焼肉用意してやったんだよ」
丸焦げの阿久津を指差して太陽は口の端を歪める。
「脂の乗ったいいお肉だな。お前らにぴったりの」
へらへらとした笑みは、沸点の低い阿久津五郎たちを激怒させた。
「黙れ! 俺らを殺しやがって……殺す!」
「は? お前も結構殺してるんだろ? 何怒ってんの? 自分が殺すのはいいのに殺されるのはイヤなの? 舐めんな」
高いところから、阿久津を見下すように悪態をつく。
加賀見太陽という男は、どちらかといえば倫理観のある人間である。
力を持とうとも暴力はしないように心がけるし、相手の嫌なことはなるべくしないし、ましてや何の罪もない人を殺すなんてあり得ないと思っている側の人間だ。
誰よりも力を持つ彼だからこそ、自制の心も強い。
しかしそれ故に、阿久津という自分勝手な人間が嫌いでもあるのだ。
「ってか、そもそもお前のせいで俺はまだ童貞なんだよ。いい加減死んでくれ」
阿久津さえいなければ太陽は前の世界でゼータとそういう関係になっていたはずだ。
それなのに、阿久津がいたせいで太陽はこの世界に転移してしまったのである。
全ての元凶は阿久津にある。
だから太陽は、全力で阿久津を殺そうと決意していたのである。
「黙れ!! お前のせいで、俺だって不幸なんだよっ……!」
「不幸とか、お前は苦しむべき人間だからしょうがないだろ。人のせいにすんな」
根本的に合わない二人は、お互いに不快感を露にする。
同じ世界の物同士でも、やっぱり二人は分かり合える気がしなかった――
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