181 お前のためなんかじゃないんだからな
「どうして、ここに……」
倒れている刹那は、突然現れた加賀見太陽を前に目を大きくしていた。
「まぁ、成り行き? 別にお前のためなんかじゃないんだからな」
「え? 何それ気持ち悪い」
「だからお前のためなんかじゃないんだって。殴るぞイケメン」
絶望的な状況から一転、呑気な太陽を前に刹那は戸惑いを見せていた。
「……死んだはずでは? とか。なんで助けに来るんだい? とか。色々と聞きたいことはあるけど、詳しい説明は後でお願いするとしよう。とりあえず今は、あっちを倒す方が先だね」
ともあれ現状、太陽は仲間である。
それだけを把握できれば良いと、刹那は思考を切り替えた。
「君が出て来なければ、毒で殺そうかと思っていたんだけど」
「それはやめろ。俺が死ぬ」
「いや、ふと思ったんだけど。君、毒とか効くのかい?」
刹那は以前、太陽と戦ったことがある。
その時に彼の化け物っぷりは身をもって実感していた。
こんな太陽に毒など効くはずがないと、そう思っていたのである。
「……あ、そうだな、毒とかってどうなんだろう……言われてみれば確かに、毒を吐く魔物の攻撃くらっても毒にかからなかったような」
そして太陽も首をひねっていた。彼自身は理解してないが、太陽に状態異常系の魔法などは通用しにくい。
保有魔力量が高く、単純に耐久力が高いのだ。
言われてみれば確かに、刹那の毒は考慮せずとも良かっただろう。
「って、それはもうどうでもいい。とにかく、毒はやめろ。あいつらは俺がぶっ殺すから」
顔を上げれば、そこには太った男が二人いる。
ゴブリンを召喚する力を持つ阿久津五郎と、波動を放つことができる阿久津五郎だ。
「うぇー……話には聞いてたけど、本当に二人いるんだな」
「実際にはもっといるらしいけどね」
「ゴキブリかよ。駆除するの大変だな」
好き勝手言う太陽に、沸点の低い阿久津は既にぶち切れていた
「このクソガキがぁ……邪魔してんじゃねぇよ!」
阿久津は顔を真っ赤にして青筋を浮かべている。
「ちっ。フレイヤ王国の俺は何してんだよ、きちんと殺しとけよ!!」
「お? お前が殺したはずの俺が生きてること、知ってるのか?」
「うるせぇ、殺す!」
激昂する阿久津は太陽の問いには答えないが、もちろん殺したはずの太陽が現れたことは情報として把握していた。
複数いる阿久津は全て情報を共有している。別の個体のことだろうと、記憶が共有されているのだ。
故に、太陽が生き返っていることも、太陽の力を奪った自分が死んだことも、知っていた。
だが、まさかヴァナディース王国に来るとは思っていなかった。殺戮が邪魔されて、阿久津はイライラしている。
もともと阿久津は、ヴァナディース王国のめぼしい女性を捕らえるためにここへ来ていた。最初はゴブリンを召喚する阿久津だけだったのだが、思いのほか刹那たちが抵抗するので、波動の力を持つ阿久津もやって来た。
おかげで戦況は阿久津が優勢になったのだが、ここで刹那が国民を隠してしまい阿久津は当初の目的を果たせなくなっている。
美女を捕らえに来たのに、どこにもいない。それだけでもイライラしていたというのに、更に太陽に邪魔されていよいよブチ切れていたのだ。
「お前さえいなければ……俺は今頃、ハーレムを楽しんでいたはずなのに!」
阿久津は現在、この世界の太陽によって性的な行為ができない状態になっている。
そのせいで女を捕らえても何もできない。ヴァナディース王国の女性を捕らえようとしているのは、ただの自己満足である。
いつでも手を出せる、という状態にしておかないと我慢できなかった。
あまりにも自分勝手な思想だった。
仮に、この世界に太陽がいなければ、阿久津の思うがままに全て荒らされていただろう。
太陽さえいなければ、阿久津は彼の思う順風満帆な異世界生活を送れていた。
そう思っているからこそ、太陽に対する恨みは大きい。
「お前は苦しめて殺す。お前の大切にしているもの全てを、壊してやる!」
「……あー、ごめん。聞いてなかったからもう一回言ってくれない?」
対する太陽は、更に煽る。
阿久津に対しては、何故か強気だった。
「なんかあれだよな。自分より下の人間を見てると気分が落ち着く」
「君は性格悪いなぁ。ほら、もっと怒っちゃったよ?」
「許さねぇ……絶対に、殺す!!」
太陽の挑発に、阿久津はやはり耐え切れなかった。
「ゴブリン、行け!」
ゴブリンを操る方の阿久津が、周囲にうじゃうじゃと存在するゴブリンたちに命令を下す。
『ギギャァア!』
ゴブリンが一斉に襲い掛かってきた。
数は多い。だが、はっきり言うと、ゴブリンとは雑魚である。
「【火炎】」
太陽が適当に炎を撒き散らしただけで、ゴブリンは声も上げることなく絶命していく。
「……こんなのに苦戦してたのか?」
「いや、ゴブリンは対処できるよ。でもね、あと一人の方が厄介なんだ」
拍子抜けと言わんばかりの太陽に、刹那は警戒するよう促す。
「あの波動は、君でも痛いと思う」
「は? いやいや、あんなデブ野郎の攻撃なんて効くかよ」
忠告を太陽は鼻で笑う。
「死ね……【波動】!!」
その時には既に攻撃が放たれていた。
阿久津の突き出された右腕から、弧状の魔力が弾丸のように放たれる。
それは幾重にも重なる波動となって、太陽に直撃した。
「――っ」
どうせ効かないだろう、と太陽は高をくくっていたが……思いのほか、衝撃が強かった。
太陽は肉体強度が尋常ではないくらいに高いので、物理的ダメージをほとんど受けることがない。
そんな太陽が、まるで鉄パイプで殴られたような痛みを受けたのである。
「……一つに見えて、波動の攻撃は何重にも重なってる。恐らくは千単位で、ね……どんな物質も砕くような破壊力があるんだ」
これに刹那はどうしようもなかったと言っている。
彼の物質を構成する力と、真逆の力ともいえよう。相性が悪かったのだ。
「壊す、ということに特化した力だよ。あんまり舐めてかかるのは良くない」
再びの忠告に、それでも太陽はのほほんとしていた。
「痛い、けど……ま、どうにかなるだろ」
呑気に欠伸を漏らす太陽に危機感はなかった――




