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180 (なんかシリアスだから出られない・・・)

「遅いじゃねぇか!」


「悪い悪い。さっさとこいついたぶって、女の居場所聞き出そうぜ」


 二人の阿久津五郎が汚らしい笑顔を浮かべながら言葉を交わす。

 その様子に、神楽坂刹那は苦々しい表情を浮かべていた。


「下品だなぁ……僕に殺されるとは思わないのかい?」


「あ? 雑魚が何言ってんだよ」


 波動ウェイブの力を持つ方の阿久津が、刹那を嘲笑う。


「俺の力に手も足も出ねぇくせに!」


 そう。刹那の【想像創造イマジネーション】と、阿久津五郎の【波動ウェイブ】は相性が非常に悪く、戦いにおいて非常に不利になるのだ。


 刹那はヴァナディース王国で最強の実力者である。だが、彼が負けたからこそ、この国は滅びかけているのだ。


 そして刹那は、国民を連れて逃げようとしていたのである。


(くそっ……捕まったら終わりなのに、逃げる手段が思いつかない)


 彼は現在、国民全員の命を預かっている。

 刹那の創造の力で生み出した別空間に、国民全員を保護している状態なのだ。彼が負けたら空間が維持できなくなり、この場に国民が溢れることになる。


 そうなったら最後、混乱の中で二人の阿久津五郎が暴れまわるだろう。


 本来なら逃げなければならない。でも、周囲をゴブリンに囲まれている状況で逃げるのは容易なことではなかった。


 確実に、ゴブリンに足止めされている間にやられる。

 あるいは正面から阿久津五郎に挑んでも、やはりその時もやられるだろう。


 波動ウェイブの力を打ち破る手段が、刹那にはなかったのだ。


「まったく、野蛮だなぁ。僕たちには知能があるんだ。暴力的な行為じゃなくて、まずは言葉による解決をしようとは思わないのかい?」


「うぜぇ。【波動ウェイブ】」


 直後、阿久津が衝動的に波動の力を放つ。

 刹那は唇を噛んで阿久津を忌々しく睨んだ。


(これだから言葉が通じないクソ野郎は嫌いなんだよ!)


 慌てて、彼は阿久津の攻撃を防ぐために力を発動させる。


「【想像創造(イマジネーション)】――『イージスの盾』」


 創り出したのは、絶対防御の盾。

 だがそれは、刹那の想像できる範囲内の攻撃にのみ、絶対防御という意味だ。


 阿久津の波動ウェイブは、刹那の想像を遥かに上回っている。

 否、これは思い込みの力だ。阿久津は自分本位で自分勝手な人間であり、自尊心が強く自信過剰である。


 自分の攻撃が防がれるわけがない。

 その思い込みが、力に大きく作用しているのだ。


 理性的で、常識的で、また前の世界では教師という立場にあった刹那は、非論理的な想像力が足りていない。


 故に、彼は――阿久津の攻撃を防げなかった。


 波動ウェイブが、刹那に直撃する。

 まるで交通事故にでもあったかのような衝撃に、刹那の意識が明滅した。


「っ、ぐ……」


 それでも、国民の命を背負っていると言う立場上、悲鳴を上げたりはしない。

 呻きながらも、彼は命が尽きるその時まで、ヴァナディース王国の総帥として生存の道を探し続けるのだ。


「【想像創造(イマジネーション)】――『ライフル』」


 痛む体を強引に動かして、ライフルを創造。相手が反応する時間を与えないよう迅速に、今度はゴブリンを召喚する方の阿久津に弾丸を放つ。


『ギギャァ!!』


 だが、悲鳴を上げたのは阿久津ではなく。

 阿久津の身辺を護衛していたゴブリンが、身を挺して刹那の攻撃を防いだ。


「悪あがきしてんじゃねぇよ! 俺のゴブリンを舐めんな」


 この阿久津はゴブリンのみ大量に召喚できる力を持っており、自在にゴブリンを操る。攻撃力自体は低いが、色々と厄介な相手である。


「お前は殺してやるよ。男なんて俺の世界にいらねぇし」


「おいおい、待てよ。殺すのは女の居場所聞きだしてからだ……ま、半殺しくらいはいいだろ。手と足はとってみるか?」


「いいな、それ!」


 ギャハハハと、笑い声が上がる。

 満身創痍の刹那は、そんな二人を睨むことしかできない。


「破壊光線(笑)」


 ふざけた様子で波動が放たれても、刹那に防ぐ手立てはない。


「ゴブリン、君に決めた(笑)」


 辛うじて意識をつなぎ留め、反撃に転じようとしても、周囲のゴブリンがそれを邪魔する。


(…………終わり、かな)


 刹那はここで、自身の最期を悟った。

 逃げる手段はもうない。だから、せめて――この二人だけは道連れにしようと、覚悟を決める。


「魔法って、凄いよね」


 地面に這いつくばる刹那は、唐突何やら呟き始めた。

 二人の阿久津五郎は怪訝そうな顔をしているが、構わずに彼は言葉を続ける。


「魔法には論理がない。結果だけが出現する……いや、恐らくは僕に分からない論理があるのだろうけど、少なくともこれは生物が生み出せる法則じゃない。神、あるいは悪魔の法則なんだろうね。だからこその、『魔法』なんだと思う」


「こいつ、何言って……」


「結果のみが出現する。これを知って、僕がまず試したのは『薬』の精製だった。僕は薬学というのに魅入られていたからね……普通なら論理が邪魔をする薬の精製が、この世界でなら魔法を用いることで簡単に精製できる」


 思い通りの効能を持つ薬が、刹那の力では精製できた。


「そんな僕が、人を殺すために思いついた手段は何だと思う?」


 刹那は、不気味な顔で笑っていた。

 熱に浮かされたように、彼は血走った目を阿久津に向ける。


 そのおぞましい瞳に、流石の阿久津五郎も動きを止めた。

 そんな二人に刹那はこんなことを言う。


「正解は、『毒』だ」


 薬と毒。まったく正反対のようで、二つは同一である。

 とある大学で薬学部の教員をしていた刹那は、それを誰よりも理解していた。


 故に、彼が殺傷に最も効率が良いと思うのは、武器ではない。

 毒だ。


「例えば、吸引するだけで意識を失って、じわじわと衰弱していような毒を、僕が精製できるとしたら……君たちはどうなるだろう?」


「――っ!?」


 ここにいたって、阿久津五郎は刹那が何をしようとしているのかを理解する。


「お前、まさか毒を……!?」


「落ち着け、はったりだ! 毒を出したら、あいつまで死ぬだろ」


「だったら毒を防ぐマスクを創ればいいだけの話だろうが!」


 言い争う二人の阿久津五郎を前に、刹那は笑みを崩さない。


「マスクなんて創らないよ。君たちに奪われたらどうするんだい? 犬死じゃないか」


 決死の覚悟で、刹那は阿久津を無効化しようとしていた。

 即死させないのは、刹那が匿っている国民を守るためである。


 即死する毒を創造した場合、すぐに刹那も死ぬことになるだろう。その時は空間から出てくる国民たちも、毒で死ぬ。


 毒が消える時間が必要なのだ。

 そういったことを考えて、刹那が創造しようと思っていたのは『吸引するだけで意識を失って、じわじわと衰弱していような毒』なのである。


 阿久津も、刹那も、じわじわと死んでいく。

 その間に毒は拡散していき、やがて刹那が死んだ後に現れる国民たちが死ぬこともない。


「でも、毒だけは、薬学に携わる者として創造したくなかったんだけどなぁ……しょうがないか。君たちみたいなのが居るから悪いんだ」


「クソが! おい、逃げるぞ!!」


「無駄だよ。風よりも早く走れるのなら、逃げられるかもしれないけど……君たちには無理じゃないかな?」


 そう言って、刹那は毒を【想像創造(イマジネーション)】しようとする。


(二度目の人生、楽しかったなぁ)


 最後に笑って、彼は全てを終わらせようとした。





「ま、待って! 毒はダメだ、俺が死ぬから!!」





 その時――シリアスが、音を立てて崩れた。

 慌てた様子で物陰から姿を現したのは、刹那とは別の転生者。


 もう少し前に到着していたが、刹那がなんか語っていたので出るに出られなかった男である。

 しかし、毒という単語を聞いて彼は慌てて出てきたのだ。


「き、君は……」


「シリアスなところ、なんかごめんな? あいつらは俺が倒すから、毒はやめてくれ」


 その男の名前は――加賀見太陽。

 刹那の想像を超える、化け物だった。

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