17 ムシャクシャしてやった。後悔も反省もしてます・・・
――フレイヤ王国、城内。謁見の間にてアルカナ・フレイヤはそわそわと体を揺らしていた。
「シリウスちゃんはまだかなぁ……無事に太陽様をぶっ殺して奴隷にしてるといいんだけど」
どうやら太陽討伐クエストの結果が気になっているらしい。そんな彼女の傍らで、純白の鎧を着たエリスは難しそうに渋い顔をしていた。
「可愛い声でぶっ殺すなんて物騒なこと言ったらダメ……まあ、奴隷の首輪をつけるっていうことは、殺すって意味でもあるけど」
エリスはそう言って、王女の持つ首輪に目を移す。これは『奴隷の首輪』という魔法のアイテムだ。
奴隷の首輪とは、本来なら魔物に使用されるアイテムである。つけたが最後、主人の命令に絶対服従という強い効果を持っている。
だが、『相手の同意を得なければならない』という条件があるので、人間など意思を持つ相手に使用するのは難しいアイテムだ。魔物であれば屈服させるという手段を用いて使用できるので問題ないのだが。
普通であれば人間に使用することは不可能。だというのに、王女様は太陽に奴隷の首輪がつけられると思い込んでいるようだった。
とはいえ、それは妄想などではない。きちんとした裏付けがある思い込みだった。
シリウス――SSSランクの冒険者が持つ、【魅了の幻惑】というスキルがある。これは対象を強制的に隷属するという力である。対象とある程度の力量差があることが条件だが、弱らせてしまえばこのスキルを使用できるのだ。
スキルによって太陽を隷属して、奴隷の首輪を装着する。これこそが王女様の考えた作戦だったのである。
「時間も結構経ってるし、そろそろ顔出してもいいかなっ。首輪をつけた太陽様を跪かせて、高笑いしてやりたいんだけどっ」
「……そう。できたらいいね、アルカナ」
無邪気に笑う王女様を見て、エリスは仕方ないといわんばかりに苦笑する。
王女様は思いこみが強く、人の話をあまり聞かないことは既に理解している。そういうところが可愛いのだと、盲目的に王女様を愛しているエリスは何も言わず彼女を見守るだけだった。
「まだかなー。まだかなー」
そうやって、二人でシリウスの報告を今か今かと待っていた――そんな時。
「たいへんです! 王女様っ……王女様!!」
謁見の間に、慌ただしく兵士が駆け込んできた。
その顔はびっしょりと汗で濡れている。相当焦っているようで、息もかなり荒れていた。
どう見ても平常じゃない。その様を見て、王女とエリスは警戒の色を強める。
一体何が起きたのかと、固唾を飲んで耳を傾けていた。
そんな二人に、兵士は言う。
「魔王が……魔王が現れました!!」
伝令に、二人は目を丸くする。
ありえない。そう言いたげな目だが、現実逃避を兵士は許さなかった。
「場所はフレイヤ王国の辺境……旧炎龍山脈付近です! 現在は衛兵が食い止めている状態ですが、至急応援を頼むとのこと!」
事態は切迫している。そう察して、すぐさま動いたのはエリスだった。
「近衛騎士と兵団に出撃の準備を! ギルドにも協力を要請して、戦力をかき集めろ……これで、時間稼ぎはできるはずだから」
「了解しました! 失礼しますっ」
兵士は敬礼を一つ返して、すぐに扉の外へ走り去っていく。
一刻の猶予もなかった。エリスは唇を噛んで、未だに呆けている王女様の方へ振り向く。
「……アルカナ。先に言っておく。今、出撃させる戦力でも魔王には敵わない。足元にすら及ばない。あれは、普通じゃない」
「そんな……まさか今、来るなんてっ」
前に太陽が魔族を壊滅させて以来、動きのなかった魔王。逃げたと聞いていたので暫くは出てこないだろうと、油断してしまっていた。
突然の事態に、王女様は頭を抱えてしまう。
「魔王討伐……【災厄級クエスト】だよっ。こんなの、どうしろって言うの!」
普通の人間にはどうしようもない敵だ。
だからこそ、普通じゃない人間の助けが必要だった。
「アルカナ、彼らの助けが必要」
エリスが諭すように声をかける。
王女様は青い顔で首を縦に振った。
「うん……シリウスも、それから太陽様も。二人の助けが、必要だね」
個人的な恨みなど考慮する余裕なんて無かった。
このままだと人間族は壊滅する。それくらいの状況なのである。
「今すぐ勝負を止めないと。アルカナ、行こう」
「……うん、そうだね。【転移】」
もうなりふり構っていられなかった。すぐさま王女はエリスの手を掴んで、太陽とシリウスがいるはずの場所へ転移を行使する。
戦っていようとも、関係ない。とにかく事情を話して二人の協力を――と、考えていたのだ。
しかし、転移した場所に来て……二人は、ぽかんと呆けてしまうのだった。
「――っ」
「何、これ」
息を呑むエリスと、信じたくないと言わんばかりに首を振る王女様。
二人は、広がるクレーターと倒れ伏す裸のシリウスに目を奪われていた。
「シリウス、ちゃんっ」
敗北。裸で白目を剥くシリウスを見て、エリスと王女は誰が勝ったのかを知る。
「ん? あ、王女様とエリスさん」
気の抜けた声が聞こえた。シリウスから少し離れた場所で、のんびりとあぐらをかいていたのは……人間をやめた、チート野郎であった。
加賀見太陽。人間失格級の力を持つ化物は、シリウスさえも圧倒した。しかも余裕そうに欠伸すら零している始末。
その事実に、二人は暫くの間自失してしまうほどだった。
「まさか、シリウスちゃんにまで余裕なんて……」
あまりの驚きに王女とエリスは物事をうまく考えられないようだった。何故なら、太陽の格好を見ても何もリアクションをしないからである。
「…………あ! ちょっ、俺裸じゃん!」
ふと寒さを感じた太陽は、そこでようやく自らが裸であることに気付いた。先程の大規模爆発で炎龍の皮でつくったマントが吹き飛んでしまったらしい。
まあ、生贄召喚された炎龍が蒸発するほどの炎熱だったのだ。マントが燃え尽きるのも道理といえよう。
「えっと、王女様?」
局部を隠しながら愛想笑いを浮かべる太陽。二人ともやけに深刻そうだったので話しかけにくかったのだが、いつまでも裸では恥ずかしかったのだ。
「できれば、服とかあれば嬉しいみたいな……」
軽い調子で声をかける太陽。
そんな彼に対して、王女様はといえば――
「ひっ」
怯えたように、後ずさるのだった。恐らくは魔王のことも忘れてしまっているのだろう。絶対的な危機――太陽を前に、思考が狭くなっているらしかった。
「や、裸なのは謝るので、怯えるのはちょっと……別に何もしないので」
安心させるかのように太陽は一歩前に出る。裸なので傍から見れば変態なのだが、しかし王女は太陽の裸に怯えているわけではないらしかった。
「やめっ……こな、いで」
自分を小さくするかのように、王女は身をすくめていた。
そんな彼女をかばうように、エリスが前に出る。
「下がれ。これ以上、近づくな」
「え、エリスさん? あの、だから服を……」
「黙れ。貴殿の粗末な裸になど怯えるわけがない。アルカナを、それ以上怖がらせるなと言ってるんだ」
いつもは角の立たない態度の彼女が、この時ばかりは剣呑な雰囲気を発していた。
騎士王――エリス。騎士の中の最高位を獲得した彼女の使命は、己の命に変えてでも主を守り抜くこと。
「はっきり言おう。アルカナは、貴殿を恐れている。王として、それから人として……貴殿を怖がっている。それ以上、彼女に近づかないでほしい」
「い、いや、別に、そんな……」
「それでも近づくと言うのなら、この身に代えてでもそれを阻もう」
腰にかけた剣に手をかけて、警戒を強くするエリス。思わぬ対応に太陽は困惑するばかりであった。
「粗末って……粗末なのかなぁ。いや、自信があったわけでもないんだけどね? 他の人のなんて見たことないしね? っつーか比較されてるのかな? エリスさん大人だから本物見たことあるだろうし……やっぱり俺って粗末なのかぁ」
そして地味に先程言われたことで傷ついているようだった。
「あーもう! 怯えてるとか知らないし、怖がるとか俺に関係ないし! 裸なんですってば、服くださいよ!」
「なんだ……気に入らないのか? なら来い。この身が敵うとも思えないのだが、己の全てを賭してアルカナを守ろう」
「守る? 襲わないって言ってるじゃないですか! もう、なんでそんなに他人を信じられないの? 人間不信かよっ」
「バカか貴殿は。鳥に怯えぬ虫などいないだろう。圧倒的な力量差を前に、警戒しない者などいない」
だから王女は事あるごとに太陽を殺そうとした。消し去ろうとした。脅威を排除しようと、頭をひねっていた。
誰もが匙を投げる最強を、王女様は王としてどうにか対処しようとしていたのだろう――と推測はできるが、しかし太陽が納得できるはずもなく。
「知るか! はいはい、分かった分かった。じゃあどうすればいいの? 何をしたら、そんなに怖がらずに済むんだ?」
裸で、鬱憤を晴らすように叫ぶ。彼だって同じ人間だ。殺されようとして何も思わないほど鈍感ではなかった。
というか、いい加減怯えられるのにもうんざりしていた。
「なあ、王女様? 俺ってそんなに怖い? いやいや、確かに力は持ってるかもしれないけど、俺なんてただの童貞でしかないぞ? 自分で言うのもあれだけど」
「う、うぅ……」
話しかけても、無駄。王女はプルプルと首を振るのみ。
太陽は段々イライラしてきた。
「んだよ、もう……よし、分かった! こうしよう。ちょうど、王女様もいい物持ってきてるしっ」
ヤケになったように彼は唸り、構えるエリスを手で退けて王女様に詰め寄る。王女様は恐怖のあまり己を抱きすくめていたが、そんなこと構わずに彼女へと手を伸ばしていた。
「っ……」
いよいよ涙さえも浮かび始める王女様に、太陽はため息をついて。
「これ、借りるぞ」
王女様が持っていた【奴隷の首輪】を、名半ば強引に奪って己の首に装着するのだった。
「「あ」」
二人の声が重なる。だが、既に遅かった。
カチリと、首輪が装着した音が響き渡る。
「よし、これでいいな」
太陽は首輪の正体など把握してないのだろう。軽い調子で自分は天才だと言わんばかりにドヤ顔を決めていた。
「俺はこれから、王女様の犬になろう。いつでもわんわん鳴いてやる。わんわーん……ほら、もうここまでやってるからいいだろ? 俺の本気が理解できただろ? だからさ、怯えないでほしいんだけど」
本気の説得は、いわばポーズのようなものだった。犬のようにあなたを慕うから、怯えないでほしいと言いたいがめの演出とでもいえばいいのか。
太陽は女の子が怯えるのが嫌いだ。怖がっている姿も同様。泣いている姿なんか、もうこれ以上ないくらい嫌いである。見るのも、想像することさえも嫌悪していた。童貞だから。
故の言葉。怖がる女の子を見るくらいなら、犬にでもなんでもなっていいと思っている。だからこその発言だった。
「そろそろいいかげんに怖がるのやめてくれよ」
だが、彼は気付いていない。
「え、や……えぇ」
「これは、うん。予想外」
その首輪は、装着したが最後。
主人に付き従うだけの奴隷になるのだと……
「……え? なんかこれまずいものだったりする?」
裸に首輪姿の変態は、己のしでかした事を知らないのだった――
この時、最強は奴隷となった。
後に彼はこう語ることになる。
「ムシャクシャしてやった。後悔も反省もしてます。だから、これ外してください……」
――と。太陽は、この時の行動を酷く後悔ことになるのだが、これはまた後の話である。