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178 太陽がこの世界でやるべきこと

「で、俺はどうすればいい? あの阿久津なんとかを倒せばいいのか?」


 禍根をなくしてこれからの協力を約束した後、太陽は今後について問いかける。


「……最終的にはそれが目的になる。だが、事はそう簡単に上手くいかないだろう」


 フレイヤは難しそうな顔をしていた。


「阿久津五郎……彼は私とは違う別の神によって転生された存在。与えられた能力は【簒奪】という、十秒以上触れた相手の能力を奪う力だ」


 阿久津の力についてはアルカナやエリスからも聞いていた。

 だが、詳しくは聞いてなかったので、太陽は静かに耳を傾ける。


「とはいえ、能力を奪うのは一つに限定される。上書きも不可能だ……力を奪うだけなら、私達もここまで苦戦することはなかっただろう」


 現状、阿久津は倒せていない。

 それには、最悪の理由があるようだった。


「だが、よりにもよって――阿久津五郎はエリスから【複写製造クローン】の力を奪った。魔力の尽きる限りに自分の身を生成できるというのだ」


「……エリスさんも、なんかそれっぽいこと言ってたな。結構、後悔してるみたいだった」


「彼女も責任を感じているのだろう。何せ、【複写製造クローン】を奪った阿久津五郎は、誰にも止められない難敵となったのだからな」


 力を奪えるとはいえ、対象は一つ。上書きも不可能。


 それだけなら大したことなかった。だが、阿久津は【複写製造クローン】を奪うことで、力を奪える『器』を幾つも用意したのである。


「おかげで、奴は一つの体につき一つの力を奪えるようになった。阿久津五郎という存在は、制限なく力を奪えるようになったと言っても過言ではないだろう」


 阿久津一人につき、一つの力を奴は奪える。

 数が多くなった上に、力まで異なる。それがあって苦戦しているのだ。


「阿久津は狡猾で悪知恵の働く男だ……恐らくは力を手に入れた時からこのようなことを計画していたのだろう」


 苦々しい顔でフレイヤは呻く。

 それほど阿久津は厄介な敵となっているらしい。


「数が多いのは面倒だけど……でも、個人個人のレベルは低かったりしないのか? 力を奪えるっていっても、誰にでも無双できる力なんてそうそうないだろ。現に、俺の力奪っても、あいつは雑魚だったし」


「それは貴方が相手だったからだ。いや、貴方の力だったから、とも言えるのか……? 貴方の力を奪った阿久津は、力がまったく制御できていないようだった」


 太陽があっさり勝てたのは、少し運の要素もあったようだ。

 実際にはもっと難儀らしい。


「それに、阿久津五郎はどの個体も強い。奪った能力を強化できるからな」


「強化……?」


 力の強化。

 個人の力の大きさは、保有魔力量に比例する。


 太陽が大きな力を発揮できるのは、それに比例する保有魔力量を有しているからだ。


 阿久津もどうやら、太陽と同じように保有魔力量が多いようである。


「もともと転生者は保有魔力量も多い。貴方ほどではないが、阿久津も例にならって魔力量が多くてな。そのおかげで、奪った能力が『強化』されるのだ」


 要するに、阿久津は力そのものを増幅することができる。


 たとえば、何の変哲もない風魔法使いがいたとしよう。

 その魔法使いはあまり強くない、平凡なレベルの持ち主である。


 ではここで、阿久津がその風魔法を奪ったとしたら。

 その風魔法は元の持ち主よりも遥かに強力な風魔法を扱うことができるのだ。


「ただでさえ数が多い上に、個人の力は最高レベル……あるいは一人だけならどうにでもできた。だが、敵は増殖する。希望は、貴方だけだった」


 そういった背景があって、フレイヤは別世界の太陽を強引にでも呼び寄せたのである。


「阿久津五郎を殺しきるには、まずエリスの能力を奪った阿久津五郎を殺す必要がある。だが、当然それは奴も警戒しているだろう……厄介な力を持つ阿久津五郎が、護衛しているはずだ。そのあたりも、一網打尽にしなければならない」


 それができるのが、太陽だけだ――とフレイヤは思っているのだ。


 この世界の住人は、誰も阿久津を殺しきることができない。


「しかし、阿久津五郎という存在全てが貴方一人を集中砲火すれば、間違いなく貴方は負ける……いや、貴方はそのせいで負けた」


 フレイヤが語るは、この世界の太陽の敗因だ。


「阿久津五郎の大群に、貴方は襲われたのだ。個人で奮闘していたが、最後には――力を奪われてしまった」


 加賀見太陽がいても、戦力的には不足している。

 それをこの世界の太陽が敗北したことによって、彼女は気付いたらしい。


「貴方なら大丈夫だろう、という油断が生んだ慢心だ。貴方が敗北したのは、私に責任がある」


「死んでないと思うし、負けたのはこの世界の俺がバカだったからって言いたいんだけど、まぁそれは置いておくとして」


 後悔するフレイヤが落ち込みそうだったので、太陽はすかさず話を元に戻す。


「で、戦力が足りないならどうやって増やすんだ?」


「……この世界出身の強者に協力を呼びかける。貴方が阿久津五郎と戦っている間、阿久津五郎が集結しないように、押しとどめる役目を担ってもらう必要がある」


 そのために、太陽が今からやるべきこと。


「だが、各世界とも阿久津五郎の侵攻を留めるのに精一杯だ……エルフ、魔族、天使、それから人間。まずは各地を侵攻中の阿久津五郎を貴方が倒し、恩を売って交渉を試みるべきだ」


 各世界を脅かす阿久津を倒し、そこに点在する強者を集める――。

 太陽の当面の目標は、これだ。


「うぇ……あんまり気乗りしないけど、まぁ仕方ないか」


 エルフや魔族、それから天使もあまり好きではない。

 だが、フレイヤがお願いしているのだ。女の子の頼み事を、童貞の太陽が拒絶できるわけなかった。


 更にいうと、前回のルナの一件で多種族の嫌悪感が薄れている、というのもあるだろう。


「迷惑をかけてすまない……どうか、よろしく頼む」


 フレイヤが懇願するように頭を深く下げてきたので、太陽は慌てて渋い表情も消した。


「りょ、了解! 俺に任せろ……全部、あっという間に解決してやる」


「ああ。信じてる」


 ニッコリと笑う女神フレイヤ。

 だが、どこか影のある笑顔だ。


(この顔は、あんまり好きじゃないな……)


 この笑顔がいつか曇りなきものになるように、太陽はとりあえず頑張ることを決意するのだった――

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